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ファルトの怒り

「アリア!」


 ドアをたたき割らんばかりの勢いで入室してきたのは、ファルト。いつもなら礼儀だのなんだの口にする侍女たちも、今回ばかりはファルトの乱暴な登場にも目をつぶった。


 冬の外気やら練兵場やらの臭いを纏わせてやってきたファルトは、部屋を見渡す。


「連絡を受け取った! アリアはどこだ!」

「ご案内しますが、どうか簡単なお召し替えだけはなさってください」


 そう進言するのは、サンドラ。

 彼女は殺気立つファルトに臆することなく、静かに言った。


「現在アリア様の元にはジャンヌ様が付いてくださっております。……かなりのショックを受けてらっしゃるので、アリア様に刺激を与えることのなきように」

「……っ、分かった」


 ファルトはぎりぎりと歯を噛みしめつつ、その場で軽鎧を脱いで上着も投げ捨てる。ファルトの着ていたものを侍女たちが空中でキャッチし、代わりの服を差し出す。ズボンも履き替えるべきなのだろうが、さすがに別室に移動する時間は惜しい。


 サンドラはイライラと足踏みするファルトをじっくり眺めた後、いつの間にか持っていた香水入りの霧吹きをシュッと一吹きした後、頷いた。


「臭いも取れましたし、大丈夫でしょう。……どうぞ」

「ああ」


 ハーブの香りのするファルトはぞんざいに答え、侍女が案内する方――寝室へと急ぐ。


「アリア!」

「マクスウェル侯爵……」


 真っ先に反応したのは、ベッドサイドの椅子に座っていたジャンヌ公女。

 シンプルなドレス姿のジャンヌは振り返り、鬼の形相になっているファルトを見て目を細めた。


「……侯爵、事情は聞いている?」

「……はい、陛下の側近騎士からある程度のことは」

「そう……よかったら、アリアの側にいてあげて。私はそろそろ戻らないといけないし」

「はい、かしこまりました」

「頼んだわよ」


 そう言い、ジャンヌは立ち上がってファルトの側を通っていく。そのマリンブルーの目は真っ直ぐ前を向いており、もうファルトを見ようともしなかった。


 アリアは、ベッドに寝ている――ようだ。

 ようだ、というのはアリアの姿が見えず、ベッドのシーツがもっこりと人間の形に膨らんでいるためである。


 ファルトはさっきほどの性急さが嘘のようにゆっくり足を進め、ジャンヌが座っていた椅子に腰を下ろした。


「……アリア?」


 そっと声を掛けると、もぞもぞとシーツが動いた。起きてはいるようだ。


「……ファルト様」

「辛いなら、今は何も言わないでいい。あなたが心を痛めていると聞いて飛んでき――」

「ファルト様っ!」


 とたん、ばっとシーツが宙に舞う。ファルトが呆然と口を開く中、シーツの中から現れたアリアは、目を真っ赤に泣きはらしていた。それでいて頬は青白く、窒息しているかのように唇も紫色になっている。


