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連合軍のアリア

 宿場町で準備を整え、いよいよ連合軍はユイレへと進軍する。


「皆、これより我々はユイレ大公国へと進軍する!」


 マントを靡かせ、朗々と声を上げるのはヴィルヘルム。

 積み上げられた木箱という軍の指揮官にしては質素なお立ち台ではあるが、そこに立つヴィルヘルムは十七歳の若き王子とは思えぬ威厳を纏って兵士たちに演説していた。


「これまで我々はサンクセリアを始めとした各地を回り、帝国軍を退けながら力を付けてきた。だが、此度のユイレ解放戦は易くはいかないだろう。敵の大将は、公女ブランシュ並びにデューミオン帝国皇子テオドール。苦戦を強いられることは、間違いないだろう」


 だが、と続けられた言葉に、兵たちの背筋が伸びる。


「我々は決して負けぬ、決して折れぬ。……兵たちよ、志を一つにせよ! そして全員……生きて帰れ!」


 指導者の声に、広場が震える。兵たちの胸の中から熱いものがこみ上げ、喉を震わせ、勇ましい鬨の声が上がった。


 各々の武器を掲げ、ヴィルヘルムに忠誠を誓う兵たち。その中に、まろやかな肢体を鎧で覆い隠したジャンヌと、短くなった髪を振り乱して誓いの雄叫びを上げるサンドラの姿を認め、アリアはぎゅっとローブの胸元を掴む。


 アリアは聖魔道士筆頭フィーネのサポート係として、ヴィルヘルムの背後に立っている。兵たちの雄叫びが正面から響き、頬にぴりぴりとした衝撃が走った。


(これが、連合軍――これが、ヴィルヘルム様のカリスマ――)


 去年の冬の初めに発足したばかりの、連合軍。

 フィーネ曰く、最初はヴィルヘルムやフィーネ、シャルロットを含めたたった七人の亡命者だけだった。冬のうちに彼らは実力を付け、仲間を集い、こうして小規模ながら結束された軍を作り上げた。





 ――暦七〇八、春。


 連合軍はユイレ大公国へと進軍した。














 連合軍の進軍経路には、山脈と海岸線の間、大公国の南ルートが選ばれた。ユイレの地理に詳しいジャンヌたちが呼ばれ、ユイレの気候や帝国軍の癖を読み取った上で選んだのである。


「ユイレ解放戦において我々にとってやりやすいことに、大公家の人間を人質に取られていないことが挙げられるんだよ」


 馬車の中でそう教えてくれたのは、ハインだった。

 彼は密偵らしく、建造物への侵入や人質の解放、情報収集や鍵の解錠などを得意としている。戦闘は得意でない上乗馬も苦手なので、行軍中は馬車に乗って移動しているという。


 ちなみに礼拝室でブランシュに殺害されかけたアリアを救出した一幕も、ハインが突撃隊長となって計画を練ったという。十四歳になったばかりだという彼だが、凄腕の特殊工作員であるようだ。


「エルデやランスレイは、そういう面でちょーっと面倒なんだよ。ほら、城を解放しても王様たちが別の所に捕らわれていたらまずいだろう?」

「城を解放しても、人質の意味がなくなって王様たちに危害が及ぶ……ということかしら」

「そういうこと。だからそういう場合は国の解放と人質にされた人間の保護を同時進行で行わないといけないんだ」

「……ヴィルヘルム様は、犠牲者を出さないように苦心されているのね」


 アリアは感心してハインの言葉に聞き入る。

 アリアはフィーネに頼まれ、馬車の積み荷の整理中であった。同じに馬車にはシェイリーも乗っており、奥の方でこちらに背を向けて作業している。


「そうだよ。俺は元々サンクセリア城下町で暮らしていたんだけど、王城陥落の時に家族が皆殺しにされてね。行き場がないし冬の寒さで死にそうだった俺を、ヴィルヘルム様が拾ってくださったんだ」

「まあ、そうなの……」

「……ハイン、さっきからうるさい」


 ふいにシェイリーが振り返り、じろりとハインを睨んだ。


「こっちもアリアも、作業中。黙って手伝って」

「えー、でも救急道具とか、俺よく分かんないし」

「じゃあ、私が指示出す。その通りに動いて」

「はぁ……なんでおまえが俺に指図するんだよ」

「ハイン・クラッセル」

「……はいはい」


 ハインは渋々腰を上げ、危なっかしく揺れる馬車の中でもバランスを崩すことなくシェイリーの隣まで行く。

 シェイリーはハインに指示を出した後、今度はアリアに視線を向けた。


 ……シェイリーはよく、アリアを睨むように見てくる。

 支給品のローブのフードを目元まで被っているため目つきが悪く見えてしまうのもあるだろうが、アリアが丁寧に挨拶しても「……うん」と目を逸らすばかりなのだ。


(……私がよくフィーネ様と一緒にいるのが、気にくわないのかもしれないわ)


