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贈られてきたものは

 ファルトとのデートについて、ジャンヌやサンドラに根掘り葉掘り聞かれた翌日。


「おはようございます、アリア様」


 身支度と朝食を終えたアリアの元にサンドラがやってきた。


「今日の午前中が空き時間だったと思いますが、少しお時間いただいてもよろしいでしょうか」

「何か予定でも入ったの?」


 アリアが問うと、サンドラは微笑んで廊下に続くドアを手で示す。


「ここ数日で、アリア様に宛てた贈り物やお手紙が多く届いております。昨日までに到着したものは、わたくしたちの方で目を通しておきました。それらをご覧になっていただきたくて」

「贈り物――ですか」


 アリアの眉根が寄せられる。

 手紙なら、侍女やサンドラの手を借りて返事を書けばいい。

 だが贈り物の場合は話が別だ。


 アリアの不安を読み取った様子のサンドラが、励ますように頷いた。


「贈り物へのお返しなども、わたくしたちが助言いたします。一通り確認はしましたが、花や置物などがほとんどです。口に入るものや身につけるものなどは丁重に送り返しておきましたので、ご安心を」

「そうなのね、ありがとう」


 サンドラたちの仕事の速さに、アリアはほっと安堵の息をついた。

 食べ物は、毒が入っていたらいけない。装飾品も同じく細かい毒針などを仕込んでいる可能性もあるし、そもそもよその人から贈られたものを身につけるのは、婚約者であるファルトの尊厳や甲斐性を踏みにじることになる。アリアが困る前に下準備をしてくれたサンドラたちに感謝である。


 サンドラに案内され、アリアは別室へ移動した。そこには侍女たちが数名おり、テーブルに積まれた手紙や贈り物の最終チェックを行っているところだった。


「ご覧ください、アリア様。マクスウェル侯爵最愛の恋人にということで、たくさんの贈り物が届いているのですよ」


 侍女が笑顔で言うので、贈り物の山を見たアリアは怖々笑みを浮かべて頷く。


(それは嬉しいけれど、これほどまでとは思ってなかったわ)


「はい……なんというか、すごい量ですね」

「ジャンヌ様よりはだいぶましですよ」

「ジャンヌ様への贈り物は、部屋一つでは足りないくらいですもの」

「未来の王太子妃にはよい印象を持っていただきたいですものね」

「中には、天井ほどの高さの置物を寄越してきた方もいるのですよ」

「首の長い異国の動物をモデルにしているそうですが、どこに置けというのでしょうかね」

「等身大ということですが、大きければいいというものでもありませんのに、ねぇ?」

「そうなのですね……」


 そうして、侍女たちが作業をする中、アリアは椅子に座って目の前に積まれた贈り物を見ることになった。


 手紙は全て、侍女たちが一度開封して中身をあらためた後、箱に重ねて積まれていた。一抱えほどある箱だが内容物がぎっちり詰まっており、しかもアリアが見ているうちにも侍女たちが点検し終えた手紙をさらに積んでいく。


 その隣には、贈り物の数々が。

 大小様々な箱や、きれいにラッピングされた花束などがざっと見ても三十近く置かれていた。


「……これ、全部見るのね」

「送り主のリストは既に作成しております。全てにカードが付いているので、カードとリストの名前を照合した上で、アリア様に内容物をご覧いただきます」

「分かったわ」


 贈り物点検作業は大変そうだが、サンドラたちも手伝ってくれるし、放置していたら面倒なことにしかならない。それに、ファルトにも迷惑が掛かってしまうだろう。


(……贈り物をどこに置くかとかは、また後で考えよう)


