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カーテンコールのその後に  作者: 紺野千昭
第三幕 ――既知を尋ねて――
13/22

さぼり日和


 ミュケネス共和国首都・アルゴス。


 『魔術と学問の街』とうたわれるだけあって、どこか幻想世界じみた雰囲気を纏うこの都こそ、魔術立国として名の知られる小国ミュケネスの中心部だ。


 ただ、ファンシーな街並みとは正反対に、街の外周部はぐるりといかつい壁に囲まれている。……言うまでもなく魔物との戦乱時代の遺産である。


 しかし、既に用済みになったはずのこの大きな遺物が、数ヶ月前から再び日の目を浴び始めた。


 日夜を通して破損個所の補修と補強が行われ、周辺では見張りの兵士たちが二十四時間眼を光らせている。一般市民には公表されていないが、昨今さっこんのトゥルヴィアとの関係悪化が影響しているのは明白だ。


 けれど一方で、警戒にあたる兵士たちがそこまで真剣かといえば、必ずしもそうではない。なにせ、実際に火花を散らしている開拓地とは物理的に距離がある。戦争に対する実感が湧かないのだから、身が入らないのも当然と言えば当然のこと。


 そんなわけでここにもまた、サボっている二人の兵士の姿があった。


「あー、なんつーか、暇だな……」

「そうだな……」


 街の外壁に寄りかかり、揃って欠伸をしている二人の新米兵士。まだぴかぴかな制服の癖して、やる気はすっかりえてしまっているらしい。


「『外壁周辺の見回り任務』なんて言われてもな……数ヶ月間も異常なしじゃこっちが退屈でおかしくなりそうだよ。つーか、トゥルヴィアが攻めて来るとか言い出したの誰だよ……」

「まあ万が一があったらヤバイってのは確かだからなあ……」


「いやそもそもさ、戦争なんて本当に起きるのか? 噂ばっかり流れて来てるけどよお……」

「さあな。だが、少なくとも上はそう考えてるんだろ。俺たちゃ末端の末端だからこんな暇な仕事だけどよ、オデュッセウス議長中心にお偉いさん方はてんやわんやしてるらしいぜ」


 どこで見知ったのかもわからない適当な情報を適当に話す新兵。だが相棒の方も適当に頷いているので案外バランスがとれている。


「でもよお、実際んとこどうなんだ? なんか国家間の関係が悪くなっただの言われてるけどさ、いうほど仲悪い感じするかあ?」

「馬鹿、そりゃここがアルゴスだからだ。問題は開拓地の方だよ。あそこじゃ相当もめまくってるらしいぜ。それも毎日な。聞いた話によると、流血沙汰も一度や二度じゃないとか。開拓地に出入りしてるダチが言うには、もう時間の問題だろうってさ」


 ふうん、と曖昧あいまいに頷いた新兵は、今更ながらに尋ねた。


「つーかよお。トゥルヴィアと喧嘩なんかして勝てんのか?」

「おいおい、なに今更な質問してんだよ。勝てるかってお前……そりゃ無理だろ。あんな大国相手じゃひとたまりもないさ。ゾウとありんこが喧嘩するみたいなもんだ」


「でもよお、うちだって魔術だけならすごいんだろ? 『魔術と学問の都』とか呼ばれてるし……魔術師さんたちがなんとかしてくれないかな……」

「だめだね。数が全然ちげえんだよ。質より量なんだよ戦争ってのは。まあ知らんけど。……それに、トゥルヴィアにはあのヘクトルがいるんだぜ?」


「ああ、最後の兵団長か……つっても、攻撃魔法どころか簡単な身体補助系統も一切使えないって話だろ? 正直信じられねえよ。ほら、兵団っていっつも団員募集してたし、プロパガンダって奴かもしんねえぞ?」

「あー言われてみれば、ないことはないかも……」


 と安易に流されかけた兵士の後ろで、第三者の声がした。


「――いいや、そりゃないな」


 現れたのは、二人よりもいくらか年上の兵士。制服の装飾が少しだけ豪華だ。

 振り返った瞬間、二人はばらばらな敬礼をした。


「あ、せんぱい! お疲れ様でーす」

「おう、お疲れ……じゃなくて、今の、ヘクトル団長の話だろ? ……ふふふ、俺はよお、自慢じゃないが昔兵団に入ってたんだよ。しかもな、自慢じゃねえけど生で団長の戦いを見たこともあるんだぜ? 自慢じゃねえけどな。……あれ、この話もうしたっけ?」

