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婚約者とお出かけ2

お砂糖ドバァ

 ファルト一押しのハーブ料理には、アリアも大満足だった。


(同じハーブでも、調理法であんなにおいしくなるなんて……。湯通しすると独特の苦みが消えて、栄養素だけ残るものが多いんだ――今まで、洗うだけでほとんど生で食べていたから、若いシスターの子には食べ残してしまう子もいたのね)


 頭のメモ帳にハーブ調理法を書き込んでいると、馬車の向かいの席に座っていたファルトがふふっと笑った。


「……ねえ、アリア嬢。気づいていましたか?」

「湯通ししてみじん切り――え? 何を?」

「ほら、さっきあなたが店内にいたとき。周りの客たちは、それはそれは眩しそうにあなたのことを見ていたんですよ」

「……眩しそう?」


 慌てて自分の喉や腕を飾るアクセサリーを確認するが、ファルトはぷっと笑って手を振る。


「そうじゃないですよ。……あなたが食事をする姿や祈りを捧げる姿がとても洗練されてましたので、見とれていたのですよ」

「…………そんなことないかと」


 ランスレイにおけるカトラリーの扱い方などは、一通り習っている。アリアとしては、食事の際にもユイレのやり方が出てきてしまわないか必死なくらいなのに。


「いや、そんなことありますって。……あー、客は俺たちのことをどう思っていたんでしょうね。上品なシスターを連れ回す若造、とかかなぁ」

「まあ……ファルト様こそ、とても素敵な貴公子ではありませんか」

「あれ、そう思ってくれますか? ……でもね」


 ファルトはおどけたように言った後、どこか悪い笑みを浮かべてアリアとの距離を詰めてきた。


「前にも言ったかもしれませんが、なんかこう、アリア嬢と一緒にいるとわくわくするんですよ」

「わくわくするんですか?」

「わくわくというか――恋人をエスコートしているはずなのに、とんでもなく悪いことをしているような快感を得られるというか――」

「ファルト様、次の行き先はいかがなさいますか」


 ファルトの台詞をぶった切り、御者が問うてきた。


「宝飾店とのことですが、ここからですと大通りを迂回した方が早く着くと思われます。景観は損なわれますが、迂回いたしましょうか」

「……。……そうだな。なるべく馬車の揺れない道を選んで、迂回してくれ」

「かしこまりました」


 御者はファルトに向かってお辞儀した後、ふっとアリアと視線を合わせた。そしてファルトにばれないよう、ほんの少し笑みを寄越してから前に向き直る。


(……助かったわ)


 あのままファルトに喋らせていると、いつぞやのように怪しい雰囲気になってしまうところだった。

 アリアは胸の中で、空気の読める御者に対して感謝の祈りを捧げた。










 その後向かった宝飾店にて。


 アリアは悩んでいた。


「気に入ったのはありますか?」


 長身をかがめて、ファルトが尋ねてきた。ショーケースに並べられた装飾品を見ていたアリアは、どう答えようか返事に困る。


(気に入ったものは、あるけれど……)


 アリアは横目で件の装飾品を窺う。

 それは、繊細な銀のネックレスだった。


 円錐形の台座に飾られたネックレスには、指先でつついたような小さな宝石細工が付いている。ダイヤ型にカットされた宝石かと思ってよく見たら、それは花の形をしていた。こんな小さな花の形に加工できるものなのかと、アリアは驚く。


(それに、これは百合。女神様の愛を象徴する花)


 女神は花の中でも百合を愛していると言われている。ユイレの大聖堂は女神像の周りに様々な花を添えるが、その数でも圧倒的に百合が多い。大聖堂で修行したシスターが嫁ぐ際も、結婚式のドレスに百合を飾ることで女神の愛を賜れるとされているのだ。


 これくらいシンプルなネックレスならば普段から身につけられるし、百合をモチーフにしたものならばおつとめの際に外す必要もない。

 そう思って値札を見たのだが――


「ふぅん……このネックレス? 百合は女神様の花ですっけ」


 脇からひょいっとショーケースをのぞき込んだファルトは、アリアがじっと見つめていたネックレスを当ててしまった。


「可愛くていいんじゃないですかね。……これ、男性用は?」

「はい。男性用でしたら、鎖が太めのものをご用意しております」


 店員がそう言い、カウンターの棚から箱を持ってきて開いた。そこにはディスプレイされているネックレスと同じものが二つ並んでいた。片方は鎖が太めなので、こちらが男性用なのだろう。


 ファルトはペアになっているネックレスを見、ほうと唸る。


「これなら俺でも身につけられそうだな――」

「え、あ、あの、ファルト様」

「どうしましたか?」


 アリアがファルトの袖をくいくいと引っ張ると、彼は優しい笑みを浮かべてアリアの肩を抱き寄せた。


「他にも欲しいものが?」

「いえ、そうではなくて――その、確かにそのネックレスはとても素敵だと思うんですけれども」


(値段が……)


