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大公国の不穏な影

 アリアたちがユイレに戻った翌日、大公の葬儀を終えると、ジャンヌはブランシュとの相談のために会議室に籠もることになった。


 アリアたち下々の者には、大公死亡の詳細は聞かされていない。かろうじて教えてもらったのは、「大公は帝国の密偵によって暗殺され、娘であるブランシュは帝国軍から何か脅しを掛けられている」という内容だった。


「帝国軍が、もうユイレに侵入しているのですか――?」


 アリアは、司祭に急いて尋ねた。

 ユイレ滞在中、アリアは大聖堂に身を寄せることになった。もともとアリアが使っていた部屋は別の若いシスターが使用していたため、別の客間を与えられている。聖堂で懐かしい面々と再会した後、司祭に呼び出されて概要を聞かされていたのだ。


 中年女性司祭は困ったように眉を寄せ、テーブルに載せた拳を握りしめる。


「……簡単に言うと、そういうことです。帝国軍はユイレの無血開城を要望しているのです」

「……あの帝国軍がですか?」

「滅多なことを言ってはいけませんよ、アリア。……おそらくデューミオンは、港と船を有するユイレをできる限り破壊することなく、手中に収めたいと考えているのです」

「……港と船――」


 司祭の言葉に、アリアは眉を寄せて考え込む。

 デューミオン帝国には、造船や航海の技術がない。だから彼らがランスレイのような海の向こうの国へ進出しようとする際、既に造船技術を備えた国を手中に収めると手っ取り早く海路も確保することができる。


(海の知識があまりないからこそ、ユイレを蹂躙して貴重な航海技術を破壊しないようにしているってことね……)


 ユイレの人間を失えば、造船師や航海士をも失うことになるかもしれない。山を焼き尽くせば、船を造れなくなるかもしれない。

 大陸東海岸の海の窓口であるユイレを可能な限り現状維持したまま攻略するのが、帝国の目的である――というのが、大聖堂の者たちが出した推測である。


「では、帝国軍が大公様に掛け合ったのでは? ユイレの造船や航海、全ての面の最高責任者は大公です。文化を壊すことなくユイレを侵略したいのなら、まずは大公様に話を持ちかけるでしょう」

「はい……あなたの言うとおり、一月ほど前に帝国の使者が内密にやってきました。彼らの要望はあなたの予想するように、ユイレの抱える技術や施設、文化の譲渡でした」

「……大公様の反応は?」

「突っぱねられたそうです。……簡単に言えば、今回大公様が暗殺されたのも、帝国からの申し出を蹴ったからだと言われています」


 沈んだ声で語る司祭。

 アリアはテーブルの上で拳を固め、司祭を仰ぎ見た。


「では、ブランシュ様は――? 一月前に使者を追い返したのならば、帝国軍も悠長には待ってくれないでしょう。ブランシュ様にも脅しを掛けているのでは――」

「そのことを、現在ブランシュ様とジャンヌ様が話し合われているのです。先ほども申しましたように、帝国はユイレの無血開城を要望しています。ユイレの支配権を手にし、圧政下に置く代わりに国民への手出しを避ける――それが条件です」


 話を終えると、これから夜間会議に向かうということで、司祭が席を立った。アリアは彼女の部屋から退出し、とぼとぼと自室まで歩く。


 廊下を歩きながら、アリアはランスレイで習った帝国軍の動きを頭の中で反芻する。


(去年のうちに、サンクセリアとエルデは陥落している。どちらも主都は破壊され、王族は虐殺されたと言われている)


 それに比べれば、ユイレに対するデューミオンの要望は穏健であると言ってもいいだろう。ユイレが長い歴史の中で培ってきた造船技術と海の知識が今、国を守る礎となり、デューミオンの侵略を止める砦となっている。


(だとすれば、帝国が望むのは大公家の排除。大公位継承権を持つブランシュ様とジャンヌ様に、権利を放棄するよう求めているのでは――?)


