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疑念と懸念

 疑問点はいくらでもある。

 まず、なぜアリアを狙ったのか。


 アリアを脅迫なんてすれば、ファルトが激昂するのは目に見えている。さらには、ユイレから来た花嫁を傷つけたとユイレに知られればどうなるのか。帝国軍の脅威が迫っているこのご時世にユイレの不興を買うことに利点はない。


 そして、どのようにして贈り物を紛れ込ませたのか。


 サンドラたちによれば、贈り物はここ三日ほどの間に届いたものだそうだ。アリアへの手紙や贈り物送付が解禁されたのがその頃だったので、結構な量がたまっていたという。


 それらを、アリアがファルトと一緒に出かけている間に整理してリストにまとめた。リストはアリア付き侍女頭が管理しており、贈り物を置いた部屋は施錠していた。

 解錠したのは今朝、アリアが部屋に入る一刻ほど前。侍女数名で入室し、部屋の換気や掃除などを行っただけで贈り物には触れていない。


 となれば、犯人は城の事情に詳しい内部の人間である可能性が高い。名前を騙られたヒューズ伯爵夫人を恨む者でもいるのかという意見も挙がったが、伯爵夫人は高齢で、普段領地で暮らしている。夫人と交流があるのは同じ年頃の老婦人ばかりで、彼女らがアリアに殺意を抱くとは考えにくい。一応夫人の了承を取った上で調査は始めているが、おそらく芳しい結果は出てこないだろう。


「……父上は、場合によってはロットナー嬢を帰国させるのも手だろうとおっしゃっている」


 エルバート王子は、重い口調でそう言う。

 王子の部屋に招かれていた面々は、はっとして王太子の顔を見た。


「それは――脅迫状の通りにするということか?」

「犯人の目的が、ただ単にロットナー嬢を追い出したいというのであれば警備を強化して城内で守ってやればいいだろう。だが、あの人形のことがある」


 王子の言葉に、皆の表情がますます暗くなった。

 これでもかというほどズタズタに傷つけられた人形の姿は、皆の脳裏に焼き付けられていたのだ。


「『このままランスレイに留まるならば、次にこうなるのはおまえの番だ』――そう脅していると考えるのが妥当だろう。となれば、いつどこから刺客がやってくるか分からない城で過ごすよりは、ランスレイ側の責任として帰国させ、安全な大聖堂で過ごさせる方がロットナー嬢のためにもなるだろう」

「しかし……帰国させるというのが罠であることも考えられます」


 そう言うのは、エルバートの従弟アステル。

 彼は大きな背をかがめ、難しい表情でテーブル上のカップを見つめたまま意見を述べる。


「人形のように惨殺するという脅しをかけて、ロットナー嬢帰国の手続きを行わせる。そうして警備から外れた彼女を港や船上……場合によってはユイレで殺害する、という作戦もあり得るのではないでしょうか」

「しかし、そこまでして彼女を追いつめる必要があるのですか」


 ルシアンが、元々厳つい顔をさらに険しくして言う。


「ファルトの嫁の座を狙っているというのならば、ファルトが激昂した時点で計画は失敗でしょう。ロットナー嬢殺害が目的というのは、意図が全く読めません。帝国軍の状況やユイレとの関係を考えると、ロットナー嬢を殺害して犯人にとって何の利益があるのでしょうか」

