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あなたの幸福を願って

 ファルトは数日ユイレに滞在してからランスレイに戻るとのことなので、その間にジャンヌを交えた三人で、結婚やユイレの今後に関する話をまとめることになった。


「シャルヴェはユイレ領土の北方にあるから、あなたたちが暮らす新しい都は南部にあった方がいいでしょうね」


 ユイレ大公国の地図を前に、ジャンヌが提案した。


「プレールの港はどう? あそこは先の戦いで家屋の大半が焼失してしまった。港はなんとか機能しているけれど、早いうちに町を再建するべきだという意見が議会でも挙がっているの。いっそ、プレールを新都に定めてしまうという手もあるわ」

「プレールですか……」


 ジャンヌの言葉に、アリアとファルトは顔を見合わせた。

 確かに、ユイレ最大の港であるプレールならば領土の南方に位置するため、シャルヴェとの均衡も取りやすい。おまけにランスレイとの行き来もしやすいので、新都の位置としては優良だろう。


「……プレールにお住まいの方々の了承は得られるでしょうか?」

「そうね……これは南部から流れてくる噂程度だから確実なことは言えないけれど、プレールの住民はユイレ解放戦時に私やアリアを非難したことを相当悔やんでいるそうでね。プレールを新都として再興するなら、きっと喜んで受け入れてくれるわ」

「現在プレールの町が半壊状態でもあるし、住民からすると、都として町を立派に再建してくれるなら断る道理もない。それにアリアたちに対して後ろめたい気持ちもあるので、都に定めてくれるならば彼らも少しは気が楽になるだろう、ということですね」


 ファルトも納得したように頷く。


「では、現プレールの町長の同意を受けた上で議会に案を提出するということでよろしいでしょうか」

「ええ。戦後処理会議で、ヴィルヘルム様から報賞金をいただいているわ。資金の分配具合は議会で相談しなければならないけれど、一番被害が大きいのはプレールだからね。復興資金として大半を宛てるつもりよ」


 続いてジャンヌは、書記係として隣に座っていたサンドラに予定表を準備するよう言い、今後の簡単な動きをまとめていく。


「あなたたちの結婚式は、今年の秋頃ね。逆算すると、春の終わりまでには議会に提出する書類を仕上げて、皆の承認を得る。初夏からプレール再建事業に取りかかるわ」

「いつ頃完成になるかは、さすがにまだ分からないですよね」

「そうね。でも、戦争によって失職した人を雇って、可能な限り迅速に進めるつもりよ。労働者に払う賃金を惜しむつもりもないわ。それに、私とエルバート様の結婚と新都完成はほぼ同時期にしたいの。私たちのお式は夏を予定しているから、私の結婚によってユイレ大公国が消滅し、同時にランスレイ王国マクスウェル侯爵領ユイレ地方が誕生するようにするのよ」

「大公国消滅とユイレ地方成立の間の、空白の時期を作らないようにするためですね」

「そういうこと」


 ジャンヌはにっこり笑い、サンドラが予定表に「暦七一〇年夏……ジャンヌ様の結婚・新都完成」と書き込んだ。


「あなたたちの結婚が秋、新都完成が夏だとするなら、あなたたちは約一年間ランスレイを拠点に生活することになるわ。大公国消滅まで、国の権限は一応私にあるからね。その間、議会や新都建設事業関連でちょくちょくこっちに渡ってもらうわよ」

「かしこまりました。新都完成までは、ランスレイ王都のマクスウェル家の屋敷で生活する予定です」


 ファルトはジャンヌにそう答えた後、アリアを見て微笑んだ。


「……うちの両親や兄たちも、アリアに会うのを楽しみにしているんだよ」

「まあ……ご家族の皆様も息災なのですね」

「四人とも、王都を離れた侯爵領で暮らしていたのが幸いしたみたいだ。侯爵領も田舎だからそれほど被害を受けていなくて、王都復興の支援をしているんだよ」

「よかった……私も、ファルト様のご家族の皆様にご挨拶せねばと思っていたのです」

「新都完成までまだまだ時間はあるわ。その間に、アリアはランスレイですべきことをしっかりやっていてほしいの。新都に移ったら、生活の中心はそっちになってしまうからね」