 首の長い動物の等身大置物は勘弁してもらいたいところである。










 贈り物点検作業は順調に進んでいった。

 アリアの隣にサンドラが立ち、アリアが読み上げたカードの名前をリストで確認していく。


「ウォレストン子爵夫人から」

「はい。……リンダ・ウォレストン様ですね。確認しました」

「あら、きれいな布ね――これは?」

「テーブルクロスです。ややサイズは小さめなので、サイドテーブルなどに使われるとよろしいでしょう」

「分かったわ。……次、バイロン男爵」

「はい。ヘンリー・バイロン様ですね。確認しました」


 アリアは座った状態なので、箱を自分の方に引き寄せるために立ったり座ったりするのは大変だ。よってサンドラが差し出した箱の中身をアリアがチェックし、チェックし終えたものは侍女たちが種類ごとに分けて保管してくれていた。花であれば、すぐに花瓶を用意して生ける。


(……でも、結婚したらこういうのもしょっちゅうになるのね)


 慣れない作業で少しだけ痛み始めた手をひらひら振り、アリアは内心苦笑する。


(聖堂のシスターが自分への贈り物で難儀するようになるなんて――人生どうなるか、分かったものじゃないわね)


 点検作業を始めて、一刻は経過した。

 アリアは手のひらサイズのガラス細工を侍女に渡し、サンドラから次の箱を受け取った。


 正方形の、ありきたりな箱だ。

 箱に添えられたカードには、流麗な字体で送り主の名が記されている。


「次は……ヒューズ伯爵夫人から」

「はい。マーシー・ヒューズ様ですね。確認しました」


 サンドラがリストをチェックし、該当する名前のところに線を入れる。


 ――だから、安心しきっていた。


 アリアは疑うことなく、箱を開ける。

 傍らで侍女が、「……あれ? ヒューズ伯爵夫人の?」と声を上げ、サンドラも「……あら?」と動きを止めたのにも、注意を払わなかった。


 アリアは箱を開け、中をのぞき込む。


 そうして――一対の目と、視線がぶつかった。











 ランスレイ王城は、今日も平和である。


「……この平和がいつまでも続けばいいんだけどな」


 晴れた空を見上げてファルトが呟くと、隣にいたルシアンも頷いて同意を示す。


「何事もないのが一番だ。だが、夢ばかり見ていてはなるまい」

「分かっているさ。……いざとなったら、俺たちも戦わなければならない」


 二人の目の前では、騎士たちが勇ましい雄叫びを上げて訓練に勤しんでいる。

 雪がやんだのはいいものの、足下は雪が中途半端にとけた泥水でぬかるみ、騎士たちも滑りそうになりながら特訓している。一度でも転倒した者は体の前面が泥まみれになってしまい、訓練用の鎧にも泥がこびりついている。後の手入れが大変そうだ。


「……ファルト、ルシアン。今日は午後から天候が崩れるかもしれないそうだ」


 そう言ってやってきたのは、ルシアンほどではないがしっかり筋肉の鎧を纏った青年。

 ファルトとルシアンは姿勢を正して彼を迎える。


「そのようですね、アステル様」

「予定を変更なさいますか」

「そうだな……騎士団長には相談したのだが、夕方からのエルバート兄上の公務終了時間を繰り上げるべきかもしれないとのことになった。もうじき兄上からの返事が来るはずだから、それによっては変更を――」

「――アステル様、お話し中に申し訳ありません」


 アステルの言葉を遮ったのは、壮年の騎士。

 彼はファルトやルシエダの指導者の一人で、現在は国王の側近として働いている。


 アステルは彼に向き直り、ゆっくり頷いた。


「火急の用だろう。申せ」

「はっ。……ファルト・マクスウェルに、お知らせしたいことがございます」

「俺にですか?」


 眉を寄せるファルト。

 なにかとやかく言われるようなことをしでかした覚えはないが。


 騎士は頷き、口を開く。

 彼の説明を聞くにつれて三人の顔から表情が消え、ファルトが目を見開いた。


「……何ということだ!」

「騎士団長から許可は得ております。……ファルト・マクスウェル。ロットナー嬢の元へ」

「っ、ああ! ……すみません、アステル様。席を外します!」

「もちろんだ。すぐに行ってやれ」


 いつも明るいアステルも重々しく頷き、一目散に駆けていくファルトの後ろ姿を見送った。

不穏

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