 もしそうだとすれば、二人の公女は国を守るために策を取らねばならない。だが、ユイレは女神信仰の国。強い軍隊を持たないし、そもそも交戦意識に低い。おそらく二人とも、大公位継承権を放棄して無血開城要望を呑むだろう。


(でもそうすれば、ランスレイは――)


 ランスレイには、ユイレのような特殊な技術はない。それどころか、ユイレの港が帝国に対して開かれれば、真っ先に襲撃を受けるだろう。


(陛下や殿下は、帝国が攻めてきたときには海上で決着を付けるべきだとお考えでしょう。でも――もし、船にジャンヌ様が乗っていれば?)


 その可能性は十分に考えられる。

 たとえ砲撃の準備をしていても、艦隊にジャンヌが乗っていればどうなるのか。エルバート王子は未来の妻を、艦隊ごと沈めろと命じるのか。


 たとえ王子や国王たちが決断しても、ランスレイ軍に動揺は走る。集中の糸が切れたら、ランスレイの敗北の色は濃くなるだろう。


(どう選んだって、誰かが犠牲になる――)


 ユイレの安全を優先すれば、ランスレイが滅ぼされる。

 帝国の申し出を再度蹴れば、ブランシュやジャンヌの命が狙われる。国民にだって、手を掛けられるかもしれない。


(お二人は、何を選ばれるのかしら――)


 重い足取りでゆっくり歩いたため、自室まで戻るのに思ったよりも時間が掛かってしまった。廊下に立っていた女性聖堂騎士に挨拶をし、アリアは部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ。


 サンドラは家族に会いに行っているそうなので、清潔な客室にいるのはアリア一人だけだ。

 ランスレイに行ってからは、常に側に誰かがいる状態だった。とりわけ贈り物事件があってからは、周囲をガチガチに固められていたので、独りぼっちになるというのはある意味新鮮だった。


(……ジャンヌ様、まだお話しされているのかな)


 時刻は、深夜直前。

 灯りを付けていない客室は濃い闇に包まれている。


(……そうだ、聖堂の女神様にご挨拶に行かないと)


 体は重いが、今日はまだ夜のおつとめをしていない。ランスレイから持って帰った女神像に祈ってもいいのだが、せっかく大聖堂まで戻ってきたのだから、礼拝室に据えられた大理石の女神像の前で祈りを捧げたい。


 のろのろと服を脱ぎ、修道服に着替える。服を着て、頭巾も被ろうとしたとき控えめなノックの音が響いた。


「シスターアリア。起きていますか」


 この声は、先輩シスターのものだ。

 アリアは返事をし、急ぎドアを開けた。アリアが子どもの頃から面倒を見てもらった中年のシスターはお辞儀をし、アリアに小さなカードを渡す。


「ブランシュ様から伝言を預かっております」

「私にですか?」


 シスターからカードを受け取り、裏返す。そこの宛先欄には確かにアリアの名前があり、「大切な話があるので、礼拝室に来てください」というブランシュの文字が書かれていた。


「ブランシュ様……ジャンヌ様との話し合いで、お疲れなのでしょうか」

「はい、わたくしがカードを受け取ったのですが、お顔の色は優れないようでした。しかし、どうしても今日のうちにアリアと話がしたいのだとおっしゃっておりまして」

「……分かりました。すぐ仕度します」


 これから礼拝室に行こうと思っていたのだから、ちょうどいい。

 アリアはシスターを見送り、ベッドに放置したままだった頭巾を被る。鏡の前に立ってきちっと衣服を直し、そっと胸元に手を当てた。


 冬仕様で生地が厚めの修道服の下には確かに、金属の感触がある。


(ファルト様――)


 ぎゅっと服の上からネックレスを掴む。

 夏になったら結婚式を挙げるという、約束のネックレス。

 海の彼方では、ファルトも同じネックレスを身につけてくれている。

 

 ふーっと大きく息をついた後、アリアは部屋を出た。警備の聖堂騎士には、ブランシュに会いに礼拝室に行くことを伝え、歩き慣れた道を進む。

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