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願われた政略結婚

お砂糖ドバァァァァァァ

「……私、ファルト様はランスレイに戻られたのだと思っていました」


 一通りいちゃいちゃしてた後。

 ファルトの膝の上に横座り状態になったアリアは、彼の胸に頬を寄せてそう言う。


 ファルトは「俺もそのつもりだった」と答えた後、ちゅっとアリアの額にキスを落とした。


「でもエルバート殿下は、まずはアリアに会いに行けとおっしゃってくださったんだ。だからプレールで殿下たちを見送った後、すぐにここまで馬を走らせたんだ」

「……その、よかったのですか? あ、いえ、ファルト様が駆けつけてくれたのはすごく嬉しいのですが――」


 慌てて言い訳をするアリアを、ファルトは限りない愛情を込めた眼差しで見つめてくる。


「いいんだよ。それに、ヴィルヘルム殿下――いや、ヴィルヘルム王の宣旨は君も知っているだろう? とりわけ、俺たちについて」

「……あ」


 アリアはぱちくり瞬きする。


(そうだ。私とファルト様は結婚して、ユイレ地方を治めることになるのね)


「……ジャンヌ様の結婚と同時にユイレ大公国は消滅して、ランスレイ王国ユイレ地方として、マクスウェル侯爵家が治めることになるのですよね」

「そう。ちなみにヴィルヘルム王から個別で命じられたのだけれど、今のユイレの都シャルヴェは公都としての役目を失うけれど、ジャンヌ公女の故郷であることには変わりないし、大聖堂は今までとは制度は変わるものの存続する。だから俺たちが領主となる際には、別の所に都を設定するようにとのことだったんだよ」


 なるほど、とアリアは納得して頷く。

 大公国の都として栄えてきたシャルヴェは公都としての機能は失うものの、大公国を栄えさせた都市としての尊厳は保たせたい。だからマクスウェル侯爵家がシャルヴェに「上書き」するのではなく、別の街を都と定めるのがよいだろうというのだ。


「確かに、その方が国民の反発も少なそうですね」

「ああ。ヴィルヘルム王は、ユイレの民もランスレイの民も納得するような形で収めたいとお考えなのだ。……まだ十代後半とのことだが、あの聡明さと寛容なお心には舌を巻くばかりだ」

「ふふ……そうですね。ヴィルヘルム様に感謝、ですね」


 そうして二人は顔を見合わせた後、どちらからともなく唇を寄せた。

 小さな水音がガゼボの天井にこだまする。


「……ちゃんと約束が果たせるな」


 口づけの合間にファルトが囁く。


「一年遅れにはなりそうだけれど……君と結婚できる」

「はい……んっ」

「この辺は殿下やジャンヌ公女と詰めていかなければならないが、結婚式はランスレイで挙げたい。ユイレ大聖堂ほどじゃないけれど、ランスレイうちにも立派な聖堂がある。そこで式を挙げよう」

「は……んんっ」


 どうやらファルトはアリアの返答は特に求めていないらしく、アリアの言葉すら飲み込むようにキスをしながら熱っぽく囁いてくる。


「新しい都は……どこがいいかな。君は確か、サンクセリアとの国境付近で生まれ育ったんだっけ? 山脈地帯の麓もいいな。でも、海辺もいいかもしれない。港がすぐ側にあれば、いつでもランスレイに渡ることができるよね」

「ん、んん……」

「ああ、やっぱり君と一緒ならどこでもいいな。君は花が好きだよね? 屋敷の庭にはたくさん花を植えよう。もちろん、女神を奉る百合もね。それで、君と一緒に過ごし、夜は一緒に眠るんだ」