 着ていたドレスもきれいにセットされていたはずの髪もぐしゃぐしゃのまま、アリアはベッドにへたり込んで両手で顔を覆ってしまう。


「ファルト様……!」

「アリア――」

「私……わたし……!」

「アリアっ!」


 たまらなかった。我慢なんてできなかった――と、その全身が訴えている。


 ファルトは、ベッドに座り込んだアリアの体を抱き寄せる。心身共に弱り切っているアリアはあっさりとファルトの腕の中に収まり、わっと大声を上げて泣きだした。


 強い人だと思っていた。

 戸惑ったり困ったりはしても、泣いたりはしない。

 そんな女性だと、勝手に思っていた。


 だが違う。アリアだって、ショックなことがあれば傷つくし悲しいことがあれば泣く。


 大聖堂で育ったアリアは、これまでこんな形で傷つくことはなかったのだろう。だからこそ、二十年近く生きてきて初めて受ける「攻撃」に、打ちのめされている。


 ファルトは唇を噛みしめ、アリアをいっそう強く抱きしめるしかできなかった。








 アリアが泣きやみ眠りに落ちた頃、侍女が入ってきた。サンドラが呼んでいるという。


「……わたくしたちの落ち度でありました」


 サンドラは沈んだ声を上げ、ソファに座るファルトに正方形の箱を差し出す。

 ファルトは箱を見、そこにくっついているメッセージカードを見て唸った。


「……マーシー・ヒューズ夫人?」

「確かにそのように書かれていますが――そちらは偽物でした」


 そう言って、サンドラは侍女から別の箱を受け取る。こちらの箱は長方形で、カードには先ほどとそっくりな字で「マーシー・ヒューズ」と書かれていた。


「……つまり?」

「こちらの長方形の箱が、ヒューズ伯爵夫人からの贈り物です。中身も置き時計であることを先にわたくしたちの方で確認しております」


 開けてみると確かに、緩衝材代わりの綿に包まれたアンティークな置き時計が入っていた。底面のロゴを見ると、ランスレイでも老舗の時計店で購入したものであることが分かる。


 こちらが、ヒューズ伯爵夫人が贈ったもの。

 ファルトは、正方形の箱へと視線を向ける。


「……こちらは、ヒューズ伯爵夫人の名で送りつけた偽物か」

「はい……どのタイミングで紛れ込ませていたのかは分かりかねますが、ヒューズ伯爵夫人に罪をなすりつけるために字体をまねてカードを書いたのでしょう」


 サンドラの声を聞きつつ、ファルトはそっと箱の蓋を取って中をのぞき込む。


 ――とたん、ファルトの杏色の双眸に殺意の炎が灯った。


「っ……! なんだこれは!」


 憎悪に燃えるファルトは、手に持った蓋を握りつぶさんばかりの勢いで怒る。

 それもそのはずだ。


 正方形の箱には、おしゃれな人形が入っていた。柔らかい灰色の髪に、緑の目。可愛らしいアンティークドレスを纏ったドールである。


 だがその人形は、見るも無惨な状態だった。首が胴体から外れており、両目にあたるガラスはえぐり取られている。着ているドレスもズタズタで、ご丁寧に黒ずんだ血液――見た感じ、動物の血だ――がまき散らされ、凄惨な殺害現場であるかのように演出していた。


 そんな人形の胸元には、小振りのナイフが垂直に突き刺さっている。そのナイフと人形の間には、一枚のカードが刺さっていた。


『キエロ クニニ カエレ』


 動物の血液らしい赤黒い字で、そう書かれている。

 可愛らしい人形がズタズタに裂かれ、血を撒かれ、脅迫文を送りつけられたことだけでも、アリアにとってはショックだっただろう。


 だがアリアを最も怯えさせたのは――


「……アリアと同じ、髪と目の色――」


 ファルトの怒りを孕んだ呟きに、さしものサンドラもびくっと震えつつ頷く。


「はい……それが何よりもアリア様のお心を傷つけました。……アリア様の悲鳴で護衛が駆けつけたのですが、ジャンヌ様とわたくし、その場に居合わせた侍女以外には非常に怯えてらっしゃり――」

「っ……」


 ダンッ、とファルトの拳がテーブルに叩きつけられる。繊細なテーブルがびしびし悲鳴を上げたが、侍女たちは何も言わずファルトの無礼を見過ごしてくれた。


「誰が……誰がこんなことを……!」

「両陛下並びにエルバート殿下にも既にお伝えしております。先ほど連絡が入りましたが、すぐさま調査を手配し、アリア様へ贈り物をした全ての方にも事情聴取なさるとのことです。もちろん、ヒューズ伯爵にもお伺いしますが、あくまでも参考調査の範囲で行うとのことで」

「……分かった」


 ファルトは最後にもう一度人形を睨み付けた後、蓋を閉めた。

 この後、人形は調査の道具になる。怒りに任せて破壊したりしなくてよかったと、今になって思う。


「……サンドラ・オーランシュ」

「はっ」

「俺は、アリアを傷つけたやつを絶対に許さない。陛下の許可さえ下りれば――その無礼者の首を、刎ねる」


 底冷えのするようなファルトの言葉に、一瞬だけサンドラは怯む。だがすぐに表情を改め、深く一礼した。


「……かしこまりました、侯爵」

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