「まあ、割と、週一ぐらいのペースで。……あ、でも俺ら聞き流しちゃってたんで、もう一回お願いします」


「お前らなあ……こほん。ともかくだ、団長の強さはマジだぞ。噂ってのは大概尾ひれがつくもんだけど、団長に関しては別だ。流れてくる噂がうさんくさすぎて、みんな勝手に現実的にありそうな話に変えちまってるんだよ。まあ俺だって昔は信じてなかったよ。だけどよ、まるで子供がベリーをもぐみたいに、片手でドラゴンの首をちぎりとってる姿見た後じゃ、もう疑う気なんて起きねえよ。……ともかく、ヘクトル団長だけは別格だ」

「うへえ……じゃあやっぱり負け確定かあ……」


 過去を懐かしむように遠くを見る先輩に対し、後輩兵士たちはがくりと肩を落とす。


「あーあ、平和になったっつうから兵士になりに来たのに、いきなり敗戦国の兵隊とか……。普通に実家の農家ついどきゃ良かったかなあ……都会に釣られたのが運の尽きか……」

「しかし実際のとこ、戦争って負けたらどうなんだろ? イマイチ想像つかねえよ」


「ああ、それな。まあ仲悪いっつったって、まさか食い殺されたりはしないだろ。その点魔物とやるよりは全然ましだろうよ」

「だよな、同じ人間なんだしな」


 とはげまし合うように頷く二人。そこへ、まだ居座っていた先輩がまたしても割り込んできた。……こいつはこいつで暇らしい。


「さあて、そいつはどうかな」

「どうかなって……どうなんすか?」


「お前らさ、大人になって寝小便したことあるか?」

「へ? 戦争の話っすよね?」


「まあいいから、あんのか? ないのか?」

「さすがにねえっすよ」

「俺もねえっす」


「まあ普通はそうだよな……けど、実を言うと、俺は二回だけある」

「えぇ……そういう告白はちょっと……ヒきます」

「最後まで聞けって!」


 礼儀もへったくれもなくドン引きする二人に、先輩兵士は無理矢理説明する。


「一度目は兵団入りして初めて魔物と戦った日の夜だ。まあこれはだいたいみんなやらかす。むしろ戦場で漏らさなかっただけ大したもんだと褒められたぐらいだ。そんで二度目はな、頭のおかしくなった兵士を見た時だよ」

「狂ったって……それ、魔物が怖くて、ってことですか?」


「逆だよ、逆。――仲間や家族を殺された恨みで、魔物に復讐することしか頭にない奴らが、兵団には何人もいたのさ。ああいうのを‘殺意’っていうのかねえ。魔物の怖さとは根本的に違うんだよ。感情がある分だけ、なんつーかこう、眼の奥のにごり方がすごいんだ。もしも、あれか魔物のどちらかと戦わなきゃならん状況だったら、俺は迷わず魔物を選ぶね」


 そう語る先輩兵の表情は、後輩を脅すために嘘をついているようには見えなかった。


「こええぞ、人間は」


 二人の新兵は真っ青になって顔を見合わせる。最初の楽観的な雰囲気などもうどこにもない。


 ……そして折悪おりわるく、びびりまくった二人の背中に声をかける者が現れた。


「――失礼、少しいいだろうか?」

「うひっ! あ、はい……って、うわっ!」


 振り返った瞬間にぎょっと飛び退く二人。


 なぜなら声をかけてきた相手が、二メートルを軽く越す大男だったのだ。フードで顔が隠れているあたり、恐ろしさが二倍増しになっている。


 だが唯一先輩兵士だけは、同じ驚愕でも少し違う反応を示していた。


「っ……! あなたは、まさか……?!」

「……懐かしい顔だな。元フラネスカ隊所属のレイス=ギリーか。昔一度だけ、共に戦ったことを覚えているか?」

「そ、それは、も、もちろんです……」


 先輩兵はしどろもどろに頷く。この大男とは面識があるらしく、なぜか敬語になっている。


「再会を喜びたいところだが……昔話をしている暇もない。もしも手が空いているのならば、至急、アルゴスの防衛隊長に伝えてはくれまいか?」


 そして大男は、フードを脱ぎ去りながら言伝ことづてを口にした。


「――ヘクトル=アーバンカインが来た、と」

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