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カーテンコールのその後に  作者: 紺野千昭
第三幕 ――既知を尋ねて――
14/22

牢屋の再会


 アルゴス防衛隊駐屯兵舎第六棟――そのさびれた簡易営倉かんいえいそうの中に、ヘクトルの姿があった。


 鉄格子の向こうには、武装した警備兵たちがずらりと並んでいる。幽閉されているヘクトルよりも警備兵たちの方が不安げな顔をしているのは、誰もが眼前の老兵に対し鉄の檻など無意味であることを知っているからだろうか。


 と、そんな折、兵舎へいしゃの入口がにわかに騒がしくなった。


「警備隊長がいらっしゃったぞ!」


 兵士たちのささやきと共に現れたのは、ヘクトル以上のガタイを誇る大巨漢。絶望的に似合わない制服を身に纏い、腰には巨大な手斧をげている。ぼうぼうのあごひげとその巨体から、さながら野生の熊のような印象だ。


 現れた巨漢は鉄格子越しにヘクトルの正面に立つと、腹に響くしゃがれ声で囁いた。


「お久しぶりでごぜえます。ヘクトル団長」

「……ガルシアか。会うのは三年ぶりだな」


 数年来の再会を喜ぶでもなく、二人の巨漢が格子を挟んで対峙する。


「……団長、どういうおつもりで? うち(ミュケネス)そっち(トゥルヴィア)の情勢、知らないわけではねえでしょう?」

「ああ、理解しているつもりだ。だからこそ、オデュッセウス殿と話をしに来た」


 互いに視線をそらさないまま、数秒が過ぎる。


 周囲の衛兵たちが息をするのも忘れるような重い寸刻の後、先に溜め息をついたのはガルシアだった。


「……全員、持ち場に戻れ。この人は俺が城まで連行する」

「よ、よろしいのですか!?」

「責任は俺が持つ。牢屋の鍵と、一番大きな手錠を持ってこい」


 そして牢から出されたヘクトルの両腕に錠をかけながら、ガルシアはそっと耳打ちした。


「……一応、拘束させてもらいやす。無駄なことは重々承知ですが、格好だけでもこうしておかないと余計な騒ぎになりそうなもので」

「すまんな、手間をかける」


「まったくです、団長。これから一戦交えるかもしれねえ敵国の最高戦力が乗り込んできたとありゃ、兵たちが不安がるのも当然でさあ。軍事侵略と言っても通るぐらいです。ご自分の立場をよくよく自覚してくだせえ」

「……兵団時代には、まさかお前に責任をさとされることになるとは思わなかったぞ」


 ヘクトルがぼそりとそう言うと、ガルシアは、ぐふふ、とこそばゆそうにあごひげを揺らした。


「まっ、がらじゃねえのはわかっとりますが……今は俺がこの都の防衛隊長です。いつまでもきかん坊じゃいられんでしょう。……さあ、これでよし。無理かも知れませんが、できるだけ小さくなって歩いてくだせえ。人に見られたらそれだけで大騒ぎなもんで」


 そうして囚人用のフードつきコートを被せられたヘクトルは、アルゴス中央にそびえる城へ連行されていった。


 ガルシアが城の衛兵に何事か言伝ことづてを頼んでから、待つこと数分。城門脇の通用口から一人の男が現れる。立派な身なりをしたその男は、どうやらアルゴス共和国の重役らしい。


「ガルシア、私を呼び出すとは何用か?」

「これはご足労いただき恐縮です、エギルセン副議長。火急の件にて、オデュッセウス議長にお取次ぎ願いたいのですが……」

「議長は今重要な会議中だ。何で多忙かは重々わかっておろう? 故にこの私が出向いているのだ。さあ、私とて暇なわけではない。さっさと用件を……ん? 待て――」


 エギルセンと呼ばれた副議長は、ガルシアの背後に立つ虜囚服りょしゅうふく姿の大男に目を留める。そして、それが誰だか気づいた瞬間、大きく驚愕した。


「……そいつは、まさか……ヘクトル=アーバンカイン、か……?」

「……ええ、そうです」


「ガルシア、貴様……! 今がどういう状況かわかっていてのことか……?!」

「もちろんでございます! だからこそ、こうして……」


 と弁明を始めたガルシアを遮って、ヘクトルは自分から一歩進み出た。


此度こたびの御無礼、すべて私の責任です。……ただ、このような形でうかがったのには理由があります。ここではまだお話できませんが……誰のがねでもなく、私個人の独断で参りました。トゥルヴィア側の思惑は無関係です。どうか、議長と話し合いの席を……」

「ふんっ、そんな話が信じられるか! 貴様、自分が何者か理解しているのか? お前ほどの力があれば、たとえ丸腰であろうと城にいる全員を握り潰せる! お前がこうしてここにいる今、我々は首筋にナイフを突き立てられているも同義! そんな状態で『話し合い』だと? 貴様はいつから冗談を覚えた!?」

「そうですか……でしたら――」


 ヘクトルは唐突にエギルセンの前にひざまずくと、乞うように両腕を伸ばした。


「――今、この場において、私の両腕を斬り落としてください」

「な、なにをっ……?!」

「足りないのであれば、四肢すべてでも構いません」 


 ヘクトルの重々しい声を聞けば、それが見せかけだけの覚悟でないことはすぐにわかった。たとえ命まで奪われようと、文句の一つも漏らすことはないだろう。


「俺からもお願げえします! 団長の人となりは副議長もわかっておいででしょう! 第一、防衛隊長の俺が言うのもなんですが……もし団長がその気なら、この城はとっくに落ちてますよ」

「ガルシア、貴様……」


 エギルセンはまじまじと伏したヘクトルを見る。

 そして、諦めたように言った。


「よかろう、いでやる。……だがな、ヘクトル=アーバンカイン。議長にもガルシアのような反応を期待しているとしたら、それは大きな間違いだぞ。……さあ、ついてこい」

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