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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第8章 間違う季節の過ごし方
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107. しかしそんな世界にもあるかもしれない。未確定の幸福が



 さすがに俺がここまで言うとは思わなかったのだろうか。だが北本は何も言わない。だから気にせず進める。


 「もちろんクラスの女子からは多少の反感を買うことになるだろう。けど別に殺されるわけじゃない。こう言っちゃあ何だがお前ひとりいなくてもメイド喫茶の実施にはほぼ影響ないというのが事実だろう。

 そう、今この学校全体がしていることは決してお前の言うところの『しなければならないこと』ではない。

 この文化祭の間の数週間分勉強したアドバンテージでいい大学に入るなり、知見を広げるような他の活動をして将来の職の幅を広げることのほうが間違いなく『すべきこと』だと俺も思う。」

 独り言を続けているうちに俺はこの感じを久しぶりに思い出してきた。俺は最近薄れているとは言え、世界に対する見方、感じ方は北本と共通しているんだった。


 「というか、この世のイベントの大体は『しなくてもいいこと』だと思うわ。それがいいことなのか悪いことなのか、幸せなことなのか不幸なことなのかは今の俺にはわからないけどな。」

 吐き捨てるように言う。だがこれまでの言葉は全て嘘偽りのない俺の本心であった。

 これまでの人生確かに楽しいことはあった。そしてそれと同じくらいか、いやそれ以上に楽しくないこともあった。

 だがそれらは今の俺が振り返るとほぼどうでも良いことである。

 そう、今の俺にとっては。



 「ただ、それらの価値は悲しいことに決定的ではない。人とは常に過去を振り返る生き物なんだよな、悲しいことに。」

 北本はまだ黙っている。が、たしかに俺の話を聞いている。

 「俺達臆病者はその性質が特に顕著ということはきっとわかっていると思う。だから悩む。今手放そうとしている事象は後々もっと大きな意味を持つのではないかと。そしてさらに臆病になる。

 そうした結果踏み止まる。保留する。逃げもせず攻めもせず、ただその場で様子をうかがう。」

 今の話の総括というか本質というか発端は全て俺達の臆病さの一言で言い表せる。


 「これまで俺はずっとそうだった。どんなイベントに対しても本気にならず、かと言って逃げ出すほど他にやりたいことも確固たる理由もないので、なんとなく参加し何となく終える。

 そしてなんとなく終わり、特に楽しかったとも思わず家に帰る。最後に寝る前にベッドの上で本気にならなかった自己を正当化するためにこうつぶやくんだ。『やっぱりそんなに面白くなかった』って。」

 「だけどそんな姿勢で人生を歩むことこそ一番バカなんじゃないかと最近思うようになってきたんだよな。

 別に少し疲れるような頑張りをしたからと言って何かあるわけでもないし、なによりそんな姿勢で物事に取り組んでいたら面白いものも面白くなく感じてしまうんじゃないかと思うんだ。

 よく『やらずに後悔するくらいならやって後悔したほうがいい』なんて言うじゃん。

 ずっと気持ち悪い台詞だななんて思ってたけど、案外これは自分の幸福感を最大化する最適解を言い表しているんじゃないかもしれないなって思うんだよね。特に何もしないニュートラルな臆病者にはいいアドバイスだと思う。

 やめた後のことを考えて悩み、だが本気になった後悔に怯えるくらいなら、多少面倒でも、今は価値を感じられないとしても、案外やってみるのも悪くないかもななんて柄にもなく思うようになっちまったんだ。誰かさんたちのせいでな。」


 これはきっと臆病者ではない人から見たらとてもネガティブなモチベーションに映るだろう。

 だがこれは生まれながらにして持っている性質であり、変えることができないのだ。

 本当は頑張りたくない。だけど頑張らなかった結果未知の不幸が訪れるかもしれないくらいなら、今の確定的な不幸を甘んじて受け入れる。

 さっきまでは軽んじていた結末に。今度は「案外頑張って良かった」と思える結末があるんじゃないかという自分勝手な期待を寄せ始める。


 幾重にも重なった自己矛盾の渦に囚われ、『今』という藁にすがる。

 だがその行動は『未来』の幸福を得る権利を捨てているのだ。



 「・・・やだなぁ、私が本気でやめると思ったんですか?冗談ですよ、ただの冗談。」

 北本は階段から立ち上がり俺に背を向けながら軽い口調でそんなことを言う。

 「・・・・・・そうか。ならいい。」

 北本の表情は見えない。

 俺は下を向き静かに答える。


 もしかしたら俺の長い独白は無駄だったかもしれない。


 だが、この長い独白の結果北本の気が晴れたならこの時間は無駄ではなかったと信じたい。

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