 ちらっとハインが教えてくれたのだが、シェイリーは去年の冬の終わり、ハインのように拾われたのだという。

 彼女を拾ってくれたのは、フィーネ。奴隷だったシェイリーの才能を見いだして奴隷商人から引き取り、名無しだった彼女にシェイリーという名を与えた。そのためシェイリーはフィーネに多大な恩があり、一番の弟子でありたいと願っているのだという。


 フィーネがだいたいの能力を測ったところ、現時点ではシェイリーよりもアリアの方が聖魔道が安定しているという。それを聞いたときの、シェイリーの悔しそうな顔ときたら。


 とはいえ、アリアが優秀なわけではない。アリアはシェイリーよりも四つ近く年上なのだから、経験の差がある。むしろ、フィーネに救出されるまできちんとした聖魔道の教育を受けていなかったシェイリーが短期間でこれほどまで才能を開花させたのだから、いずれあっという間にシェイリーはアリアを追い越すだろう。


 アリアは布の束をきれいにたたんで馬車の隅に重ね、シェイリーの元まで膝立ちで向かう。ハインのようにバランスを取って歩くことはできそうにないのだ。


「私の仕事は終わりました。シェイリー、手伝うことはありませんか」

「……ない」

「……そ、そうですか」


 素っ気なく返された。それでもめげずにシェイリーの顔をのぞき込んでにっこり笑うと、今度こそはっきりと緑色の目を逸らされた。


(……手強いわね)


 シェイリーと仲良しになるまでには、相当の時間を要しそうだ。














 連合軍が最初に向かったのは、ユイレ最大の港プレール。アリアやジャンヌがユイレ・ランスレイ間を行き来する際にも、ここを利用していた。


 港はアリアたちが連合軍に救出された翌日、帝国軍によって封鎖されたという。その日のうちにランスレイに向けて艦隊が出発。

 タイミングも手際のよすぎる侵略である。


「……ジャンヌ、アリア、サンドラ。あなたたちにはちょっと変装してもらいます」


 港まであと半日という地点に差し掛かった頃。

 アリアたちはシャルロットに呼ばれ、彼女の乗る馬車で大きめの布を差し出された。


 天使のように整った美貌のシャルロットはアリアたちの顔を順に見、真面目な顔で言う。


「ヴィルヘルム様からも言われているでしょうけれど、あなたたち三人は現在、反逆者として大公国内でのお尋ね者になっております。まともに町を進軍すれば、袋叩きに遭いますわ」

「……それほど無いこと無いことを、ブランシュは吹聴したのでしょうか」


 分厚いコートを受け取ったジャンヌがぽつんと呟くと、シャルロットは眉を寄せて嘆息する。


「……ええ。わたくしも先ほど聞いたばかりなのですけれどね。ジャンヌ公女はブランシュ公女を殺害し、ランスレイがユイレを掌握するためにユイレに戻ってきたのだとまことしやかに囁かれているそうですわ。シスターアリアとサンドラ・オーランシュも同じ。計画失敗して連合軍に逃げ込んだとのことですの」

「……では、わたくしたちのせいで連合軍までユイレ国民に背かれることに――」

「おやめなさい。あなたたちを助けたことを、ヴィルヘルム様は悔いてはいらっしゃいません」


 青ざめたサンドラに、シャルロットは鋭い眼差しを送る。


「今できることをなさい。……ジャンヌ、あなたは変装したら中央部隊に入ってもらいます。公女であるあなたは誰よりも、この国に詳しい。それを有効に使わせてもらいます……いいですね」

「……はい」

「サンドラ、あなたは突撃部隊です。あなたの誓いを、戦場で示してみなさい」

「かしこまりました、シャルロット様」


 ジャンヌとサンドラはシャルロットの前に跪いた。

 続いてシャルロットはアリアを見、馬車の外を手で示す。


「アリア、あなたは隊の後方で支援部隊に入りなさい。フィーネもそこにいるはずです。突撃部隊ならびに最後方部隊の負傷者の手当、安全な場所の確保を行うのです。……あなたたちの行動で、我が軍の死傷者率が変わります。フィーネの命令をよく聞き、行動なさい」

「は、はい」


 ジャンヌの後ろに跪くアリアは、震える拳を固めた。


 ――これから、ユイレ解放戦が始まる。

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