「父上は、ランスレイ外の人間の犯行である線も考えてらっしゃる」


 エルバート王子は静かに言った。


「最悪のパターンは、デューミオンの刺客であること」

「……まさに最悪のパターンですね」


 アステルが顔をしかめる。

 それはつまり、デューミオンが既にランスレイ島内に侵入しているということになるからだ。


「ランスレイとユイレの同盟を破らせ、順に潰していくための第一歩である可能性ですね」

「……そんなちまちましたことをするくらいなら、一網打尽にしてしまいそうなものですが」

「ルシアンの言うとおり、これまでのデューミオンの戦略を鑑みると、ランスレイを内部から瓦解させようというのはあまり考えられないな」


 そう言ったエルバート王子は、ふっと視線を横に向ける。いつもなら四人でテーブルを囲むことが多いのだが今、四つ目の席は空いていた。


「……今夜もお邪魔しているのか」

「そのようです。もちろん寝室には入れませんが、護衛すると言って聞かなくて」

「騎士団としての仕事は全うしているので、それならばと陛下からも許可をもらったと言っておりました」

「……そうか」


 エルバート王子は紅茶のカップを手に、難しい顔で天井を眺めた。











 朝が来た。


「おはようございます、ファルト様」


 寝室のドアが開き、きっちり制服を着たサンドラが出てくる。

 リビングのソファに座っていたファルトは体を起こし、片手を挙げて応えた。


「ああ、おはよう。……アリアの様子は?」

「まだ眠ってらっしゃいます。この後、お着替えをなさったら寝室で朝のおつとめをなさる予定です」

「分かった。では、おつとめが終わったら俺も退出しよう」

「はい、ありがとうございま――」

「……ファルト様?」


 サンドラの声を割って届いてきた、小さな声。

 ファルトとサンドラは同時に寝室のドアを振り返り見、そこが少しだけ開いていることに気づく。


「アリア様?」

「……おはよう、サンドラ。ファルト様はそこにいらっしゃる?」

「ここにいるよ。アリア、おはよう」


 ドアの手前まで歩み寄り、ファルトは優しい声で朝の挨拶をする。本当は今すぐドアを開けて元気な姿を確認したいが、まだ今の彼女は寝間着のはずだ。婚約者とはいえ、寝間着姿の乙女を見るのは無礼である。


 ファルトの挨拶を受けてドアがもう少し開き、白い指先が見えた。


「おはようございます、ファルト様。……お願いがあります」

「なんなりと」

「……今日は礼拝室で、おつとめがしたいのです。……同行をお願いしてもいいですか?」


 アリアの言葉に、ファルトははっと息を呑んだ。それはサンドラも同じだったらしく、「アリア様……」との声が聞こえる。


 アリアが部屋に籠もるようになって、五日。

 それまでの朝と夜のおつとめは自分で飾った礼拝室で行っていたが、この間は外に出るのも怖く、サンドラが女神像を寝室まで持ってきてくれていたのだ。


 ファルトはぐっと喉を鳴らし、ドアの隙間から覗くアリアの手に己の右手を重ねる。一瞬だけ白い手が震えるが、すぐに震えはやんだ。


「もちろん。……では、仕度を終えるまで俺は外で待っている」

「ごめんなさい、朝から我が儘言って……」

「あなたの我が儘なんて、可愛いものだ。なんだって叶えてあげたいんだよ」


 アリアの手をぎゅっと握った後、放す。

 ファルトは振り返って、背後に控えていたサンドラを見た。


「俺は廊下で待っている。アリアの仕度が終わったら呼んでくれ」

「はい……かしこまりました」


 アリアの仕度はサンドラや侍女たちに任せておいて、ファルトは廊下に出た。朝の澄んだ空気が、開け放たれたままの窓から流れ込んでくる。


 ――いつ、アリアに命の危機が訪れるか分からない。


 ファルトは侍女が開けたのだろう窓を、じっと睨む。


 あの窓枠を越え、いつ刺客が現れるのか。

 アリアの背後を狙い、あの人形のように首を切断するのか。

 白い手が血にまみれ、その体から生命が抜けていくことになるのか。


 アリアを側に置いておきたい。この国で守りたい。


 だがもし、それが彼女のためにならないのなら。


「……俺は、帰せるのだろうか」


 ファルトは呟く。

 国王から、「アリアをユイレに帰らせろ」という命令が下ったとしても、ファルトはそれに従えるのか。


 ――従わなければならない。


 自分のエゴでアリアが辛い目にあったなら、怪我をしたら、人形のように惨殺されたら――


 それくらいなら、手放した方がいい。

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