「ファルト様……」


 はあ、とアリアは大きく息をついてファルトを見上げる。執拗なほどの口づけのせいで、息は上がっているし頬が熱を孕んでいるのが分かる。


 ファルトはそんなアリアを見つめ、頬にも唇を滑らせた。


「結婚するまでは、君は大聖堂のシスターだ。女神の天誅を食らいたくないから俺も大人しくしているけれど……結婚したら、たくさん愛させて」

「あっ……」

「一年間、長かった。延びてしまった分も、たくさんたくさん、君を可愛がりたいんだ」


 ねぇ? と熱っぽい目で見られると、体の奥がむずむずしてくる。


「アリア、俺の大切な人。……結婚しよう」


 その言葉を。

 その眼差しを。

 この温もりを。

 どれほど求めただろうか。


 ブランシュに裏切られ、連合軍に同行し、ユイレ国民からの誹りを受け――辛いこともある中で、ずっとずっと願っていた。


 始まりは、個人の感情の絡まない政略結婚だった。


(でも今、私はファルト様と共に生きることを願っている)


 この人と共に生きたい。

 共に、ユイレの美しい大地を守っていきたい。


 だから、アリアの返事は。


「……はい。結婚してください、ファルト様」

「アリア! ……ああ、愛しているよ、アリア――!」


 何度目か分からないキスに、アリアは酔いしれていた。

















 ある春の日、サンクセリア主都にて。


「……結婚、ねぇ」


 春の風に髪を弄ばせ、シェイリーは呟いた。

 先ほど彼女は、筆頭聖魔道士であるフィーネのもとに手紙を届けに行った。フィーネは退出しようとするシェイリーを呼び止め、手紙の内容を教えてくれたのである。


「よっす、シェイリー。こんないい天気なのに湿気た顔してんなぁ!」


 物思いは、底抜けに明るい少年の声でぶった切られた。

 シェイリーはかなり凶悪な眼差しで振り返り、後ろ手に手を組んでぶらぶら歩いてきた少年を見やる。


「……放っておいてくれる?」

「うっわ、今のおまえ、すげぇ顔」

「誰のせいだと!」


 くわっと噛みつくが彼は気にした様子もなく、「そういえばさー」とシェイリーの隣に並んで春の空を見上げる。


「ユイレのシスター、結婚するんだってな」

「……アリアのこと?」

「そうそう。おまえもフィーネさんのところに手紙を持っていっただろ? 俺もさっきヴィルヘルム様の護衛に渡してきたところ」


 彼はシェイリーを見、にっこりと笑った。


「よかったな」

「は?」

「おまえ、シスターのこと気にしてただろ?」

「どこが」

「シスターたちが連合軍うちにいた期間は短かったけど、なんだかんだ言っておまえ、シスターにべったりだったじゃん」

「はぁ!? そんなわけないでしょ!」

「いーやいや、密偵として優秀な俺の観察眼に間違いは……」

「ハイン・クラッセル!」

「事実じゃん。なんでそんなカリカリすんの?」


 ハインに尋ねられたシェイリーは、言葉に詰まったように視線を床に落とす。


「……別に」

「おまえが誰かに懐くのは珍しいって、フィーネさんも喜んでたよ。いいじゃん、認めれば。なんなら、結婚おめでとうって手紙でも送ったら? きっとシスター、喜ぶよ」

「送らないっ!」


 シェイリーはつんと顔を背け、ハインに背を向けた。


「なんでだよー? 送るなら、俺が届けるよー?」

「送らないったら送らない!」


 なんだよー、としつこいハインをぎっと睨んだ後、シェイリーはさっさと歩きだした。


 シェイリーは、アリアのことが嫌いなわけではない。

 本当は……もっと話をしたい。

 しかし、どうしても素直な気持ちになれないのだ。


 連合軍で一緒に行動している時はいくらでも話をする機会があったのに、あの緑色の――自分と同じ色の目を見ていると、妙に胸の奥がざわつき、ついついつっけんどんな反応をしてしまったのだ。


 どうしてなのか、自分には分からない。

 でも、きっとこれでいいのだと胸の奥底で自分が訴えている。


「……おめでとうって、手紙に書いてあげるくらいならいいかな」


 シェイリーは近くにハインがいないのを確認してから、そっと呟くのだった。

謎は解けましたか?

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