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聖女の結婚

 何やらルシアンを言い合いをしながら、ファルトが去っていった。先ほどドアを破壊してでもアリアのもとに突撃しようとしたことをからかわれているらしく、ファルトにしては珍しく早口で言い訳しているのが聞こえ、アリアはくすくす笑う。


 そして彼が去って間もなく、サンドラがやってきた。


「お久しぶりでございます、アリア様」

「ええ、久しぶり。エスコート係を受けてくれてありがとう、サンドラ」

「とんでもないです。アリア様のご結婚のお手伝いをできるなんて、これ以上ない光栄でございます」


 そう言って微笑むサンドラは、式典用の鎧を着ていた。彼女も女性なのでドレスでもよかったのだが、本人が鎧着用の意志を伝えてきたのだ。

 式典用の鎧は実戦用よりも材質が薄めで、動きやすさを重視しているために脇や腹部の隙間が多い分、肩当てや胸当てなどの彫り模様や装飾が豪華で、緋色のマントも裾に金色の薔薇が刺繍された豪奢なものとなっている。これならば結婚式の参列客として入場しても問題はない。


 特徴的な紫がかった金色の髪は後頭部できっちりと一つにまとめているが、下ろしたとしてもおそらく肩胛骨辺りまでだろう。ジャンヌの話では、一度ばっさり切り落としてからというもののサンドラは以前ほど髪を伸ばさなくなったそうだ。

 これが彼女なりの「贖罪」の現れの一つなのだろうと、とやかく言わないことにしていた。それに、短めの髪も彼女によく似合っている。


 椅子に座って休憩していたアリアは、侍女の手を借りて立ち上がる。そしてその場に跪いたサンドラが、侍女からアリアの手を引き継いだ。


「わたくしが言うのはおかしいかもしれませんが……とてもよくお似合いですよ、アリア様」

「ふふ、ありがとう。早くファルト様にもお見せしたいわ」

「あら? ……ああ、そういえばランスレイではそういう風習なのでしたね」


 最初は不思議そうな顔をしていたサンドラだが、すぐに笑顔に戻って立ち上がり、目を細めてアリアを見下ろしてきた。


「……先ほどジャンヌ様を大聖堂までお連れしたのですが、お式をとても楽しみにしてらっしゃるご様子でした」

「まあ……嬉しいことだわ」


 ジャンヌは王太子の婚約者として、最前列に席を用意されていた。ジャンヌと顔を合わせるのも久しぶりなので、しゃんとした姿を見せたいところだ。


「後でお渡ししますが、ユイレの皆からのお手紙を預かっております。今回参列できなかった皆様も、アリア様のご結婚を祝福し、ご多幸をお祈りしておりましたよ」

「……」

「あら、そんな不安そうな顔をなさらないでください。……アリア様とマクスウェル侯爵の婚姻は、女神様にもお許しを得られたことです。きっと、女神様も祝福してくださりますよ」


 そう。女神は自分のもとで修行を積み、結婚して聖堂を去るシスターたちを祝福してくれる。

 聖書にも、女神はシスターたちを我が娘のように愛しているので、生涯独身を貫くならばその一生を優しく見守り、結婚するならば巣立つ娘を温かく送り出してくれると記されているのだ。


(私、幸せになります)


 アリアは、シスターとして最後の祈りを捧げ、サンドラの手をぎゅっと握った。












 サンドラに手を引かれ、侍女たちを引き連れて聖堂へ向かう。仕度をしたのは聖堂に隣接している館で、門を出てすぐ正面が会場である。

 シャルヴェにある大聖堂ほど立派な造りではないが、成立したのは大聖堂とほぼ同時代だ。煉瓦の壁や鉄柵からは年代が感じられ、丁寧に手入れされた庭の様子から、この聖堂が懇ろに扱われていることが容易に察せられる。


