157. シャンプーの匂いがした
俺はその何かが見えたタイミングで北本に向けていた視線を反射的そらした。
「・・・お、お前、前、服」
「・・・はっ」
北本はすごい速さで胸を隠した。
そっと顔を上げてちらっと北本の方を見る。
北本は唇を噛み締めながらびっくりするほど真っ赤になっていた。
「・・・・・・・・・み、見えました?」
「・・・・・・正直に言ったほうがいい?」
「いや・・・もう、答えなくていいです・・・」
俺は可及的速やかに目をそらした。それはもう人間が可能な範囲で最速といってもいいほどの反応速度だったと思う。
しかしそれでも光速に比べたら比べ物にならないほど遅い。
つまりなにが言いたいかと言うとその、北本の風通しの良さそうな胸にあるあれがちらりと見えたというわけだ。
「・・・ま、まぁお茶でも飲んで」
「・・・・・・いただきます」
とりあえずポットに入っている麦茶を北本のコップに注いだ。
♪~
そのタイミングで脱衣所の方から洗濯完了の音楽が聞こえてきた。
もうちょっとでも洗濯機の音がはやければこの不幸な事件は起こらなかったのに。
きっと北本はそう思ったことだろう。俺はそんなことは一切思わないが。
「今日はありがとうございました。」
着替えが終わった北本はそろそろ帰りますと言ってきた。
あんなことがあった手前引き止めることも憚られたので今日は解散ということになった。
「いやいや、こちらこそ」
玄関で別れの挨拶をする。
「・・・」
やはり微妙な空気が流れる。その原因は言うまでもないだろう。
「・・・うふ」
「?」
北本が急に笑った。
「予定していたプランとは全く違うものになっちゃいました」
「そう、だな」
「やっぱり考えてるとおりにはなりませんね」
「世の中だいたいそんなもんだ」
ふたりで笑う。
「でもまさか雨に降られたり、その・・・胸まで見られるとは・・・」
また空気が・・・。
「いや、それはごめんなさい」
「ふふふっ。もう良いです。」
「もう勘弁してくれ」
心臓に悪い。だが許してくれているようで助かった。
「今日は楽しかったです。本当に。ぜひ次の誕生日もこの券をお願いします」
そう言いながら財布から例のなんでも券を取り出した。そう言えばまだ受け取ってなかったな。
「いや、それはプレゼントがわからなかった苦肉の策なんだ実は。」
ほんとは言うべきじゃないかもしれないが、つい言ってしまった。
「いえ、最高のプレゼントですよ。こんなに楽しい誕生日は初めてでした。とっても楽しかったです。」
「それなら良かった。また来年も一緒に過ごせればいいな」
俺的にはかなり低クオリティのプレゼントだったが、本人が楽しかったと感じてくれたのなら御の字だ。
「ではそろそろお暇します」
「そうか、ほんとに送らなくていいのか?」
見送るために玄関から少し歩いて道の方まで出る。
「ええ、どうもありがとうござ」
「ああーーーー!!!」
何かしらの声が北本の声を遮る。
俺と北本が声のするほうを見る。
「あ」
スマホで時間を見る。しまった、油断していた。確かにもうそんな時間だ。
「お、おにぃ・・・何やってんの・・・?」
声の主は妹の綾だった。
「い、いやこれは色々あって・・・」
ずんずん歩いてくる綾は俺に目もくれず北本の方を見る。
「お姉さん確かおにぃの部活の」
「北本です」
「ふーん、で、なんでその北本さんがうちから出てくるの?」
「実は今日はデー」
「私の用事に斉藤くんが付き合ってくれたんです」
俺を遮った北本が睨んでくる。
「それで?」
怒りながら続きを聞く綾。
「その用事は済んだんですがその帰りに雨に降られまして、そうしたら斉藤くんが自分のうちで雨宿りをしないかと提案してくださって」
「ふーーん」
俺はうんうんうなずく。なんかよくわからないが北本がいい感じに説明してくれたので助かった。
「ほ、ほらもうお前家入れよ」
俺は綾の背中を押す。
「なーんか怪しいなぁ」
「なんもないって。てか俺が何してようがお前には関係ないだろ」
訝しむ綾を玄関に押し込む。
「ちょっとまって!」
抵抗しながらも俺に従って歩いていた綾が北本の近くを通った瞬間急に止まった。
「お姉さん、うちの風呂入ったでしょ」
「え?」
「うちのシャンプーの匂いがする」
「そ、それは・・・」
さっきまでつらつらと説明してくれた北本が黙る。そうなると綾の矛先は俺に向く。
「おにぃうちで何してたの!!!!!」
妹の誤解を解くために北本の帰宅が数十分遅れることになった。




