130. 悩み考えない人生に意味はない
さすがに下駄箱では白川が腕を離してくれた。
グラウンドに到着する。
「白川ちゃん・・・・」
「白川さん倒れたって聞いたけど大丈夫?」
グラウンドに着くやいなやクラスの男子女子が集まってきた。俺は場違いなので静かにフェードアウトした。
辺りを見渡す。
どこも浮かれた生徒たちに溢れていてなんとも言えない気持ちになる。
しかし意外とカップルが見られないのは面白い。
そもそも男子が少ないというのもあるだろうが、その男子たちもどうやら売れ残っているようだ。
女子たちは女子同士で仲良くやっている。男女でやられるよりは比較的見ていてストレスはない。
だがアニメとは違い、そのへんのリアルの女子たちがキャッキャしていても別に何も感じないしそこに居場所があるなんてことはもちろんない。
だからグラウンドの端を歩く。
「・・・ん?」
そうしていると、面白い人物の姿があった。
思わず声をかける。
「お久しぶりです」
その人物は俺に気付いたようで俺の顔を見ると眉毛がぴくりと動いた。
「おぉ・・・」
爺さんは驚いた様子だった。
この人と話したのはいつ以来だろうか。
4月のころはまだ図書室に来ていたようだが、今やちっとも見かけない。
「最近図書室には来られていないようですが」
「君らがおるからな」
気を使ってくれていたらしい。
「・・・」
果たしてこの爺さんは何者なんだろうか。なんの先生なのかも知らないし、そもそも先生なのかもわからない。
「どうかね最近は」
「まぁぼちぼちですよ」
爺さんは俺の顔を覗いてくる。
「その様子だと色々あったようだな」
人の顔を見るなり全てを見透かしたようにそんなことを言ってくる。ほんとこの爺さん何者なんだよ。
「ずっと聞きたかったことがあるんですが、」
折角の機会だし、ずっと聞いてみたかった疑問を聞いてみることにした。
「どうして俺たちの部活を認めてくれたんですか?」
今となったら、やっぱりその部活はなしにしますなんてことは言い出さないだろうから聞いてみた。
正直あんな部活、開設当初は承認されるとは思っていなかった。
活動内容も不透明だし、明確な目的もない。
この爺さんが働きかけてくれなかったら間違いなくあの部活は存在していない。
だから俺はずっと気になっていた。
爺さんはなんであの部活を認めてくれたのか。そもそもなんであの辺境の図書室にいたのか。
「あの部屋はなぁ、昔から特定の人が来るような部屋なんじゃよ」
「特定の人?」
「言うなれば、そうじゃなぁ、迷い人とでも言おうか。」
「はぁ」
「昔から悩んで迷って考えて苦しんで溺れる、そういう人が自然と来る場所じゃった」
「・・・」
なるほど、たしかにあの立地ならそういう人が集まるだろう。俺は人がいなさそうなところを探していただけだが、実際白川や北本や佐々木はそういう人と言って差し支えない。
「そういう人はひとりでいるのは良くない。しかし誰かといればいいというと、それもまた違う。」
「そういう人の話し相手になってあげていたんですか?」
「察しがいいな」
あの爺さんがあの時期にあの図書室にいた理由がこれでわかった。
「しかし今年は違った。」
「というと?」
「君じゃよ。君がいた。君があのお嬢さんの話し相手になっていた。とても自然に。相手を過剰にかばうわけでもなく、叱りつけるわけでもなく、しかし寄り添っていた。」
そうだったのか。じゃあもしあの場面で俺がいなかったら白川の話し相手はこの爺さんだったのか。
「そして君もまた彼女に助けられるような、そんな予感がした。」
「え?」
思わず聞き返す。
「君もまた迷い人だ。それもかなり重症のな」
爺さんは笑う。
「君は人を知らなすぎた。人を恐れていた。人を、諦めていた。」
そんな年齢でもないだろうに、と爺さんはさらに笑いながら続ける。
「だからあの部活を許してくれたんですか。」
爺さんはうなずく。
「君は人を知ったほうが良い。悩むことから逃げるべきではない。彼女はまさにそんな君にはちょうどいい相手だった」
「あの部屋は俺の矯正施設かよ」
「まぁ当たらずも遠からず、かな」
爺さんは呵呵と笑う。
「だがその目論見は間違ってなかったようだな」
「?」
「ずいぶんましな顔つきになった」
「俺がですか?」
「ああ」
自分の顔を撫でる。当然俺にはそんな自覚はない。
「人は若い頃どれだけ悩んだかで顔つきが変わる。悩んで考えることで人は大きくなる。その過程を踏んでいない人はどこか小さいまま大人になる。」
「・・・」
「君は今大人になろうとしている。」
「そう、ですかね」
「まだまだ足りないがな」
再び爺さんは哄笑する。
「いいか少年」
爺さんの声のトーンが1段階低くなる。
「人は悩むだけ大きな人間になれる。考えるだけ強い人間になれる。自分自身を考え尽くした人でないと本当の優しさは手に入らない。大きく、強い人間になる第一歩は、自分の小ささ、弱さを知ることから始まる。」
「はい」
「じゃあまたどこかで」
爺さんはそう言い残してどこかに歩いて行った。
自分を知る、か。
自分を知るためにはどうすればいいのだろうか。
その明確な方法はわからない。
だが、自分を知ることは自分ひとりではできないということを俺はこの半年間で学んだ。
今はまだ自分が何者かはわからない。
いや、そんなことは死ぬまでわからないのかもしれない。
だが、自分がどういうものかを知ってくれる、そんな人と出会うことはきっと不可能ではないのだろう。
そんなことを考えながらグラウンドの奥へ歩みを進めた。




