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再会の前に

「ほら、背筋をびしっと伸ばして!」

「あの」

「夏の式典用のティアラはどこにあるの!?」

「こちらに、ジャンヌ様」

「ジャンヌ様、ヒールの低いサンダルをお持ちしました」

「よろしい! すぐさま準備なさい!」

「はい!」

「あの」

「まあ! このブルーのネックレスではアリア様の目の色と喧嘩してしまいます! 緑色、緑色のものはありませんの!?」

「こちらに、サンドラ様」

「サンドラ様、通気性抜群のレースグローブをお持ちしました」

「よろしい! すぐさま準備なさいませ!」

「はい!」

「あの」


 アリアは先ほどから何度目になるか分からない呼びかけをする。


 現在、アリアの目の前を様々な色の布やアクセサリーが飛び交っていた。侍女たちが慌ただしく駆け回り、彼女らの中心に立つジャンヌとサンドラが指示を飛ばしている。


 アリアによる小声の呼びかけに応じてくれる者は、誰もいない。ジャンヌとサンドラは指示出しに忙しいし、侍女たちは公女と女騎士の指示を受けて走るので精一杯だ。


 そしてアリアは、侍女の手を借りながら着替えをしていた。


 これからアリアたちは大公館にて、連合軍を出迎える。連合軍は先の戦いで見事デューミオンの将軍を討ち取り、ランスレイ王を再び王座に迎えることに成功したのだ。そうして連合軍はランスレイ王から借りた兵を率いてユイレに戻り、態勢を整えて秋、エルデ解放戦へと駒を進める。


 ジャンヌは大公家代表として、アリアは大聖堂代表として彼らを迎える。武勲を立てた連合軍を盛大に迎えるのだから、こうして式典用ローブを着るのも当然だと思っている。

 だが、それ以上に。


「気を抜くんじゃないわよ、皆ぁ!」


 自身も美しいドレスを纏ったジャンヌが、片手を腰に当て、もう片手で拳を握ってドスの利いた声を放つ。


「アリアをめいっぱい可愛くして、婚約者様と感動の再会を果たさせるんだからね!」

「はい!」

「ジャンヌ様の仰せのままに!」


 あちこち走り回っていた侍女たちはジャンヌの声を受けてその場で整列し、ビシッと背筋を伸ばす。ここ数ヶ月間でジャンヌの影響を受けた侍女たちは、かなり雄々しく成長したようだ。


「……ジャンヌ様、有り難いとは思うのですが、婚約者と再会するのはジャンヌ様も同じではありませんか」

「あら、私とあなたとでは状況が違うでしょう?」


 ようやっとアリアの声に反応してくれたジャンヌは振り返り、ちっちと顔の前で人差し指を振る。


「確かに私もエルバート様と久しぶりの再会をするけれど、あくまでも私たちは、ユイレ代表とランスレイ代表として公的にお話をするの。対してあなたたちにはそこまでの責務はない。アリアが大聖堂代表として形式通りのお話を終えたなら、後は恋人の時間を過ごしてくれちゃってもいいのよ」

「こいびとのじかん」

「ジャンヌ様。アリア様が停止しましたよ」

「……はあ。これくらいで止まっちゃうなんて、マクスウェル侯爵も大変ねぇ」


 ジャンヌは遠い眼差しで呟いた。












 夕暮れ時、公都の南門が大きく開け放たれた。

 プレールからシャルヴェまで凱旋してきた連合軍は、ユイレ国民からの熱烈な歓待を受けた。事故が起きないようにと警備が立っているものの、花道から馬車道まで飛び出そうとする者や、歓声を上げる者、花を投げてくる者で大通りは大盛況である。


