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プレールの港解放戦

少々残酷描写ありR15

 ――港が、燃えている。


 煤を孕んだ風が、救護施設代わりにしているこの倉庫まで届いてくる。

 後方支援の拠点ですらこれなのだから、前線部隊は一体どのような光景を目にしているのだろうか。


「アリア! すぐさま応急処置を!」


 フィーネの指示で、負傷した兵士が運び込まれる。

 慌てて駆けつけたアリアの鼻にえも言えぬ臭いが届き、はっと顔をローブの袖で覆ってしまう。


(人の体が……焼ける臭い……)


 担架に乗せられた兵士は、体の左半分が焼け爛れていた。服も炭化しており、ゼエゼエと苦しそうに息をついている。


「っが……! たす、け……」

「い、今すぐ治療します!」


 胃から何かがせり上がりそうになり、アリアは拳で己の胸を殴る。


(辛いのは私じゃない! 火傷を負って苦しんでいる、この人なんだから……!)


 比較的肌が無事な体の右半分に触れ、負傷状態を把握する。体に魔力を流し込み、各部位の状況、どこが一番酷いのかを把握し、その上で適切な処置を取る。癒やす順番を間違えれば、体の中で毒素が回って死に至ることだってあるのだ。


(女神様っ……シスターとしてのお役目、果たします!)


 この兵士で最優先に回復すべき箇所は――左の脇腹。

 火傷以外にも脇腹を刃物でえぐられており、傷が肺に達しそうになっている。呼吸が荒く不規則なのはこれも原因だったのだろう。


「大丈夫ですよ。目を閉じて、ゆっくり息をして――」


 兵士にそう囁きながら、脇腹に触れる。

 生々しい肉の感触と、血、火傷した皮膚。

 思わず目を背けたくなるような惨状に、手のひらの感覚。


(私はシスター……私は、聖魔道士……)


 苦い味のする唾を飲み込み、兵士の体の再生能力を促す。

 最初のうちは脂汗をかいて苦しそうに息をしていた兵士の表情が徐々に安らぎ、顔色が戻ってくる。それと平行して、アリアが触れた部分の皮膚がぼろぼろと剥がれ落ち、徐々に肉が再生していった。


 聖魔道による怪我の治癒過程は駆け出しの頃は見るのも苦手で、治療を終えると聖堂の奥に駆けて、胃の中が空っぽになるまで嘔吐しまくったものだ。


 傷が塞がるうちに、兵士の唇から血の気が引いていく。これ以上体力を使いすぎたら、かえって命の危険にさらされてしまうのだ。

 アリアは適当なところで手を離し、若い聖魔道士の少年が持ってきた水桶で手を洗った。


「この人は、しばらく休ませてあげてください。それから――」

「アリア! また負傷者が!」


 アリアが少年に指示を出した直後、今度はシェイリーが駆けてきた。

 馬車の中ではアリアに対してつんつんした態度を貫いていたシェイリーは今、髪を振り乱して担架を引きずっている。


「私じゃ、治せないの……アリア、お願い!」

「っ……分かりました。……シェイリー、外の状況は?」


 シェイリーが運んできた兵士も、ひどい火傷を負っている。彼の場合、重傷なのは右脚だ。早く適切な治癒をしなければ、傷口から壊死えしして最悪脚を切り落とさなければならなくなる。


(帝国軍が火を放った? 木製の船があるというのに、まさか――)


 だがシェイリーの言葉に、アリアは苦悶の声を隠せなかった。


「帝国軍よ! そのくせあいつら、船を燃やせばいいってジャンヌが言ったから連合軍が火を付けたんだって、町の人に吹聴しているのよ!」

「……私たちのせいに――!」


(これも、ブランシュ様の命令なの!? 私やジャンヌ様を孤立させ、始末しようっていう――)


 もう、いないのだ。

 アリアに親切にしてくれたブランシュは。


(いいえ、そもそもが偽りの優しさだった)


 いずれアリアを自分の身代わりにするために。

 信頼を得て、弱みを握り、捨て駒にするために。


『いくら祈っても、女神は何も答えない!』


(そう、女神様は何もお答えにならない)


 両脚に火傷を負った青年兵士に、そっと触れる。


(祈っただけでは、火傷は治らない。直すためには私が聖魔道を施し、この方が「生きよう」という意志を持たなければならない)


 女神が、アリアたちを生かすのではない。

 女神の存在が、アリアたちに「生きよう」という思いを持たせるきっかけになるだけなのだ。


(女神様、私は私の信じる道を行きます)


「……ご安心ください、すぐに癒やしますからね」


 痛みと絶望でぼろぼろ涙をこぼす兵士の額を撫で、アリアは聖魔道を発動させる。


 戸口に立っていたシェイリーは数度瞬きし、床に座るアリアを見ていた。

 真っ白なローブを血で汚しながらも、慈愛の籠もった眼差しで負傷者を見つめるアリア。


 シェイリーはきゅっと口を引き結び、屋外へと飛び出した。











 ――プレールの港解放戦。


 連合軍の女騎士サンドラ・オーランシュが帝国軍の大将を討ち取ったことにより、終結。

 港町に滞在していた帝国軍は町から叩き出され、ある者は南のエルデへと、ある者は北の公都シャルヴェへと逃げ帰った。


 ランスレイから徴兵され、連合軍との交戦に無理矢理動員されていたランスレイ兵は降伏し、連合軍指揮官ヴィルヘルムの温情により、連合軍の一員としてランスレイ解放まで全員同行することになった。












