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カーテンコールのその後に  作者: 紺野千昭
第二幕 ――咎人の嘆き――
11/22

老兵の価値

「……もう少し早く出てきてもよかったのではないか――テレジア」

「申し訳ありません。殺さないのであれば、私の顔を見られるわけにはいかなかったので」


 気絶した隊長のすぐ脇から現れたのは、フードで顔を隠したテレジアだった。


「それに、あなたの戦闘に巻き込まれてはたまりませんからね」


 テレジアの視線がちらりと周囲に向けられる。


 辺り一帯に広がっているのは、台風一過の如き惨状。ヘクトルの踏み込みにより大地はえぐれ、とばっちりを受けた木々は根元からひっくり返っている。まるで局所的な天変地異てんぺんちいだ。倒れ伏した兵士たちに息があるのは、ヘクトルが多分に手心を加えたお陰である。


「エリオスは無事か?」


 そんな惨状を創り出した張本人であるヘクトルは、周囲に目もくれず先に連行された元部下の安否を問う。


 今回の襲撃は明らかに口封じが目的。だとすれば、当然エリオスも狙われているはずだ。


「ご心配には及びません。既に救出してあります……というより、護送が始まって一分後には自力で抜け出していましたよ。手足を縛れば安全だ、などと思われるとは、我々も随分甘く見られたものですね」

「そうか、それは朗報だな……」


 ヘクトルは安堵を声に出すと、一転、けわしい視線をテレジアに向けた。


「……それで、どこまで知っていた?」

「このタイミングでの襲撃については、予想してはいませんでした。もっとも、あなたに現状を把握してもらうためには、むしろ幸運だったと言うべきですかね」


「幸運? チコが危険な目にったというのに、か?」

「いざとなれば、あの男がナイフを動かすより先に首を飛ばせました。これでもかつては副団長――あなたの左腕と呼ばれた女です。……わかっていたからこそ、これだけ好き勝手に大暴れしたのでしょう?」


「そういうことを言いたいのではない。私は心構えの話を……」

「はいはい、お小言は勘弁を。あなたがここに居た――その事実だけで、彼女は世界で一番安全ですよ」


 ヘクトルの射るような視線も、涼しい顔でやりすごしてしまうテレジア。この美女が、『ヘクトルの左腕』とは別に、『氷血女帝』というあだ名……もとい、異名をかんしていたのにも納得である。


「……それで、私から聞きたいのはチコちゃんへの謝罪だけですか?」


 これ以上の追及を諦めたヘクトルは、エリオスから託された封書を取り出した。


「……ここに記載された備蓄物資は開拓用のそれとはまるで違う。戦争のための準備だ。お前の知っていることのすべてを、詳しく説明してもらおうか」

「その気になっていただけたようで何よりです。エリオスの犠牲も無駄ではなかったようですね」


「その言い方……エリオスの行動も最初からお前が絡んでいたと?」

「勘違いなさらないでください。魔王を討伐できなかった鬱憤うっぷんから、不正規に職務を放棄したのは彼自身の意思です。それを利用したのは否定しませんが、パリスのたくらみを阻止するために必要な手順だったと思っています」


 眉間に皺を寄せたヘクトルは、苦悶の吐息をついた。罪を暴くために罪を犯すなど、明らかに尋常な状況ではない。


「……お前の判断はわかった。今更何を言ったところでもう遅いだろう。……だが、なぜ私に一言の相談もなかった? パリスに対して疑惑を持った段階で、私に相談しても良かったではないか。お前なら情報規制もくぐり抜けられたはずだ」

「同じようなやりとりを、昨日酒場でもしたではありませんか。……相談していたらあなたは賛成しなかったでしょう?」

「当然だ。元部下を犯罪者にするなど、それは最後の手段とも呼べん外道の策。仮にパリスのくわだてが本当だとしても、悪に対抗するのに悪事を働いてよい道理はない。他に手を尽くすのが民を守る者としての責務だ」


 ヘクトルがきっぱりとそう言い切ると、テレジアは呆れ顔を浮かべた。


「でしょうね。まずは事実確認、次に嘆願書たんがんしょの作成、それから議会への疑義申告をした後に、そこから委員会の編成……といったところでしょうか?」

「それが王国の定めた正当なやり方だ。政治とは議会によって民に還元されるべきもの。我々がその規範とならずにどうする」


「その議会の決定権を今やパリスが握っているのですよ。圧倒的民衆からの支持を武器に、パリスは要職の多くからあなたや陛下を支持する高齢層を追放しました。今や議会の大半はパリス支持者。彼の不正を訴えたとしても、虚言として握りつぶされるのが関の山でしょう。――あなたの言う‘正当なやり方’でね」

「ならばプリアノス宰相に訴えるのが先決だろう。パリスを上回る権力と、それに足る知性を持ち合わせたお方。今ある状況だけでも、きっと何かしら手をうってくれるはずだ」


 宰相・プリアノスは兵団時代からのヘクトルの支援者であり、個人的な親交も深い旧知の友人。トゥルヴィア国内においては、女王セレナに次いでヘクトルが信頼を寄せている人物である。