「……連合軍の話では、プレール解放直後に国民たちが連合軍に寄せる感情は、決してよいものではなかったとのことだったが」


 騎乗して辺りを見回していると、隣から声を掛けられた。

 そちらを見ると、自分と同じく馬に乗って公都の大通りを進む戦友がこちらを見て微笑んでいる。


「これもきっと、おまえの婚約者のおかげなんだろうな」

「……ああ。俺は牢に放り込まれてからは、何もできなかった。……アリアは、すごい」


 戦友にそう応え、彼は――ファルト・マクスウェルは感慨深く、大通りの先に待ちかまえる大公館と大聖堂を見上げた。


 噂には聞いていたが、なるほど。大公館と大聖堂はそれぞれ趣向は異なっているものの、どちらも立派で公都シャルヴェの象徴に相応しいたたずまいだ。

 あそこに愛しい婚約者がいる――そう考えると胸の奥が熱くなる。反面、荘厳な大聖堂を前にした自分の小ささと無力さに歯がゆい気持ちにもなった。


 ――今ルシアンに言ったように、ファルトは初春から晩夏にかけて、非常に無力な状態だった。


 アリアたちと入れ違いになるようにランスレイに上陸した帝国軍は、王子エルバートやアステルと行動を共にすることの多いファルトやルシアンに価値を見いだしたようだ。殺害された貴族も少なくなかったが、彼らは生きたまま捕らえられた。


 その時からファルトには、ブランシュが帝国と手を結んだのではないかと察しは付いていた。

 アリアとジャンヌがいなくなった直後の、帝国軍の襲撃。あまりにもタイミングがよすぎる。


 アリアたちを自分の縄張りに取り戻したブランシュがランスレイ陥落を命じたと考えるなら、タイミングのよさも頷ける。きっと大公の死も偶然ではなく、アリアたちを自国に連れ戻すための作戦の一つだったのだろう。


 ――仮定を叩き出すのは容易だ。問題は、捕らえられたファルトには何もできないということだった。

 エルバートやルシアンたちとは離れた場所に捕らえられたので、意思疎通もできない。何度も脱獄を試みたが、その都度失敗した。


 晩夏に連合軍が幽閉場所を見つけ出し、ファルトを解放してくれてようやっと一息付けた。


 そして――無力な自分に怒りを覚えた。


 連合軍に所属する密偵の少年曰く、聖魔道士であり戦闘慣れしていないシスターだというのに、アリアはヴィルヘルム王子の条件を呑んで連合軍に同行したのだという。

 ジャンヌやサンドラのように戦い慣れている者ならばともかく、アリアは一生の大半を大聖堂で過ごしてきた。彼女の仕事は戦闘ではなく負傷者の治療であるとはいえ、血を目にすることは間違いない。


 だがアリアは自分の戦いをこなし、ブランシュが死亡しユイレが解放された後は、聖女アグネスに代わって大聖堂の代表になったのだという。


 あんなに小さい体で、細い腕で、大きすぎる者を背負っているアリア。


「……俺、格好悪すぎるな」


 物思いにふけっていたファルトは、ついついぽつんと零してしまった。華やかな凱旋パレードには相応しくない弱音である。


「……そうだな。格好悪い」

「はっきり言うなぁ、おまえ」


 隣のルシアンは耳ざとく聞きつけたようで、横目でファルトを窺ってばっさりと切り捨てた。


「ついでに言うと、俺やエルバート殿下も格好悪い」

「まあ、そうだが――」

「だが、勇敢な彼女らが格好悪い俺たちを邪険に扱ったりするだろうか?」


 寡黙なルシアンによる指摘に、ファルトは虚を突かれたように目を見開く。


 アリアが、捕らわれていたファルトを嫌いになるのか。


「……ない、と思う」

「ならばそれでいいじゃないか。格好悪いことをしたと思うなら、これから挽回すればいい」

「これから……か」

「時間ならあるだろう」


 それだけ言い、ルシアンは前を向いてパレードに専念してしまう。

 ファルトもルシアンと足並み揃えて馬を進め、歓声を上げる国民たちの花道の中、大通りを北上していった。

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