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誓いのブレスレット

 ――暦七〇八年、秋のある日。

 ユイレ公都シャルヴェは朝から大騒ぎだった。


 晩夏から休養を取っていた連合軍が本日、シャルヴェを出発してエルデ王国へと駒を進めるのである。

 もうじき大公館前で、指揮官であるヴィルヘルムが皆に激励を贈ることになっている。


 ユイレ解放前は五百人程度だった連合軍は今、ユイレとランスレイの支援も受けて数千人規模にまで膨れあがっている。既に大公館前の庭では収まりきらず、庭に入れなかった者が大通りまで溢れてヴィルヘルムの登場を待っていた。


 中規模国家であるユイレとランスレイの戦力を足しただけで、この人数だ。

 ここらよりも人間が多く、しかも陸上戦に特化したエルデ軍やサンクセリア軍も味方に付けられたら、きっと――


「アリア」


 少し離れたところから中庭の様子を見ていたアリアは、背後から名を呼ばれて振り返った。

 大公館の裏手には馬車を停車させるための場所があり、今そこには立派な箱形馬車が一台停まっていた。連合軍が出発するのと同時に、エルバート王子もまた祖国に戻るのだ。

 今アリアを呼んだファルトはエルバート王子の準備の手伝いをしてから、激励会に参加することになっていた。


「ファルト様。エルバート様の出立の準備は終わりましたか」

「後は御者たちに任せるから、俺のやるべき仕事は終わったよ」


 ファルトは額に掛かっていた金髪を掻き上げて笑い、アリアの隣に並んで中庭を見やった。


「……ヴィルヘルム殿下は、本当に立派な方だ。それでいて……なんというか、とても不思議な方でもある」

「あ、分かります。私も連合軍に同行していた頃、同じように思ってたんですよ」


 顔を見上げ、ファルトとこっそりと笑い合う。


(でもまあ、きっとヴィルヘルム様がヴィルヘルム様だからこそ、連合軍はこうして成り立っているのね)


 秋の風が吹き、アリアのアッシュグレーの髪を梳ってゆく。


「……俺が帰ってきたら」


 中庭の方を見据えたまま、ファルトが言う。


「この大陸に平和が訪れたら……あなたと、もっとたくさんのことをしたい」

「たくさんのこと、ですか」


(……そういえば、ファルト様と再会する前、私もそんなことを思ったんだっけ)


 くすぐったいような思いで身をよじらせたアリアを見、ファルトは上着のポケットに手を入れた。


「そう、たくさんのこと。だから、全てを終わらせてあなたのもとに戻って来るという約束のもの……今、渡してもいい?」

「もの、ですか」

「そう。手を出して」


 ファルトに促されるまま、アリアはほぼ本能的に、水をすくい取るかのように両手を差しだした。

 ファルトは最初面食らったようだが、すぐにくくっと低く笑ってアリアの右手をそっと降ろさせた。


「あなたは右利きだから、こちらの方がいいだろうね」

「えっ……あ、わぁ……!」


 ファルトの手によってアリアの左手首に、きらきら光るビーズのブレスレットが嵌められた。日光を浴び、ビーズが七色に輝いている。


「きれい……! ファルト様、これは?」

「結婚式用のアクセサリーのつなぎ……といったところかな。市で見かけてね、せっかくだからと買ったんだ」


 ファルトは同じデザインで色違いのブレスレットを自分の左手に通し、苦笑した。


「ただ、これを売っていたのは幼い姉弟だったし、見るからに安物だけどね。今は貴金属を買うことはできないけれど、かといって婚約者に何も贈らないのは甲斐性がないと思って購入したんだ」

「まあ……」


 アリアは改めて、左手首を飾るブレスレットを見つめる。

 確かに随分軽いし、ビーズも大粒だがよく見ると細かい傷がたくさん付いている。きっと、生活に困った姉弟が自分たちでもできるビーズ細工で小銭稼ぎをしようとしたのだろう。


(そう、この時期だものね。ジャンヌ様だってそうだわ)


 公女であるジャンヌは、皆の前に出る時はしっかりと飾って宝飾品も身につけている。だが、大公館にもアクセサリーが潤沢にあるわけでもない。

 ジャンヌは大公代理になった際、宝飾品は式典などで必要な最低限のもの以外は売り払っているのだ。


 そういう今の状況で宝飾品を買うゆとりなんてない。だから、このようなビーズのブレスレットだけでも十分嬉しかった。


「ありがとうございます、ファルト様。……大事にします」

「そうしてくれると嬉しい。……全てを終えて再会する時、それを身につけていてほしい。俺も、ずっと身につけておくから」

「はい、もちろんです!」


 遠くで、激励会の開始を告げる鐘の音がする。


(どうか、ご無事で)


 アリアは背伸びし、ファルトの肩を掴んで自分の方に引き寄せた。ファルトは何か言いたそうな顔をしていたが、理由があるのだろうと身をかがめてくれる。


 アリアはファルトの前髪をかき分け、そっと唇を落とした。

 一年ほど前にも施した、額へのキス。勇敢な騎士に神の祝福があるようにと祈る、神聖な行為だ。


 ファルトもそのことを思い出したようで、体を起こしたと思ったらぎゅっと強くアリアを抱きしめてきた。


「アリア……ありがとう」

「はい。…あなたに、女神様のご加護がありますように」


 遠くで連合軍の兵たちがざわめいている。

 そんなざわめきも遠くに感じつつ、アリアとファルトは互いの温もりと鼓動の音色に浸っていた。











 ――暦七〇八年、秋。

 連合軍、エルデ王国軍と交戦し、勝利。


 ――暦七〇八年、冬。

 連合軍、サンクセリア王国に駐屯していた帝国軍を撃破。デューミオンを除く大陸の主要国家全ての解放に成功。


 ――暦七〇八年、晩冬。

 連合軍、サンクセリア・デューミオン国境の戦闘にて、帝国軍指揮官テオドールを討ち取る。

 なお、テオドールはユイレ侵略戦から撤退したことによって皇帝の怒りを買い、国境に送られたのでは、という憶測が為されているが、真実は明らかになっていない。


 ――暦七〇九年、初春。

 連合軍、デューミオン帝国皇帝を討ち取る。


 ――暦七〇九年、春。

 サンクセリア王国王都にて、後に「流浪王」と呼ばれるヴィルヘルムによる戦後処理会議が開かれる。

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テオドール(´;Д;`)
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