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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第8章 間違う季節の過ごし方
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131. 世界を嘲り、社会を蔑み、人生を嘆き、美女と踊る



 しばらく歩いていると火が焚かれようとしているのを静かに眺めているメイド服が校庭の端にいるのを見つけた。

 「よう」

 「白川さんは・・・?」

 「もう大丈夫だ。」

 「ごめんなさい・・・私が・・・私が斉藤くんに相談していれば・・・」

 北本は本気で悔いているようだ。実際北本からは白川を心配している内容のメッセージが送られてきた。

 「お前が気に病む必要はないぞ。どうせ白川に口止めされていたとかそんなところだろ?」

 「え?」


 いくら他の女子に興味がなさそうな北本でもさすがに気がついていただろう。もちろん委員長も気がついていた。しかしどちらも俺に言ってこなかった。委員長はともかく北本くらいは言ってきてもおかしくない。しかし、白川が倒れるまで何も言ってこなかった。理由はなぜだろうか。

 俺は保健室での委員長の言葉でその理由がわかった。

 保健室で委員長を問いただしたときに確か、

 「本当はこれは女子だけの問題だから。だからさいとーくんには言わないでおこうということになってたんだけど、こうなってはそんなことも言ってられないよね」

 と言っていた。

 言い方からして委員長が俺に伏せることを提案したという感じは受けなかった。北本もそんなことをいうとは考えにくい。自然に考えて言い出したのは当事者である白川であろう。



 「まったく、ここまで来るとあいつの優しさも病気の域だな」

 「・・・今回ばかりは否定できません」

 浮足立っている生徒を横目に俺と北本は白川のことを憂う。

 「そういやあの後どうなった?」

 「みんな何かを言うわけではありませんでしたが、見違えるように働いていましたよ。なにより大量のメイドさんがいると評判になり、たくさんのお客さんが来ました。」

 「そうか。」

 それは良かった。白川に肩代わりさせた連中の溜飲もいくらか下がったことだろう。

 「まぁだからといって白川に無理をさせたクラスの女どもを許す気にはならないけどな」

 だが、別にこの結末がハッピーエンドとは俺は思ってない。一番損を被ったのが一番頑張っていた白川という事実は変わらないからな。

 「・・・」

 考えていたことが漏れていたようで北本が黙ってしまう。

 「あ、お前のことを言ってるわけじゃないぞ。」

 慌ててフォローする。

 「・・・・・・」

 しかし北本は考え込むように口を閉ざしてしまった。こういうところで思っていることを吐露してしまうあたりが俺の対人経験のなさを物語っている。

 


 『これよりフォークダンスの時間です』

 アナウンスの声の後に大音量でオクラホマミキサーが流れ始めた。

 それにあわせて陽気な方々が火を囲んでダンスを始めた。

 俺たちは静かにその様子を見ていた。


 「・・・頑張らなくても、頑張りすぎてもいけないなんて、ひどい世界ですね」

 北本が消え入るようにつぶやく。

 「・・・」

 そうか。文化祭で少し頑張ってみればなんて北本に偉そうに助言したのは俺だったな。

 しかし、一番頑張っていた白川がこんな目に遭ったのを目の当たりにしたらそんな言葉が漏れるのも無理はない。

 だが、この文化祭はなんとも世間の不条理さが表れた用に思える。別にこれが特別な事案とは俺には思えなかった。

 「ああ、まぁでも社会なんてこんなもんなんだろうな。」

 優しい人に世界は特別優しいわけではない。優しくない人に世界は特別厳しいわけでもない。頑張っていればハッピーエンドになるわけではない。適当に生きている人でも楽しいエンディングを迎えられたりする。

 なんの根拠もないし、なんの道標もないんだ。

 単なる人間の集合である社会に、ただのものの集まりである世界に、そんなに期待するべきではない。

 期待すればするほど、裏切られたときの痛みは大きい。


 「でも、でもまぁ、意味もなく頑張ることが生きるってもんなんだろう」

 ほんとうは頑張りたくない。頑張らなくてもいいと言われたら、頑張らなくても生きていけると言われたらきっと俺は頑張らない。

 しかしそういうわけにはいかない。目指すべき対象がなければ逃げることすらできない。

 だから仕方なく人は頑張る。悩みながらも頑張るしか無いのだ。


 だがそんな頑張りだが、たまにその頑張りに意味が生まれる。意味を感じられる。



 ああ、生きてきてよかった 頑張ってきてよかった



 そう思える一瞬のために頑張ることを『生きる』というのだろう。

 「──そうですね。きっとそうなんだろうと思います。・・・それに、頑張っている人のほうがなんとなく頑張っていない人よりも輝いて見えます。」

 「──ああ」

 俺も北本も視線を火の方から外さずにしゃべる。

 きっと北本も俺と同じで顔を合わせて話すには少し恥ずかしいのだろう。



 「まぁ、一番の幸せは頑張っていることを頑張っていると感じられないくらい自然に夢中になれるようなものに出会うことだと思うけどな」

 昔同じようなことを北本と話したような気がする。

 「私たちはいつ出会えるのでしょうかね?」

 「さあ、どうだろう」

 案外明日見つかるかもしれない。はたまた一生見つからないかもしれない。もしかしたらこれまでの人生ですでに出会っていて見逃しているのかもしれない。

 「ほんと、どうなんだろうなぁ」

 虚空に向かって叫ぶ。

 「そんなことを考えずに踊ることが本当の幸せかもしれませんね。」

 「ふふっ、それは間違いない」

 北本の言葉に思わず笑う。

 こんなどうしようもないことを思い詰めて、祭りの日に苦悩するなんてまさに愚の骨頂であろう。

 あの爺さんのせいでこんな日まで悩んでしまったじゃないか。許せないでゲソ。



 「それにしてもなんだか原始的な風景だな。火を囲んで踊り狂うなんて。」

 「ふふふ、たしかに。」

 「文化祭というものに迎合しようと色々やってきたが、さすがにこれは無理そうだ。」

 なにより相手がいない。

 「・・・もしかして誘ってます?」

 「そんなわけあるか。」

 間髪入れず即答。

 「・・・。」

 北本に睨まれる。



 「忙しかったな。」

 「そうですね。」

 再び燃える炎を眺める。

 「・・・」

 この文化祭では色々あった。

 しかしそれを改めて言語化するのは何だか野暮に思えた。

 「・・・」

 炎を見る。

 心の中にはただ漠然とした達成感だけがあった。


 「なにはともあれこれで文化祭は終わりだ。」

 北本に言ったのか自分に言ったのかそれとも誰かに向けたものではないのかわからないが自然とそんな言葉が口からこぼれた。



 「いや、まだ終わりじゃないみたいですよ。」

 「え?」

 思わぬ返答に北本の方を見る。

 しかし北本は笑みを浮かべながらある方向を見ていた。

 「あ」

 その方を見る。

 白川が立っていた。

 「な、なんだ?」

 白川はもじもじしている。

 「あ、あの!」

 なにか覚悟を決めたような表情の白川は俺の方を向き直る。

 「一緒に踊りませんかっ!」

 「え?」


 なるほど、俺の文化祭はもう少しだけ続くようだ。


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