 けれど、テレジアの答えは信じがたいものだった。


「残念ながら、それはもうやりました。プリアノス宰相にはすべての情報を伝え、協力を仰いだのです。しかし……」

「……パリス側についたと? まさか……戦争を肯定したのか?」


 束の間愕然とするヘクトル。無為な流血をとするなど、彼の知る宰相とはかけ離れすぎている。何かの間違いだとしか思えなかったのだ。


 そんな元上官へ、テレジアは諭すように話し始めた。


「団長。あなたには理解できないでしょうが……パリスの行動は国益という観点から見れば決して間違ったものではないのです」


 明らかに納得しかねているヘクトルのために、テレジアは補足を加える。


「酒場でもお話ししたはずです。魔王領開発に大きなハンデを負っている我が国は、これから必ず衰退する。今は突出している軍事力もすぐに維持できなくなる。だとすれば、国際協調が不十分であり、我が国が最大の国力を誇っている今のうちに、武力で利権を確保するしかないという判断は理にかなっています。そして我が国とミュケネスとの戦力差は圧倒的。万に一つの負けもない。自国の利益だけを考えるならば、戦争という手段はむしろ合理的な選択なのです」


「だが……だが、信じられん。兵団時代より戦いの悲惨さをよく知っているあのプリアノス宰相が、戦争を肯定するなど……」


「プリアノス宰相は国を第一に考え、あなたは人類全体を第一に考えている。その違いですよ。……他のパリスの支持者たちもみな同じ。自分にとっての目標達成手段として、パリスを支持しているのです。民衆はより豊かな生活を手に入れるため。商会はより利益を上げるため。議員たちは己の権力を増すため。個々の利益を最大化するための偶像ぐうぞうとして、パリスは存在している。だからこそ、あの男は危険なのです」


 それからテレジアはきっぱりと告げた。


「パリスは今まで戦ってきた魔物とは違います。あなたの真っ直ぐな力は魔王にさえ届いたでしょう。けれどそれだけでは、パリスには通用しない。彼はあなたを同じ舞台に上げることなくすべてを終わらせることができる。……断言します。もしもあなたが正攻法でパリスと相対しようとしていたなら、あなたが読む最初の手紙は、戦争開幕の便たよりになっていたでしょう」


「……だから、エリオスやその部下たちを犯罪者にし、こんな形で私を呼んだのか?」


「ええそうです。パリスの計略に関する証拠を集めつつ、あなたを呼ばざるを得ない状況にするには、これが一番近道でしたので。……もっとも、エリオスがあなたと戦ったのは本人の望みでもあります。ずーっと昔、あなたに挑んで負けて以来、リベンジの機会をうかがっていた馬鹿ですから。まあ、団長にとっては本意ではなかったでしょうが」


 「当然だ」とでも言いたげに、ヘクトルは顔をしかめた。


「だから黙っていたんですよ。もしあなたがエリオスと戦うことなく和解を行えば、それこそパリスにとって最良。議会の要請にそむいて野盗と組んだとあらば、あなたはもちろん、あなたを支持していた女王派の発言力は完全に失われる。更には各地の旧兵団関係者への検閲などを強化する絶好の機会を与えることになってしまう。そうしたらもう、誰もパリスの暴走を止められない。それとも、エリオスや私と組んで連日テロ行為でもやりますか? そんなあなたを止めに来るのはパリスではない。危険な反逆者から家族を守ろうとする、何も知らない若き兵士たちですよ」


 次々と提示される逼迫ひっぱくした現状。ヘクトルの顔は刻々と険しさを増して言ったが、当のテレジア本人にはまだ微笑むだけの余裕があった。


「まあともかく、エリオスや部下たちのことを気に病む必要はありません。あなたの石頭にはみな慣れっこです。そして何より、彼らの犠牲は無駄ではなかった。――我々はこうして、パリスの盤上にあなたを引きり出すことに成功したのですから」


 確信に満ちた元部下の言葉。だが今のヘクトルには、それを鵜呑うのみにすることはできなかった。


「わからんな……私ではパリスに勝てないのではなかったのか?」

「正攻法では、と申し上げたはずです。パリスは冷酷にして狡猾。こと策略においてなら、あなたなど容易たやすくあしらえることを自覚している。けれど一方で、他の誰よりあなたを恐れてもいます。……わかりませんか? 戦乱を望むパリスが最も警戒しているのは、国境を越えた人々の団結です。そして連合兵団長であったあなたは、その連帯の要石かなめいしとなりうる唯一の存在なのです」


「……随分と買いかぶられたものだな。この老体に、そんな余力はないというのに……」

「あなたが自分をどう見ているかは関係ありません。パリスがあなたを最悪のジョーカーとして見ていることが重要なのです。……何としても、この開戦だけは避けなければなりません。国家同士の戦争ともなれば、今回のように力づくでどうこうできるものではない。力で潰せばその分だけ憎しみは積み重なり、それは次の世代の火種としてくすぶり続ける。魔物相手とは勝手が違うのです。感情を持つ人間同士だからこそ、一度始まった戦いは絶対に終わらない。私たちはまだ、復讐心の制御ができないから。……なので、ヘクトル団長。命を賭けて止めてください」


