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異世界創世のグリモア物語 ―夢想無双クロニクル―  作者: 織星伊吹
第二章 俺がここで生きるために必要なもの

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思考系統

 プリスに案内されるまま、アスカはとある一室を訪れていた。壁から天井まで、隙間風の抜ける細かな木材で作られた簡素な個室の隅に、ぽつんと一つ滑らかな触り心地の風呂桶。

 数日ぶりの風呂のはずなのだが、アスカのテンションは上がらなかった。

 水面に“何かの油”が浮かんでいる。その先は想像したくもない。ついでに変な匂いもする。隣でプリスが鼻をひくつかせる。続いてアスカを見ると、親指を立てた。


「…………平気です。まだイケますわ」

「何がイケるんだよ! ちょっと待て、お前王女様なんだろ!? それマジで言ってんの!?」

「むむ……でも、アスカくんとミルフちゃんの入団記念でお水を入れ替えることにしました」

「だからまだ決めてねーんだってば……入団は」

「まあ! まだそんなことをおっしゃってるのですか? ここを出てどうする気ですか。そんなことより、ほら! そっちを持ってください。古いお水を流しますわ」


 プリスに言われた通り、風呂桶から溜まっていた濁水を流し捨てる。布で中を軽く掃除すると、プリスが付近に設置されていた棒を上下に動かす。すると、風呂桶まで伸びた木の管から、ちょろちょろと新鮮な水が流れた。まるで田舎の祖父母の家に来ているような感覚を覚える。


「……はい、どうぞ!」


 プリスに場所を譲られ、アスカは棒をただひたすらに上下させる。

 ――楽じゃないんだな。異世界って。

 この世界では、身体を洗い流すのにも食事をするためにも大変な労力がかかる。ヒカゲやリーナと世界創世をしていたときに想い描いていたファンタジー世界とはかけ離れていた。

 プリスが、アスカに渇いた粉を手渡した。仄かな香りに鼻腔をくすぐられる。


「何コレ?」

「こちらは洗浄粉シャン・パウダーですわ。花咲熊の糞を日干して粉砕したものです」

「はぁっ!? ウ、ウンコ!? うっわ汚ねっ!!」


 アスカは反射的に粉を放り上げる。すると、洗浄粉が辺りに飛散してしまった。


「ああ、なんてことをするんですか! もうっ、勿体ないですわ!」


 ――勿体ない!? ウンコが???

 唇を尖らせたプリスが、床に散らばった糞の回収を始める。王女だというのに、節約生活に小慣れた主婦のような動きである。いや、それ以前の問題か。


「……花咲熊って……頭に花を咲かせた熊だったよな」

「まあ! そこはご存じなのですね!」


 初めて創世した集落にヒカゲが住まわせた動物で、良い匂いのする糞を排出すると言っていた。そういえば、薬品を作っていたとかなんとか。


「……これがシャンプーやボディーソープの代わりってことか」

「しゃんぷー? ……失礼ですけど、今まで髪や身体を洗ったご経験は?」

「本当に失礼だな! シャンプーもリンスもボディーソープも毎日ちゃんと使ってたわ!」


 アスカの突っ込みに、プリスは「まあ!」と上品に口元を隠した。



 * * *



 しばらくして、風呂場から出て行ったプリスが、両脇いっぱいに木材を抱えてやって来るのが見えた。張り巡らされた木の壁の隙間から覗いてみると、ふっ――とプリスが息を吹いた瞬間だった。指先には小さな火柱が立ち上がっている。


「……それも魔法なの? なんだっけ……創造……魔法?」


 プリスは小慣れた動作で木材に火を付けて、それをかまどへ放り投げる。どうやら、風呂桶の下部を外から温められるようになっているらしい。


「うふふ、何を驚いてるんですか。アスカ君だってできるじゃないですか」


 本当に自分が魔法を使ったのだろうか? 意識が朦朧としていたせいか覚えていなかった。


「凄かったですよ、アスカくん。まさか“直感型”だったなんて」

「直感型……? なんだそれ」

「創造魔法にも思考系統が何パターンかあるんです。『夢想型』『直感型』『思慮型』……といったように、思考系統によって創造する魔法に大きく影響しますわ」

「そもそも創造魔法ってのがよくわからねーんだけど……」

「創造魔法は、当人の感情や気分、体調なんかが直接影響しますが、どんなものでも創造できます。個々の創造力や、強い感情なんかが創造魔法の過程ではとても重要なのです」


 えっへんと胸を張りながら先輩風を吹かせるプリス。これ、裸のまま聞く話なのだろうか。


「今回アスカくんが創ったのは『物質出現系』の創造魔法。ラロードが毒の短剣だと言っていました。そういえば嬉しそうに名前を付けていましたね。ええと……『大毒鷲の短剣』と」


 ――あのラロードが楽しそうに……? 俺の魔法に勝手にネーミングしたの?


「……アスカ君は、大雑把で面倒くさがり屋さんでしょう」

「な、何故それを……?」


 図星だったアスカに、プリスは楽しそうに微笑みを浮かべた。


「そういった方が直感型には多いみたいです。直接魔法を体感して糧にしたり、他人の使った魔法を模写したりすることに頭が回る方が多く、広く浅いタイプの系統と言われることも多いですが、創造魔法の上での理論や原理なんかをすべて感覚でやってしまうので、本来膨大な時間をかけて創造すべき魔法を生み出すのに、それほど時間がかかりません。ですから突発的な創造魔法に向いていたり、応用力も高いんだそうです。独創性には欠けるらしいですけど」

「ふーん。プリスは何型なの?」

「私もアスカくんと同じ直感型になります! 私の鉄拳は竜さえもすっ飛ばしますわ!」

「あー、なんか想像できんな……つーか、血液型占いみたいだな」

「ラロードは、アスカくんを一目見たときから直感型だと思っていたみたいです。だからこそアスカくんの前で短剣を創りだしたり、切れ味を身体に覚えさせる様に切り傷を付けたりしたんです……そうした方が、創造魔法の成功確率は上がりますから」


 プリスが申し訳なさそうに俯く。嫌なことを思い出して、アスカは顔が青くなった。


「なんで俺を傷付けることが創造魔法の成功確率と関係するんだ?」

「創造魔法をする上で強い感情は毒にも、蜜にもなります。魔法に込める想いが強ければ強いほど、イメージ通り……もしくはそれ以上の効力を持った魔法が創造されやすいってことです。今回のアスカくんは、全身に致死性の毒が回ったままラロードに切り刻まれ、とどめにお腹をブスっとされたからこそ創れた至極の一品と言いますか……」

「つまり……あいつは俺のためにそんなことをしたってことか」

「ラロードは、初対面だとちょっとだけ怖いかもしれませんけれど、団員のことを誰よりも考えているお優しい方ですわ……あ、そろそろ温まったと思います。では、ごゆっくり」


 かまどの前から立ち去ろうとしたプリスが、一度こちらを振り返った。


「あ、ミルフちゃんもアスカくんと一緒に入りたいそうです、お風呂。女の子なので、隅々までしっかり洗ってあげてください」


 プリスがにっこりと微笑んで、手をひらひらとさせる。そして引き戸が突然開き――、


「アスカおにーちゃん!!」


 裸のまま突撃してくるミルフと一緒に、アスカは風呂桶に頭から突っ込んだ。

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