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彼の事情

 ファルト・マクスウェル侯爵。二十一歳。独身。

 エルバート王子の側近で、騎士団にも所属している。

 その華やかな美貌と抜群の地位に惹かれる女性は後を絶たず、十代の頃は常に多くの女性に囲まれていたという。


 彼は元々侯爵家の三男坊で、気楽な立場だった。家を継ぐこともないだろうと、婚約者を決めることもせずのんびりと過ごしていたのが、三年前までの話。

 二人の兄が病気や怪我によって侯爵位を継ぐことが困難になり、三男だったファルトにお役目が回ってきた。ファルトは少々お気楽な性格ではあったが、物腰は柔らかいし人付き合いもいい。勉学もきちんとしていたし騎士団としての仕事も完璧にこなしていた。そのため、ファルトが侯爵位を継ぐことになって驚く者は多かったが、反対する者はいなかったという。


 父や兄との相談の末に侯爵位を継いだ彼は、それまでの女性関係をすっぱり潔斎した。

またランスレイ国王から政略結婚の打診を受けてからは、仕事だろうと義務だろうと、女性と話すことや目を合わせることも極力控えるようになったのだという。


 というのも、彼が娶ることになるのはユイレ大公国のシスター。そう、シスターである。しかも、夏にやってきた公女ジャンヌの顔見知り。噂によると、彼は公女に「アリアを泣かせることをしたら、てめぇのいろんなモンをちょん切る」と脅されたとかなんとか。


 そもそも彼は、ややプレイボーイではあったが根は真面目であるし人望もある。公女に脅される前に、海を越えて嫁いでくるシスターに対して後ろめたいことは残さないように自ら心懸けていたという。


 そんな麗しき侯爵は今宵、エルバート王子たちに誘われて共に酒を飲んでいた。









「浮かない顔をしているね、ファルト」


 ガラスのテーブルの向こうで、エルバート王子が意味深な笑みを浮かべている。

 彼はルシアンが栓を開けたワインを手酌でグラスに注ぎつつ、正面に座るファルトを心底楽しそうな顔で観察していた。


「僕たちも嫉妬しそうなほど、熱烈な出逢いを演出していたじゃないか」

「……兄上は兄上で、ああいうのはよそでやってくださいよ」


 そう苦言を漏らすのは、エルバート王子の従弟であるアステル。彼はツマミ代わりの炒り豆を皿に広げ、やれやれとばかりに嘆息する。


「何度も言ってますように、目の毒なんですよ」

「もう半年経つのだから、そろそろ慣れてくれよ。それに、アステル。おまえもいずれ妃をもらったら、僕たちのようにやりたくなるはずだから」

「どこからその自信が湧くんですか」

「きっと、ランスレイ王家の宿命だ。血の為せる業だ」

「……そんな宿命、私は嫌です」


 軽口をたたき合う王族二人の向かいの席では、ファルトがグラスを手にして深いため息をついている。

 別のワインを開けていたルシアンは、同僚の嘆息を耳にしてそちらを見やった。


「……本当に浮かない顔をしている」

「……ああ、悪い。でも、別に不機嫌なわけじゃないから」

「未来の花嫁が、気に入らなかったのか?」


 ルシアンが問うと、ファルトはかっと目を見開いて自分の膝を拳で叩く。ぱん、と響いた音に王太子とその従弟も反応してファルトを凝視していた。


「そんなわけない! アリア嬢はとても可愛らしいし、初なところもポイントが高い。それはいいんだが……彼女はユイレの民から、『癒しの聖女』って呼ばれているんだろう?」

「そうだね。調書によると、彼女は聖魔道士の素質を持っていて、怪我人の治療なども積極的に行ってきたそうだよ。そのことから『癒しの聖女』って敬称で呼ばれるようになったそうだね。ジャンヌも昔、怪我したときにアリア嬢に手当てしてもらったんだってさ」


 エルバート王子の言葉を受け、ファルトは硬い表情で頷く。


「そう。聖魔道士の力を持ち、容姿も俺好みで、清廉潔白で――よい妻になるだろう」

「じゃあいいんじゃないのか?」

「よくないんです!」


 アステルの言葉にも、ファルトは声高に反論する。


「だって、シスターですよ!? 女神の遣いですよ!? そんな女の子を俺が嫁にもらうなんて、罰当たりもいいところじゃないですか! 俺は結婚式の日、彼女にキスする前に天誅を受けて黒こげになる運命なのか!?」

「落ち着け、ファルト」

「俺だって落ち着きたい……そりゃあ、アリア嬢がもっとサバサバした性格なら何とでも割り切ったさ。でも、昼間のを見ただろう!? 挨拶のキスだけで硬直するようなシスターに対し、俺に何ができると!?」

「結婚したらあーんなことや、こーんなことをしようねって言っていたくせに?」

「そこまでは言っていません、殿下! ……それに、いざその時になって、『女性に慣れた男性なんて嫌です』とか、『一途な方じゃないならユイレに帰ります』なんて言われたら、俺は一生立ち直れる気がしない……」

「確かにそうなると、一大事だな。ユイレとランスレイの国交が決裂するかも。僕の天使が悲しむだろうな」

「うぐっ……」

「あまりファルトを虐めてやらないでください、殿下。……ファルト、それに関してはさんざんやらかした過去の自分を悔いるんだな」

「そ、それはそうだが、それも侯爵位を継ぐより前のことだろう。ここ三年ほどは俺も清い生活を送っているから、大丈夫……のはず。大丈夫、だよな、なぁ?」

「ならいいだろう。つべこべ言うんじゃない」


 やれやれと肩をすくめ、ルシアンはファルトの空いたグラスに新しいワインを注いだ。


「式まで半年くらいある。それまでに、少しでも距離を縮めるよう努力をするしかないだろう」

「そうだね……ファルトが若い頃にやらかしてきたことをチャラにはできないし、せめて前向きに捉えてもらえるようにアタックしなよ」

「今はアリア嬢だけ、ってことを信じてもらえればいいんじゃないかな?」


 ルシアン、エルバート王子、アステルと順にアドバイスをもらい、ファルトは小さくうめいた後、頷いた。


「……かしこまりました。すみません、声を荒らげてしまい……」

「いいんだよ。誰だって悩むことはあるし、君みたいに皆の前では気を張っている人間なら、たまにはこうして感情的になって吐き出す場面だって必要だ」


 エルバート王子は微笑み、ワイングラスを指先で揺らす。


「アリア嬢に何かあれば、僕の天使もブチ切れちゃうからね。まあ、怒った顔も可愛いんだけど」

「兄上……」

「そうそう、この前ジャンヌがまた可愛くって。どうやら訓練中に転んでしまったらしくてね……」


 その後は、エルバート王子による婚約者ジャンヌの自慢大会の場となった。


 ランスレイの夜は、静かに更けていく。

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