 アリアの懸念はそこである。

 ディスプレイされているネックレスの値札には、くらりときてしまいそうな数字が並んでいる。しかもこれがペアになるので、単純計算して値段も二倍である。そんな大金に触れたこともないアリアからすれば、豪邸でも建つのではと思われてしまうし、大聖堂何年分の維持費に充てられるのだろうかとついつい頭の中で計算してしまう。


 ファルトはアリアの視線の先を追って値札を見、「ああ」と何でもなさそうに言う。


「もちろん俺が出しますよ」

「いぅっ……こ、このお値段を……?」

「当たり前でしょう。未来の花嫁を飾るための金をケチるなんて、甲斐性のないことはしませんよ」

「……」

「アリア、これが俺たち貴族のつとめでもあるんです」


 不意に真面目な声になってファルトは言う。

「アリア」と、初めて呼び捨てにされたアリアは無意識のうちに背筋を伸ばし、緊張の面持ちでファルトを見上げた。


「確かに今のご時世を考えると、宝飾品に金を使うのをためらいたくなる気持ちも分からなくないです。特に、あなたのようなシスターの場合はね。でも、俺たちが持っている金をしっかり使うことで、国の財政は潤います。しっかり金を使い、しっかり金を回すことで国民たちにも金が行き渡る」

「あ……」

「一般市民が貯金をするのは、とてもよいことです。でも俺たち貴族の場合、ためすぎていても何もならない。貯め癖が付いていると、いざ金庫を解放せねばならないときに渋る人間になってしまう。持てるものを有効に使うのも俺たちの役目なのですよ」


 そう諭すファルトの口調は、どこまでも優しい。


(そうだ……私はもう、ユイレ大聖堂のシスターじゃなくなるのね)


 初夏には結婚して、侯爵夫人になる。ならばそれ相応の身の振る舞いを知らなければならない。


 反省と後悔で黙ってしまったアリアに、ファルトが慌てて付け加える。


「……ああ、そうはいっても何から何まで変わる必要はないんですよ。たとえばあなたが食事の際に祈りを捧げること、自分たちより身分の低い者にも平等に接すること、遠慮がちなこと。そういうのは持ったままでいてほしいんです」

「……いいのですか?」

「もちろん。あなたにとって困ったことがあれば俺がフォローすればいいのですし。そもそも俺は、あなたの献身的で優しいところに惹かれてるんですから」

「惹かれ……え?」


 さらっと投じられたファルトの台詞に、アリアは目を瞬かせる。

 幻聴だろうか。


(惹かれてる……ファルト様が、私に?)


「……ファルト様は、その、私のこと――」

「……ああ、そういえばあまりちゃんと口にできませんでしたね」


 ファルトはアリアに向き直り、ふっと真面目な顔になった。


「好きですよ。……最初は、シスターって聞いてどう扱えばいいのか迷ったけれど、あなたは優しくて真面目で信心深い、魅力的な女の子だと分かった」

「いっ!? ご、ごめんなさい! 私、もうすぐ二十歳ですし女の子なんて歳じゃ……」

「何言ってるんだ。俺から見れば――あなたはとても可愛い女の子だよ」


 ファルトの口調がついに崩れた。

 ついでにアリアの中でも色々なものが崩れた。


 顔が、熱い。火照る。

 視界がにじむ。

 頭がくらくらする。


 嬉しい。幸せ。

 泣きそう。


(ファルト様が、私のことを好いてくださる)


 こんな色気のないシスターなのに。

 田舎生まれの小娘なのに。


(私は……私は、ファルト様のことを――)


 言わないと。

 言ってくれたのだから、言わないと。


「……わ、私は――」

「ん、大丈夫。アリアは無理して言わなくていいよ。こんなに真っ赤になって――恥ずかしいんだろう?」


 ファルトの手が伸び、くしゃっと髪を撫でられた。そのまま手のひらが滑り、かっかと熱を放つアリアの頬へ触れる。


「……もう一度言うね。好きだよ、アリア。だからいつか――本当にいつか、気が向いたときでいいから、君が俺のことをどう思っているか、聞かせて?」

「え、でも――」

「大丈夫。これから俺たちにはたくさん時間があるんだ。君の言葉を聞けるようになるまでに、もっともっとたくさん好きって言って、甘やかして、俺のことしか考えられないようにしてあげるから」


「ね?」と左の耳元で甘く囁かれたとたん。


 シスターは、完全機能停止した。


 顔を真っ赤に染めたまま魂を飛ばす恋人を抱き寄せたまま、ファルトはしれっとして店員に言う。


「……ってわけで、そのネックレス購入するよ」

「かしこまりました。お名前やメッセージを彫りましょうか」


 店員は目の前で愛の劇場を繰り広げられたにもかかわらず、平然としている。中年女性の店員だが、彼女はこれまでにも客が店内で愛の告白シーンを披露するのを見てきたので、今さら何とも思わないのだ。


 店員が差し出した用紙にファルトが必要事項を書き、侯爵家の使用人によって会計が済まされても、アリアの魂は女神様の足下でふよふよと漂っていた。

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