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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第8章 間違う季節の過ごし方
116/241

112. 人生は近くで見ると悲劇だが、 遠くから見れば喜劇である。



 「ただいま〜。さぁどうぞ、あまり広いところではありませんが。」

 「お、おじゃまします・・・」

 玄関のドアを入るとなぜだか落ち着く香りが充満していた。ああ、いつもの白川の匂いだこれ。

 俺は粗相のないよう自分の家では絶対やらないくらい丁寧に靴を脱ぐ。

 玄関にはいつも白川が履いているものであろうローファーと今履いていたサンダルとおそらくお母様のものであろう靴が並んでいる。なんだかこういう日常感を感じられる光景は新鮮で面白い。


 「こんにちは〜。あなたがあの斉藤くん?」

 優しそうな声の主はもちろん白川のお母様だ。

 「あ、こ、こんにちは。そ、そうです。斉藤です。」

 自分でもどもっていることがわかる。

 「うふふ、今日はゆっくりしていってね。」

 「あ、はい。」

 そういって奥の方へ消えていった。うん、ひと目でわかる。白川のお母さんだ。

 雰囲気が完璧に遺伝している。

 白川よりも目がとろっとしているおかげもあって白川よりさらに優しそうなオーラが出ていた。こんな母親と暮らしてりゃそりゃああれだけ素晴らしい性格の子供が育つわけだ。ところで"あの"斉藤って何?

 「ほら、こっちですよ。」

 「はいはい。」

 白川ママに見惚れていたら玄関先でぼーっとしてしまったらしい。俺は白川が手招く方へ向かう。

 「どうぞ」

 「おぉ〜」

 「なんですか『おぉ〜』って。」

 「いや、なんかめっちゃ白川の部屋って感じの部屋だなぁって。」

 「そりゃ私の部屋ですから。」

 その部屋はまさに白川の部屋という感じで女子らしい雰囲気もあるが女子っぽいグッズが置いてあるわけではないという予想通りの部屋だった。

 「とりあえずどこかに掛けてください。」

 「あ、お構いなく。」

 おそらく何か持ってきてくれようとしているのだろう白川に向けて一応断っておく。


 「一応言っておきますがそのタンスは開けないでくださいね。」

 「それは開けろってこと?」

 「まぁ斉藤くんにその度胸があるなら結構ですが。」

 「ぐ・・・」

 そういって白川はなにかを取りにさっき白川ママが消えていった部屋の方に向かっていた。


 ・・・くそ、馬鹿にしやがって。そんなこと言われたら見るしかない。俺は部屋に鎮座するタンスの前に立つ。

 あんなことを言うくらいだ、下着のひとつやふたつは入ってるだろう。つい数週間前に無情にも白川のスリーサイズを見逃したがここでその負け分を取り戻そう。

 俺は静かに一段目に手をかける。



 ・・・。

 これを開けたら白川怒るよなきっと。

 俺は(ここにあると思われる)ブラの数枚で白川の信用を失っていいのだろうか。俺はとたんに目の前のタンスがパンドラの箱に見えてきた。

 漫画やアニメではこういう時開けるのがお約束だ。むしろ一昔前までは開けることが礼儀という風潮があった言っても過言ではない。

 だがそれはあくまでフィクション。ここで現実とフィクションを混同するような行為はオタクとして最も恥ずべきことではないだろうか。


 ・・。

 しかしそんな綺麗事で自分の勇気のなさを正当化してよいのだろうか。

 今こそ弱い自分に打ち勝つ瞬間ではないだろうか。

 さっきの白川の言葉は明らかにフリである。

 きっとあの言葉で俺の度胸を測ってるんだ。多分あれだ、男の価値を測るってやつなんだろう。ここでタンスを開けない男は女子界隈で初デートサイゼリア男と同等の扱いを受けるに違いない。

 再び両手に力を込める。


 ・。

 俺は弱い人間だ。タンスひとつすら開けられない弱い人間だ。

 だがそんな誹りは甘んじて受け入れよう。ここで勢いで開けられなかった時点で俺の負けなのだ。危険牌を持ってきた時考えれば考えるほど切れなくなるアレと今は極めて類似している。今俺にとって目の前のパンツは危険牌なのである。ここは素直に降りよう。

 いいじゃないか初デートがサイゼリアでも。安くて美味いぞあそこは。



 ・・・。

 静かに取っ手から手を離す。

 だまって座って待っていよう。

 俺はパンドラの箱から離れることにした。






 「・・・満足しましたか?」

 「え?」

 振り返ると笑顔の白川が入り口で立っていた。

 「随分じっくりと見ていたようですが・・・」

 笑顔は一切崩れない。だがそれがとてつもなく怖い。

 「あ、いや、開けてない。まじで。ほんとに。信じてくれ。開けようか迷ったが開けてない。なぁほんとに。」

 「・・・。」

 「なぁ信じてくれよぉ。」

 「・・・・・・・。」

 「・・・」

 「・・・・・・・・・ふふふ、冗談ですよ。ずっと見てました。随分葛藤していたようですね。ぷっ・・・ふふっ・・・あははは」

 これまで見たことないくらい白川が大笑いしているが俺は状況が飲み込めていなかった。


 「え、ずっと見てたの?」

 「ふふふ、はぁはぁ・・・。ほんと斉藤くんはしょうがない人ですね。」

 白川はそう言いながら扉を閉めお菓子と飲み物が載っているお盆を机の上に置く。

 「はぁぁぁぁーーー・・・・・良かった。開けないで。」

 よくわからないがどうやら罠には掛からずに済んだらしい。

 「ちなみにそこに下着は入ってませんよ。」

 にこにこしながら衝撃の事実を言う白川。

 「え!?」

 「男の子を呼ぶ部屋に置いておくわけ無いでしょう。」

 「あぁ・・・まぁ・・・」

 さっきまでの葛藤は何だったんだよ・・・。



 「そんなに見たかったんですか。」

 「いや、だってそりゃこんな場面に遭遇したら開けてみようかなってなるでしょ。」

 「なに開き直ってるんですか。」

 「というか開けてないんだしもういいだろ!はぁ疲れた。」

 「面白かったので許してあげましょう。さぁとりあえずこれでも食べて落ち着いてください。」

 なんか最後の一言に(笑)がついている気がしてならなかったがこれ以上この件に触れたくなかったので指摘するのはやめた。

 こんな回で言うのもあれですが来年もどうかよろしくお願いします。良いお年を。

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