「わたくしたちが同行できるのはここまでですね」


 聖堂正面玄関前でサンドラが言い、そっと手を放した。

 振り返ると、サンドラだけでなくここまで付いてきてくれた侍女たちも階段の下で晴れやかな笑顔をアリアに向けている。


「わたくしはドアを開けた後、あちらにある通用口から入り参列席に向かいます。聖堂内でマクスウェル侯爵が待ってらっしゃいますよ」

「……う、うん」

「アリア様、こちらを」


 侍女の一人が、大輪の百合の花束を渡してくれた。まろやかな芳香を放つ花束は思いの外重いので、うっかり落としたり傾けて花をこぼれさせたりしないよう気を付けなければ。

 アリアと目が合うと、ランスレイ人の侍女は微笑んでお辞儀をした。


「アリア様に、女神様のご加護がありますように」

「……は、はい。ありがとうございます」

「さあ、アリア様」


 サンドラに促され、アリアは扉に向き直った。サンドラがドアをノックすると、内側から「新婦アリア・ロットナー様、ご入場です」との声が聞こえる。


 いよいよだ。


 最後に一度、サンドラが振り返ってアリアに力強く頷きかけた後、両開きのドアを押し開けた。確かこのドアは二人で開けるものだったはずだが、さすがサンドラは力持ちである。


 よく晴れた屋外から屋内を見ると、最初は目が順応しないため室内が薄暗く感じられる。だがすぐに、深紅のカーペットや繊細な燭台、聖堂の奥に聳える女神像の姿がはっきり見えた。


 ……そして。


 サンドラが脇に退く。

 アリアは花束をしっかりと握り、一歩足を踏み出した。


 新婦入場に合わせて、入り口側二階に待機していた聖歌隊が女神の賛美歌を歌い始める。同時に、この時までは火の灯っていなかった燭台の蝋燭が点火され、ドーム型になっている天井を封じていた覆いが取り外された。


 ランスレイの形式に則った一連の動作により、聖堂内に光が溢れた。

 赤い絨毯の先で待っている新郎が振り返り、天井のステンドグラス越しに降り注ぐ日光を浴びてその金髪がキラキラと輝いている。


(ファルト様……)


 陽光の下のファルトのたたずまいは、それだけで一枚の絵になりそうなくらい美しかった。

 純白の正装が彼の脚の長さや引き締まった体つきをより魅力的に見せており、肩章で留められたマントには、マクスウェル侯爵家の家紋が鮮やかに描かれている。


 彼の長い金髪を結わえているのは、緑色――アリアの目と同じ色のリボン。アリアの指輪がオレンジ色――ファルトの目の色なのと同じように、結婚相手の目の色を一つは身につけることで、仲睦まじい夫婦になれるのだと言われている。


 ファルトが微笑み、手袋の嵌った手を差しだしてきた。アリアのそれよりもずっと大きい手に左手を乗せると、布越しでも彼の硬い手のひらの感覚が伝わってくる。


 アリアは顔を横に向け、ファルトを見上げた。

 ファルトもまた、限りない優しさを瞳に浮かべてアリアを見つめてくる。


(私は、幸せになる)


 この人と一緒に。















 ――暦七一〇年、夏。


 ユイレ大公国の公女ジャンヌがランスレイ王太子エルバートのもとに嫁ぎ、王太子妃となる。

 この時を以てユイレ大公国の名は地図上から消え、大公国領土はランスレイ王国に併呑されて直轄地となる。公都であったシャルヴェは地方都市として、制度の改変された大聖堂を奉る役割を果たす。


 同時期、元プレール港にユイレ地方の新都完成。これより、ランスレイ王国マクスウェル侯爵夫妻が管理者として地方を治めてゆく。


 都は、マクスウェル侯爵ファルトが誰よりも愛し、民たちが「聖女」と敬愛したシスターアリアの名前を冠し、エーリアルと名付けられた。

 エーリアルの都はユイレ地方の主要都市として、緩やかな発展を遂げてゆくこととなる。

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