175. 臆病者たちの矜持
・・・。
クラスから逃げ、いつものようにニュースや漫画の新刊情報などをだらだらと見て時間を潰した。
秋空らしい雲を眺めながら歓声の聞こえるグラウンドの方を見るため腰を上げる。
「お」
トラックには刻の姿が見えた。どうやらリレーのアンカーのようだ。
彼女が走る姿を観戦する。
「おぉ」
さすが陸上部。足が速い。
しかし他のアンカーもどうやら運動部のようだ。
小さい体躯ながら必死に走っている刻だがなかなか先頭には追いつけない。
「あぁ」
結局刻はひとつ順位を上げて2位でゴールした。全力疾走だったようでゴールしてからもしばらく膝に手をついていた。
人が必死に何かをしている姿というのはやはり見ていて感じるものがある。
だが俺の経験と語彙と表現力ではそれをうまく言語化できない。
いや、案外言語化しないほうが陳腐にならないから良いのかもしれない。
「・・・」
再びさっきまでいた木陰に戻ろうと歩く。
「あ。まあくん」
「あ」
左から歩いてきたのは順だった。さっきのこともあり少し気恥ずかしさもあったが、順にそういった素振りが見られないため俺も意識しないことにした。
「見てた?」
「ああ、一応」
目的語が今のリレーだということは国語力のない俺でもわかった。
「残念だったね」
「ああ」
順は俺が木陰を目指しているのを察したのか、俺の横を歩き出した。
「もうすぐ体育祭も終わりだね」
「そうだな」
時刻ももうすぐ4時だ。俺の記憶では次の3年生のリレーが体育祭最後の種目だったはず。
さきほどまでは上から差していた日光も今はどちらかというと横からという感じである。
「みんな、頑張ってたね」
再び木陰に腰を下ろしてふたりでグラウンドを向きながら話し始める。
「やっぱりさ、頑張ってる人を見るのって、眩しいよね」
「ああ」
順はその言葉を誰に向けているのだろう。俺だろうか。ここにいない刻にだろうか。それとも自分だろうか。
「お前はなりたいか?みんなのように。刻のように。」
会話にところどころ間をはさみながら、穏やかにつながっていく。
「・・・どうだろ」
別にその返事の内容はどうでも良かった。
「俺はさ」
今日の雲の流れのように行く宛もなくゆったり話が進む。
「俺は、多分どう頑張ってもあんな風にはなれない。バカにするわけでもなく、シンプルに生き方、性格が違うなと感じる」
決して順のほうは見ない。上を見ながら話を続ける。
「だけど、あんな生き方もいいな、とは思う」
あんなとはどんなだろう。種目の意味も、周りの人との関係も、何もかもを抜きにして今目の前のことだけを見てそれだけを心の底から楽しむ。そんな態度だ。
「まあくんは刻ちゃんみたいになりたいの?」
「いや、どうだろう。・・・なりたくはない、かな」
少し視線を落とす。
「きっと何にも臆することなく刹那的に楽しめたら、俺の性格はもっと明るかったかもしれない。そうしたらもっと友達にも囲まれていたかもしれない。
だけどそれはもう俺じゃない。俺を俺たらしめているのはこの生まれながらの臆病さだから。これも弱さかもしれないが、臆病に冷静に生きてきたこれまでを否定しないためにも俺は今の俺から見える景色をもっと眺めていたいと思う」
「・・・そうだね」
今、順はどのような顔をしているだろうか。でもやはりそれは見るべきではないような気がして俺はグラウンドの方をぼーっと眺めた。
グラウンドの方から声援が聞こえる。しかしその声援がとても遠くのもののように感じられた。
話の流れが途切れる。いつまで逃げていても仕方ないしそろそろクラスに戻るか。
立ち上がりながらさながら捨て台詞といった具合に後ろの順に向かって言葉を残す。
「それにこの立場にいたからこそお前とも仲良くなれたわけだしな。言うほど悪いものでもないだろう」
返事はなかった。
遠くのグラウンドでは、3年生がゴールテープを切っていた。