 港を占領していたデューミオン軍が連合軍によって撤退していった。

 ひとまずの連合軍の勝利である。


 ――だが、解放戦に勝利した連合軍を迎えるユイレ国民たちの眼差しは、厳しい。


「裏切り者の公女! 出てこい!」

「シスターアリアはどこにいる!? よくもブランシュ様を!」

「裏切り者に罰を!」


 連合軍が体を休めている宿の周りでは、そんな怒号が飛び交っていた。

 しかも、飛び交っているのは怒号だけではない。


「……これは、酷い有り様ね」


 ジャンヌが呟いた直後、鈍い音を立てて宿の壁に鍋が投げつけられた。見事にへこんだ鍋に続き、手頃な石や武器の破片、煉瓦など、投擲可能なあらゆるものが飛んできている。


「さすがに刃物はやめてほしいわね。刺さったら痛いわ」

「そ、そうですね。できたら何も投げないでほしいところですが……」

「ま、彼らの心境を考えれば、鍋でも罵声でも、何か投げないとやってられないんでしょう」


 そう語るジャンヌは、今まさに「ジャンヌ公女の首を寄こせ!」と言われているというのにけろっとしていた。

 飛来物によって破損しないよう、宿の窓ガラスは内側から板切れで補強されている。その隙間から窓の外を見やるジャンヌは、さめた眼差しをしていた。


「ブランシュの事前準備は徹底されていたようね。たとえ港を解放されて私たちがシャルヴェに入れたとしても、私たちはあくまでも裏切り者だもの。住民の理解を得られたらと思っていたけれど、これじゃあ無理ね」

「……私たちが同行することで連合軍が不利になっている、ということはないのでしょうか」


 不安に思ったことを口にしたアリアの背後から、「いいえ」という静かな声が掛かった。


「たとえあなたたちがいなくても、わたくしたちはユイレ国民たちから過激な歓迎を受けたことでしょう」


 そう言って入室してきたのは、シャルロット。

 隣にローブ姿のフィーネを控える彼女は窓辺にいたアリアたちを見、青銀色の髪を掻き上げてふうっとため息を零した。


「それだけ、ブランシュ公女の影響が強いのでしょう。とりわけ、あなたたちがユイレを離れていた約半年間に彼女は徹底的に自分の味方を集めたのです。こうなってしまえば、連合軍にあなたたちがいてもいなくても変わりません。むしろ、女性騎士二人と聖魔道士が味方に加わったのですから戦力として有り難いと、ヴィルヘルム様はおっしゃっております。前向きに考えなさい」

「その分、ランスレイ兵はブランシュ公女への忠誠が低かったのでしょう。幸い、彼らはユイレ解放戦に関して前向きに考えてくださっているようです」


 フィーネがそう付け加える。シャルロット曰く、先ほどまでヴィルヘルムはランスレイの投降兵と話をしていたのだそうだ。


 ジャンヌが焦った様子で問う。


「ランスレイ兵の様子は……いかがだったのでしょうか」

「彼らは最初から、王太子の婚約者であるあなたやマクスウェル侯爵の婚約者であるそちらのアリアに剣を向けることをよしとしていなかったそうです。……これから我々が最速で進軍し、ユイレに続きランスレイ解放に乗り出すことを告げると、我々に協力することを誓ってくれました」


 シャルロットの言葉に、アリアとジャンヌはほっと息をついた。


(そっか、ランスレイの兵の忠誠はブランシュ様ではなくて、ランスレイ王家にあるのね)


 最初から意に添わない戦いを強いられていたのだから、主君の解放が約束されたならば彼らの戦うべき相手は変わる。ユイレ解放からランスレイ進軍まで連続で行えば、ランスレイにいる家族や仲間たちに手を掛けられることもない。


 シャルロットは息を吸い、「サンドラのことですが」と切り出した。

 とたん、アリアとジャンヌは和やかな表情を引き締めてシャルロットに向き直る。


 ――サンドラは先日の戦いで見事、デューミオン軍の大将を討ち取った。支援部隊にいたアリアは実際にその場面を目撃してはいないが、中央部隊にいたジャンヌが教えてくれたのだ。


 先のプレール解放戦では、少数精鋭の連合軍がジャンヌやサンドラの指示を受けて進軍した。そして敵将の姿を確認したサンドラが馬を駆って一気に距離を詰め、大将を馬から叩き落として討ち取った――のだという。

 非戦闘員であるアリアを気遣ったためかやんわりとした表現ではあったが、つまりサンドラは文字通り、「敵将の首を取った」のである。


 その後、サンドラも手傷を負ったため治療を受けていた。ただし、担当したのはアリア以外の聖魔道士である。


「サンドラは無事ですか?」


 アリアが問うと、フィーネはゆっくりと頷いた。


「出血はありましたが、シェイリーたちの聖魔道で十分治療ができました。現在は休養中です」

「……よかった」


 アリアがほっと肩を落とすと、ジャンヌが何も言わず背中を撫でてくれた。


 サンドラは手柄を取ったものの、いまだにアリアやジャンヌと過ごすことができていない。ヴィルヘルムとしては、「彼女の意思が確認されたならば、会わせてもよい」とのことらしい。だがサンドラ本人が固辞し、「少なくともユイレが解放されるまでは、お二人には近づきません」と宣言したそうだ。


(前のような関係に戻るのは、きっとたやすいことではないわ)


 ジャンヌはともかく、アリアとサンドラの間には一生埋めることのできないだろう溝ができている。

 ブランシュのめいによってサンドラがアリアを脅したこと。

 アリアが屈しなかったために、サンドラの家族が犠牲になったこと。

 このことを両者とも忘れることはないだろう。


(でも、いずれサンドラとも話がしたい)


「おはようございます、アリア様」と挨拶されて、「おはよう、サンドラ」と返す。


 そんな日を再び迎えられることを信じて。

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