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婚約者との出逢い

砂糖水

 客室のドアがノックされたのは、茶菓子の器が空っぽになった頃のことだった。


「ジャンヌ様、アリア様。エルバート殿下ならびにアステル殿下、マクスウェル侯爵がおいでです」

「あら、アステル殿下もなのね。お通しして」


 ジャンヌは侍女に命じた後、振り返って「アステル殿下は、エルバート殿下の従弟よ」と教えてくれた。


 侍女がドアを開けると、そこには見目麗しい男性三人が立っていた。それぞれ、ふわふわの金髪とさらさらの金髪、短く切りそろえた黒灰色の髪を持っている。彼らに続いてルシアンも入室し、ドアを閉めた。


 まず動いたのは、ふわふわの金髪に緑の目の柔和な顔立ちの青年。彼は三人のうちの誰だろうか――と思ったが、すぐさまジャンヌの元まで歩み寄って手の甲にキスしたため、すぐに分かった。彼がジャンヌの婚約者であるエルバート王子だろう。


「ただいま、私の天使」

「おかえりなさいませ、エルバート様。訓練お疲れ様です」


 ジャンヌは物言いこそ先ほどより若干上品になったが、きらきらの笑顔やはきはきした口調は変わらない。エルバート王子はそんなジャンヌを情熱的に見つめ、皆が見る中ちゅっと頬にキスを落とした。


「ありがとう、ジャンヌ。……おや? ちょっと甘いな。口の端に菓子の滓が付いていたようだね」

「あらら……すみません、殿下。気を付けます」

「いいんだよ。今度も付いていたら、また私が取ってあげるから、ね?」


 微笑むエルバートと、にっこり笑うジャンヌ。


 ……甘い。

 とても甘い。

 先ほど食べた糖蜜入りの焼き菓子よりずっとずっと甘い。


(……ジャンヌ様、嬉しそう)


 恋人たちのやり取りを目にしてほんのり熱を持ち始めた頬に手をやっていると、ドアの前に取り残されていた男性たちが呆れたように笑う声がした。


「……やれやれ。兄上は今日も通常運転だな」


 そう呟くのは引き締まった体躯を持つ黒灰色の髪の青年。彼はエルバートたちからアリアへと視線を動かした。


「おや、噂通り清楚なレディがいらっしゃいますね。あなたがアリア嬢でしょうか」

「は、はい」


 アリアが立ち上がって挨拶をしようとすると、ジャンヌといちゃいちゃしていたエルバートが振り返り、にっこり微笑んだ。


「ああ、そのままでいいよ。可憐なシスターを立ったり座ったりさせるなんてこと、させるべきでないからね」

「わ、分かりました。ではこのままで……」

「うん、どうぞ。……ああ、申し遅れたね。僕はエルバート・ウォルコット。ランスレイの王太子で、ここにいる愛しきジャンヌの未来の夫だよ」

「は、はい。お初にお目に掛かります、殿下」


 やはり彼がエルバート王子だった。よくよく顔を拝見すると確かに、先ほど挨拶した国王とよく似ている。

 エルバート王子は満足そうに頷き、入り口に立っていた二人を手で招く。


「アステル、ファルトも来なよ。……従弟を紹介するね。こっちが僕の従弟のアステル」

「よろしくお願いします、アリア様」


 先ほどの黒灰色の髪の青年がにこやかに挨拶してきた。ルシアンほどではないが頑丈そうな体躯を持っているので大人びて見えたが、近づいてよくその顔を見ると、まだ年若そうだった。きっとアリアより年少だろう。


 彼がエルバートの従弟のアステル。ということは――


「……そして、そっちにいるのがファルト・マクスウェル侯爵。僕の側近の一人だよ」


 エルバート王子の紹介を耳にし、アリアはこくっと唾を呑んでアステルの隣に立つ青年を見つめた。


 柔らかな微笑みを浮かべてアリアを見下ろす青年。さらさらの金髪を首筋で結わえており、垂れ気味の杏色の目は、じっとアリアを見据えている。

 エルバート王子やアステルも、ほうっとため息が漏れそうなほど麗しい若者だった。だが、ファルトも負けたものではない。高い鼻に色気の溢れる薄い唇。ルシアンと揃いの軍服を着こなし、細くも鍛えられていることがよく分かる体躯。


(この方が、私の結婚相手……?)


 アリアはぽかんとして、ファルトを見上げていた。サンドラが語っていた「細い方とごつい方」に当てはめるなら、「細い方」がファルトに該当していたようだ。勝手にファルトを「ごつい方」に当てはめていたアリアは、慌てて脳内の予想図を削除した。


 ファルトは脳の活動が停止したアリアを気遣ってくれたのか、その場に跪いて頭を垂れた。


「ファルト・マクスウェルです。爵位は、侯爵。シスターアリア、あなたの夫に選ばれた幸福な男でございます」

「……は、はい」

「挨拶の口づけを許していただいても?」


 顔を上げ、ちょこっとウインクを飛ばされたとたん、やっと戻りかけていたアリアの精神が再び吹っ飛ぶ。聖堂のシスターにウインクを飛ばす者なんて、今までいなかった。同じ年頃の女性ならこれほどまで動揺しなかったかもしれないが、何しろアリアには免疫がない。


 とんとんっと背後からサンドラにつつかれ、アリアはぎくしゃくと右手を差し出した。ファルトはアリアの手が壊れやすい砂糖菓子であるかのように優しく触れると、手の甲に唇を押しつけてくる。


「ひぇっ!?」

「ふふ、アリア嬢は挨拶のキスにも不慣れでいらっしゃるのですね」


 間抜けな声を上げたアリアを愛おしそうに――本当に、慈しむような眼差しで見つめたファルトは、硬直したアリアの耳元に唇を寄せて囁く。


「でも、結婚したらもっと色々なことをするのですからね。早く――私に慣れてくださいね?」

「……は……い……」


 なんとか返事だけはできた。卒倒しなかった自分を褒めてやりたい。

 そんなさなかも、アリアの頭の中は「もっと色々なこと」の言葉がぐるぐる駆けめぐっていた。


 フリーズしたアリアと、そんなアリアを見つめるファルト。自分たちの世界を作っていちゃいちゃするエルバートとジャンヌ。あさっての方向を見て、「いやぁ、いい天気ですね」とのどかに呟くアステルと、「今日は曇り空です」と真面目に返すルシアン。


 サンドラはそんな混沌とした部屋を、遠い眼差しで眺めるのであった。

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