111. 筆者に女子の部屋へ行った経験はございません
翌日。寝不足せいで眠い目をこすりながら俺は昨日の約束通り白川の家へ、正確には待ち合わせをしている例の公園へ向かっていた。
学校の裏の典型的な住宅地然とした道をぼーっと歩く。
家の近所なのに一回も通ったことのない道というのは案外誰にもあると思う。俺にとって今歩いている道がまさにそれである。別に他の道と特筆すべき違いがあるというわけではないのだが、なぜかはじめて通る道というのには不思議な高揚感がある。
・・・ああ、意識して考えないようにはしていたがやはり無理だ。いくら知らない道に思いを馳せようとしてもこんな何の変哲もない道には何の感情もないし想像も膨らまない。
俺は今日白川の家に行くんだ。
なんか昨日さらっと決まったことだが結構重大なイベントではないか?
だってあの白川と一対一だぞ。いやまぁこれまでも、というか部活立ち上げ当初はふたりきりだったけどさぁ・・・。
でもなんか家に訪問するって特別な感じがするよね。ギャルゲーなら間違いなく専用CGがつく。なんなら今日のために背景も新しいものが用意されるかもしれない。いやそれは北本の部屋のを流用できるか。
とまぁこんなわけのわからないことを考えてしまうくらいには緊張している。できれば一生公園に着かなければいいのにとさえ思うが、残念ながら俺の家とその公園はめちゃくちゃ近い。
ほらもう件の公園が見えてきた。というかその中に遠くから見ても女子とわかるシルエットの日傘を差す人影が佇んでいる。
俺は覚悟を決め、努めて平静を装いながら公園に入った。
「おはようございます」
俺に気付いた白川はいつもどおりに挨拶をしてくる。
「よう」
こちらもいつもどおり軽い感じで返したが、Tシャツにミニスカートというおそらくこの時期の休日の女子のファッションとしてはありふれたものなのであろう格好の白川が今の俺の心理状態にはあまりにも刺激的に映った。返事が上ずっていなかったことを祈るばかりである。
「この公園にはよく来るんですよね」
「へぇ」
にこにこ話す白川になんか気の利いた返事をしたいところだがあいにく今の俺にそんな余裕はない。さっきから胸の動悸がおさまらない。誰か救心をください。
「では行きましょうか。」
俺は黙ってうなずき白川の半歩後ろをついて行った。
・・・。
・・。
・。
「ここです。」
白川が日傘をたたむ。どうやらこのマンションが白川家らしい。
「・・・。」
エレベーターの中でも特に会話は生まれない。いつもなら特別気にすることはない、と言うかむしろ気楽でいいとさえ思える沈黙なのだが今はなぜかとても気まずい。
ちらりと白川を見る。なんかいつにもまして白川がかわいく見えるのは気のせいだろうか。そんなにきらきらした瞳してたっけ?そんなに髪さらさらだったっけ?
いや、いつもと違うのは俺の方だろう。
はぁ・・・なんでこんなに緊張してるんだよ、俺。
「・・・。」
さすがに沈黙に押しつぶされそうな気分になってきたので緊張していることをごまかしながらずっと気になっていたことを訊いてみる。
「あの、一応聞くけど、ご両親はご在宅でしょうか。」
よくわからないが自然と敬語になってしまった。
「ええ。母が。」
よかった・・・のかもよくわからない。とりあえずお父様がいないというのは安堵できる材料だろう。おそらく。
「俺が来ること話してるよね。」
「いいえ。」
「えっ!?」
びっくりして大きな声が出る。同時に鼓動も一気に早くなるのを自覚した。
「冗談です。」
うふふと笑う白川。
「いや、ちょっと、ほんとやめてくれ。」
しかしこっちの動悸はストップ高である。
「さあ着きましたよ。」
軽やかな足取りでエレベーターを出る白川にとぼとぼ付いていく俺。
なんかすでにもうかなり疲れたんだけど・・・。とにかくこのエレベーターはこれまでの人生で最も体感時間が長いエレベーターだった。




