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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第8章 間違う季節の過ごし方
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113. 君だけは悲しませたくない



 「ではそろそろ始めましょうか。」

 「ああ。といっても俺ができることは限られてるが。」

 色々あったがようやく今日の本題のメイド服作りが始まった。

 渡された布をひたすら縫い付けていく。こういう単純な作業はこの数週間ですっかり慣れてしまった。


 「斉藤くんには本当に助けられました。ありがとうございます。」

 しばらくふたりのミシンの音だけが響いていた部屋の中突然白川に礼を言われる。

 「え、なにが?」

 「みなさんのメイド服作りのためにミシンを習得してくれたことです。」

 「ああそれね。」

 「斉藤くんがいなかったらきっと予定通りに製作が進んではいなかったと思います。」

 「どうだろう。お前のことならどうにかしてた気がするが。」

 実際どうにかはなっていたと思う。白川の無理を考慮しなければの話だが。

 「いいえ、きっとそれは無理でしょう。はじめの頃は私もそう思っていましたがそれは思い上がりだったとすぐわかりました。あの人数をひとりでサポートするのは予想以上に大変でした。」

 「まぁ、そうかもな。」

 俺も正直みんなもう少しミシンの心得があると思っていたが、今時は裁縫をする女子はあまりいないようだ。

 「俺でもできるようになったんだからみんなももう少しできても良さそうだけどな。」

 俺はそんなことを言って机の上のオレンジジュースを飲む。現実、最終的には俺より上手くなっていた人も散見されたしシンプルに裁縫をする機会がなかったって人も多かったのだろうとは思う。


 「・・・本当はおうちでも練習していたんでしょう?」

 「ぶぇ?」

 突然の一撃に危うく誰かのメイド服をジュースまみれにしそうになる。

 「いくらなんでも学校の練習量だけではあんなに早くあそこまで上達できませんよ。」

 「・・・あぁそう。」

 ・・・そうか。しくったなぁ。まぁ本気で意地でも隠そうと思っていたわけではないんだけど、いざ指摘されるとなんかこっ恥ずかしい。

 「ありがとうございます。本当に助かりました。」

 「やめろやめろ。」

 俺は目をつむっておおげさに手を振る。別に白川に礼を言われるためにやったわけじゃないし、なにより恥ずかしい。

 しかしそんな俺を白川は優しい笑みを浮かべながら見つめてくる。

 俺はこの空気に耐えかねてカウンターを放つ。

 「お前だって委員長のためにわざわざ俺を家に招いたろ。」

 「伊集院さんに気づかれていなければいいのですが。」

 「ほらな。なんかこういうのって人に気づかれるの恥ずかしいんだよ。」

 「ふふ、そうですね、ごめんなさい。」

 「ったく。」

 再び白川がにこにこ笑う。その笑顔はさきほど見た母親にそっくりだ。

 「はぁ・・・」

 俺はなんとも言えない気持ちをため息にのせた。


 全く、いつから俺はこんなにも他人を顧慮する癖がついてしまったのだろうか。

 少し前までは他人なんて考えるだけ時間の無駄と切り捨て、他人と関わらないことだけを目指して生きていた。

 だが今はと言うと、義務でもないのに家でミシンの練習をし、自ら率先してクラスの行事の手伝いをしているではないか。

 いつから俺は変わってしまったのか。

 別にクラスの出し物が上手く行こうが行くまいが俺にとってはどうでもいいというのは今も変わっていない。

 失敗しろと呪ったりは決してしないが、北本にも言ったようになにかの事故で計画が頓挫したり破綻したり、なんなら文化祭自体が消滅しても俺は別に悲しくもなんともない。

 正直自分もそれなりに努力して関わってきた行事ではあるのだが、この感情は残念ながら変わることはなかった。冷めている、という表現が正しいのかはわからないが、他に適切な表現が思いつかないのできっと俺は冷めた人間なんだろう。


 しかしただひとつ、そんな俺にもこのイベントが平穏無事に上手く行ってほしいと思う理由があった。


 『みんなの努力が報われてほしい』


 俺は不本意にもこのイベントの最前線で働かされることになったわけだが、その結果クラスのみんなはこのイベントに対して多かれ少なかれ努力と労力を掛けていることを知ってしまった。

 その頑張りを見てきたがゆえにこのイベントが実を結んでほしいという気持ちが少しだけ芽生えた。

 昔なら間違いなく切り捨てていた感情だ。他人の努力なんて1ミリも興味がなかった。他人が悲しもうが喜ぼうが全く気にしていなかった。


 誰のせいで俺は変わってしまったのか。きっかけはなんだったのだろうか。



 どれもこれもきっと目の前のこいつのせいである。


 俺はこいつの努力を知ったその瞬間から、少なくともこいつが悲しむ姿だけは見たくないという感情にとらわれてしまったのだ。






 「はぁ・・・・・・」

 「どうしたんです?」

 「いや、別に。」


 もうこのことを考えるのはやめよう。

 俺は何も考えないように手を動かすことにした。

 あんまりちんたらやっている暇はおそらくないだろうからな。

 

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