 冷酷とも、理不尽とも取れるテレジアの言葉。

 しかしヘクトルは怒らないどころか不自然とも感じていないらしい。文字通り命を削って戦ってきた兵団には、彼らにしかわからない境地があるのだ。……ただ、それでもヘクトルが険しい顔をしているのは、別の疑念に思い至ったからだった。


「……お前は言ったな、パリスやその支持者たちが戦争を望む理由は国益や権力のためだと。――テレジアよ、人はそれだけの理由で人を殺せてしまうものなのか?」

「今更なことを聞くのですね。我々は、もっと単純な理由で魔物を殺してきたではありませんか」


「……人と魔物は違うだろう」

「そうですね。……人は魔物よりずっと優しくて、ずっと残忍です」


 当たり前のように答えるテレジアを見て、ヘクトルはひどく悲しそうに溜め息をつく。


 そんなヘクトルの姿が、ほんの一瞬だけ、年相応にくたびれたただの老人のように見えた。


「……人間とは、そこまで信頼にあたいしないものなのだろうか……?」


 自問にも似た老兵の問いかけ――そこで初めて、テレジアの表情が揺らいだ。


「……パリスを相手にしていると、変わっていく自分がどうしようもなく怖くなる時があります。兵団の頃は隣にいる皆を信頼し、皆から信頼されていた。それこそが、強大な魔物と戦う唯一の力だった。……けれど、あの男は違います。パリスにとって他者とは利用するための駒であり、信頼とは彼らを縛る鎖でしかない。そんなパリスと戦えば戦うほど、自分も他者を信頼できなくなっていく……」


 テレジアは深く落とした視線を上げ、まっすぐヘクトルを見つめた。


「確かに私は変わりました。……でも、あなたは違います」


 ヘクトルは咄嗟に視線を逸らす。


「……なぜ私の話になる」

「あなたがヘクトル団長だからです」


「違う。私はもう団長ではない。役目を終えた、ただの老いぼれだ」

「それは、あなたがそう思い込もうとしているだけでは?」


 なおも見据えるテレジアを前にして、ヘクトルは強情に顔を背けた。


「私のことはいい。……これから先の算段はついているのか?」


 あからさまな話題そらし。


 テレジアは不服げに黙す。けれど、私情を優先させている場合にないことは、彼女が一番良く知っている。故に、テレジアは不機嫌に答えた。


「……憲兵隊長を捕えて帰還します。今回の顛末てんまつと先ほどの目録、双方を揃えて議会に提出しますので、団長も同行してください」

「議会はパリスが掌握しているのではなかったか?」

「ええそうです。パリスはあなたの証言を真っ向から否定し、部下の野盗を庇うための虚言だとするでしょう。表裏含めれば、議会の大半はパリスの支援者ですから」


 テレジアは平然とその事実を認める。


「けれど、忘れないでください。パリスに与している者の大半は己の利益が目的です。パリスというカリスマをまつり上げることで、確実に自分の得になると考えているからこそ協力している。けれどもし、勝ち馬として見込んだパリスが、実際はそれほど有能でなかったと判明したら、どうでしょう? 今回の件であなたがパリスの策謀を打ち破り、戦備品目録まで流出したと大々的に発覚すれば、彼らは否応なく身の振り方を考え直さざるを得ないでしょうね。もしもパリスが失脚すれば、関係を持っていた自分の身まで危うくなるのですから」


 テレジアの眼が不穏にわらう。

 敵の急所を突くのは、兵団時代から彼女の十八番だった。


「いいですか? 必要なのは百パーセントの勝利ではないのです。五十パーセントの疑念……それさえパリスの同調者たちに植え込むことができれば、彼らは簡単に自壊を始めるでしょう。利益のみで繋がった連帯は、それほどまでにもろいのです。そして一度崩れ始めれば、私やセレナ様にもやれることはある。今回こうして、パリスの眼があなたに向いているうちに私が出歩けたのと同じように」


 と、女王の名前が出るや否や、ヘクトルは敏感に反応した。


「……陛下も動いておられるのか?」

「あのお転婆てんば様がじっとしていると思いますか?」

「そうか……そうだな」


 ヘクトルは小さく微笑むと同時に、何か決意を固めたような表情を浮かべた。


「まあ、とりあえずは心配しないでください。手筈てはずの方はこちらで整えています。団長は単にパリス信者を脅かすだけの飾り。対抗馬としては持って来いですからね。そういうわけなので、当面はこちらの支持に従って――」


 と、更に説明を加えるテレジア。だがその間隙に、ヘクトルはぼそりと呟いた。


「……私はミュケネスへ向かおう」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] この能天気なじじいも国益のことを一切考えない頭お花畑な売国奴連中も全員死んだ方がマシでしょう パリスが国を握ったほうが国民は幸せでしょうね
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