138. 緊急事態宣言
10月にもなるとすっかり気候も秋めいて来て、頬を撫でる風が涼しく感じられるようになった。
だからだろうか、待ち合わせスポットである駅前の噴水の周りの人の中にちらほら温かい飲み物が入った缶を片手に持っている人が散見される。
そういう俺もそのひとりで、缶コーヒーを飲みながら休日の駅前の風景の一部となっていた。
「・・・」
なぜ俺が休日に外出をして、さらに人を待っているかと言うと、すべての原因は先日の『なんでも券』に集約される。
「じゃあ、わたしとデートして!今週末!」
意を決したような顔をした佐々木が言い放った一言で図書室の一角の空気は一瞬にして凍りついた。
時は佐々木・北本の誕生日を祝った今週の月曜日。俺がプレゼント選びに窮した挙げ句、『なんでも券』なる先延ばしと選択権譲渡を兼ねたスペシャルなプレゼントを主役ふたりに贈った、そんな月曜日のことである。
プレゼントを受け取りしばらくの沈黙が場を支配したその後、沈黙を破ったのは佐々木が元気はつらつに発したこの一言だった。
「・・・ぇ」
消え入るような返事とも呼べない苦し紛れの声を出す俺。
そういえば佐々木という女はこういうやつだった。最近は鳴りを潜めていたから忘れかけていたが、こいつは出会ったときからこういう軽いノリで男と話したり手を握ってきたりしてくるやつだった。もしかしてこいつ俺のこと大好きなんじゃないかとうっかり勘違いしてしまいそうになる罠を常に俺に仕掛けてくる恐ろしい女であったことを失念していた。
「ねぇ~いいでしょ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているだろう俺と対照的ににっこりとひまわりのような屈託のない笑顔で例の券を掲げる佐々木。
「・・・・・・」
何も言えずうつむく。いや、正確には他の方を見れなかった。俺は視線を感じていた。主に2方向からの鋭い視線に。
「・・・・・・・・・・・・」
しかしそう怯えていても埒が明かない。
おそるおそる「どうすればいい・・・?」という気持ちを込めた視線をその方向に向ける。
「・・・・・・いいじゃないですか。・・・ねぇ?順さん?」
視線を向けた瞬間に白川はいつものきれいな笑顔に変わった。
だがその手にはケーキを切るために用意された包丁が握られていた。たまたま今ケーキを切ろうと思ったんだよね?そうだよね?
「・・・第一まあくんがどこでなにをしていようがわたしたちにはなんの関係もないし・・・ねぇ、かおりちゃん?」
順もかわいらしい笑顔をしている。順の笑顔からもなんというか黒いオーラが隠しきれないぐらい漏れていた。
しかし、かと言って断る道理も権利も俺にはない。なんせ俺が渡した券だ。
「・・・お、俺は、別に、いいけど・・・」
だからこう答えるしか無い。
ふたりは変わらず菩薩のような笑顔を浮かべている。しかし心のうちは夜叉・・・いやこんなこと思ってると殺されかねないからやめよう。
「じゃあ約束ね。また近くなったら決めようね!」
「・・・ぉぅ」
佐々木が座るのにつられて俺も力なく着席した。
それ以降白川と順は俺が視線を向けるたび能面のような冷たい笑顔しか見せてくれなくなったのだった。
そんなこんなで無事つつがなくデートの予定が決まり、そして今俺は集合時間前から今日のお相手である佐々木を待っていたのだった。
昨晩の雨の水たまりが残る足元を気にしながらそろそろ待ち合わせの時間かとスマホから顔を上げた。
土曜の駅前ともなると、当然だが多くの人が駅を出入りしている。
自然とカップルが目に留まる。
自分たちも今日はこんな風に見えるのかと思うとなんだか恥ずかしい。
しかし同時に得も言われぬ高揚感も確かに感じていた。佐々木はまだだろうか。
「やっほー」
すると待ち人はすぐに姿を表した。
「ごめん、待った?」
「いや」
到着するやいなや紋切り型のやりとりを始めた佐々木だったが、俺はすぐに佐々木のいつもと違う部分に気づいた。
「その髪型・・・」
佐々木の頭にはこれまで見たことのないお団子が付いていた
「これ?デートだから気合い入れちゃった。どうかな?」
「まぁ・・・その、いいと思う」
「ふふっ、良かった」
嬉しそうににこにこしている佐々木がなんだかいつもよりも女の子に見えてきて途端に緊張してきた俺だった。