 ジャンヌも笑顔で言った。












 相談を終え、ファルトがランスレイに戻った約十日後。


「……お一人で海を越えるのは、初めてですよね」


 旅支度を終えたアリアを前に、サンドラがぽつんと呟いた。

 年少のシスターに荷物を預けたアリアは、サンドラを振り返り見てふふっと笑った。


「そういえばそうね。これまではサンドラが一緒だったから」

「わたくしとしては、今回もアリア様に同行したいのですが……そうもいきませんね」


 そう語るサンドラは、戦時よりは少しだけ長く伸びた髪を掻き上げて寂しそうに微笑んだ。

 アリアは今回、ユイレ代表としてランスレイに渡ることになったのだ。公女であるジャンヌは残り、彼女がしたためた公文書をアリアが国王まで届けることになっている。


 サンドラが同行できるのは港までで、迎えに来た船にはランスレイ兵が乗っている。今回はルシアンが護衛隊長に選ばれたそうで、彼を伴ってランスレイに向かうのだ。


「サンドラはジャンヌ様の側近になっているのだから、仕方ないわ。それに……ジャンヌ様の結婚後は、サンドラもランスレイに移るのでしょう?」


 アリアが問うと、サンドラはゆっくり頷いた。

 アリアとジャンヌがそれぞれ結婚した後、護衛騎士のサンドラはどうなるのか。話し合いの末、彼女はジャンヌと共にランスレイで生活することになったのである。


 秋になったらアリアは結婚のためにランスレイに移動し、翌年の夏にはジャンヌの結婚によってジャンヌとサンドラがランスレイに、そして新都完成のためにアリアは入れ違いにユイレに戻るのだ。これから先、三人が同時に行動できる時間は長くない。


「でも、ユイレはいずれランスレイの直轄地になるのだから、会おうと思えば会えるわ。ユイレ・ランスレイ間の移動は一日くらいかかるけれど、もっと造船技術が発達すれば半日くらいで到着できるだろうって言われているもの」

「そう……ですね」


 アリアの言葉に幾分元気が出たようで、サンドラは唇に浮かんでいた寂しさをほんの少し緩めた。


「しかし、それでもアリア様のお側にいられるのは一年足らず。……アリア様、わたくしはあなたの護衛につけたことを幸せに思っております」


 アリアは真っ直ぐ、サンドラを見つめた。

 女騎士は背筋を伸ばし、柔らかな笑みを浮かべてアリアを見つめ返している。


「ここ二年ほど、辛いことも苦しいこともありました。……しかし、過去に引きずられていては何も始まりませんものね。丘の上で眠っている家族も、わたくしがいつまでもくよくよしていたら怒って尻を蹴飛ばしてくるでしょうから」

「そ、そんなに過激なお方なのね」

「オーランシュ子爵家は元々騎士の家系ですもの。……いずれ子爵家は歴史から名を消すでしょう。しかし、わたくしが生き延びたこと、あなた方にお仕えできた幸運は決して消滅させたりしません」


 そう語るサンドラの眼差しは凛としていた。


 ブランシュに命じられてアリアの心を攻撃し、悔やみ、家族の死にうちひしがれ、罪の意識で押しつぶされそうになっていたサンドラは今、過去を受け入れた上で前に進もうとしている。


「……わたくしの罪は一生付きまとうでしょう。あなたを裏切ったことも、家族を失ったことも、忘れません。全てをこの胸に刻んだ上で、ジャンヌ様の騎士として生きてゆく所存でございます」

「サンドラ……」

「たとえアリア様が遠く離れたところに行かれようと、このサンドラはいつでもあなたの幸福を願っております」


 麗しき女性騎士はそう言って、慈愛の笑みを浮かべた。

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