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妙薬は口に旨し 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 こーらくん、お弁当の具を交換しようぜ〜! 僕の生姜焼きと、君のハンバーグでどうだい? サンキュー。それじゃ早速。

 お、すげー。豆腐ハンバーグだった。ほとんど肉のハンバーグと変わりない味なのにな。健康志向ってやつ?

 え? 気づいてなかったの? こりゃまた、何とも肥えていない、ご質朴な舌をお持ちで……。いや、けなしてないよ?

 こういう料理も、親の工夫の賜物だよね〜。ハンバーグ割ってみた? ひじき、そら豆、にんじん、しいたけ……単品で出したら、好き嫌いが分かれそうなものが、大量に仕込まれているよ。よっぽど、こーらくんに食べてもらいたいんだなあ。

 良薬は口に苦し、というけど、口当たりを良くしようとする動きは、いつの時代も探求されている。食べてもらえなきゃ意味がないからなあ。

 そんな「味」に関する話があったんだけど、聞いてみないかい?


 その村では、戦後から十数年ほど、冬鳥の狩猟が盛んに行われていたらしい。当時としては食糧かつ商品として、冬場で空気が乾燥しがちな人々の暮らしに、潤いを与える存在の一つだったみたいだね。

 鳥たちが集まるのは、山奥にある大きな湖。猟師たちは、毎日とは言わないまでも、獲物の影を求めて、しばしば足を運んだらしいんだ。

 

 ある日。猟師の一人が「翌日には帰る」と、みんなに言い残したまま、翌日になっても戻ってこなかったんだ。もしかして、湖でおぼれたり、山道の途中であやまって、がけから落ちたりしたのではないか、と人々は捜索に向かったんだ。

 彼は湖から数百メートルほど離れた、森の中で見つかった。大木の幹に寄りかかり、キイチゴの茎たちに囲まれ、右足は靴下も脱いだむき出しの状態。そのまま長座するような態勢で、眠っていたらしい。

 特段、けがをしている様子もなく、居合わせた猟師たちが肩を揺すると、彼はうっすらと目を開ける。そして、自分の右足を見て、驚きの声をあげたんだ。その足をしきりに曲げ伸ばしたり、ばたつかせたりしながら、

「もしかしたら、ここのキイチゴ。すごい効果を持っている」と。


 家に連れ帰って、みんなは彼から詳しい話を聞く。

 あの日。朝からずっと湖を見張っていたものの、鳥は一向に姿を見せなかったらしいんだ。昼頃まで粘って、ようやく湖に降り立つのを確認したものの、自分が待機している場所とは、反対側の岸にたむろし始めた。

 手にした散弾銃で狙うには、距離が遠すぎる。近づかねばと、木々や茂みで身を隠しながら進んでいたところ、うっかり地面に空いた小さい穴に左足を取られてしまい、ひねってしまう。

 痛みがひどく、立つことができなくて、最終的にあの幹に寄りかかったまま、ずっとあそこにいたらしいんだ。靴を脱いで患部を調べると、一目でそうとわかるほど、どす黒く腫れていたんだって。

 

 日帰りの予定かつ、いつも行く場所だからと気を抜いていたこともあって、食糧をさほど持ってきていない。くわえて、その日は急激にお腹が減って、持っていた食べ物を、あっという間に食べつくしてしまったらしいんだ。

 日が暮れていくにしたがって、いよいよ足の痛みは強くなり、座りなおすことすら億劫になってくる。お腹の虫を聞きながら、彼はそれまでさほど気にしていなかった、周囲の地面に生えている草を、じっと見つめて気がついた。

 キイチゴがなっている。親指の先ほどの大きさだが、いくつかは手を伸ばせば届くような位置にあった。

 

 キイチゴは普通、夏や秋に採れる。もしかしたら、フユイチゴだったのかもしれないが、彼はほとんど本能的に、そのキイチゴを一つもいだんだ。ぶどうのように無数の粒になった実を、鼻に近づけて臭いを嗅ぐ。別に変なにおいがするわけでもなく、彼はそっと実をかじってみたんだ。

 やや苦みを帯びた味。飲み込んだ後も舌先に残る、かすかな刺激。舌を転がすと、すっとした香りが、鼻とのどをくすぐっていく。そのまま二つ目、三つ目につい手を伸ばしてしまいたくなる、不思議な味だったという。

 彼はそのまま、手近になっていた実を、つい5つほどかじってしまった。その間、彼の頭上を、湖にいたと思しきガンたちが、「ガアガア」鳴きながら飛び去っていったらしいんだ。ほどなく、例の患部がじんじんと痛んできたが、それ以上にまぶたが重い。

 まもなく眠気が痛みを押し切って、先ほど、起こされるまで寝入ってしまっていたらしいんだ。その時、自分の右足の状態を見て、驚いたというわけらしい。

 

 彼はそのキイチゴらしきものを絶賛したが、実際、どうなのだろうか。効果に疑いを持つ者たちによって、彼のいう場所にあるキイチゴが収穫され、けが人を使って実験してみたんだ。治癒効果が出たのは、ほぼ五分五分だが、効果が出た者には共通点があった。

 それは自分の家に、飼いならしたガンである、ガチョウが番犬代わりにいたということ。その鳴き声を聞ける状態にあった者にのみ、例のキイチゴは治癒効果を発揮したんだ。

 もしやと思い、先ほどの実験で効果が見られなかった者を、ガチョウの声が聞ける環境においたところ、その怪我は一晩で治癒したという。健康な者が食した場合も、身体の疲れやだるさが、一晩で吹き飛んでしまうほどだったとか。


 これは大発見と、一部の人々は、例のキイチゴとガンを抱き合わせて売ることを提案し始めた。同時に、効果を失わずに、キイチゴを更に口当たりの良いものにできないか、という加工方法の研究も続き、狩猟のかたわら、人々はキイチゴへの工夫を凝らしていったらしい。

 やがて春が近くなり、実験を重ねて、いよいよ商品として売り出そうとしたのだけど、直前になって、計画はとん挫することになる。

 

 最後の実験として、人々がキイチゴを食した時のこと。様々に手を加えてみたが、いずれも効果が失われることがわかり、キイチゴはそのまま詰め合わせて売られる方針が決まっていたんだ。

 キイチゴはいつもに比べて、とても甘い味がした。これまでは苦みがどうしても抜けなかっただけに、人々は不審に思ったんだ。そして、それはすぐに現実になる。

 ガチョウが鳴き始めたとたん、一人、また一人と地面に倒れて、嘔吐しながらケイレンを始めたんだ。周りの者がすぐに病院へ運んだのだけど、間に合わずに亡くなられた人もいたらしい。ドクゼリを摂取した時の症状に似ていたが、原因物質であるシクトキシンは見つからなかった。

 

 例のキイチゴを処分しようと、人々が自生した場所に急行した時、いつもは湖のほとりをうろついたり、湖面を泳いでいたりするはずのガンたちが、キイチゴたちが生えている場所に、まるで市場でもあるかのように、わらわらと群がり、埋め尽くしていた。

 彼らは人々の姿を認めると、フンを残して、次々に飛び去って行く。そのフンの中には、あのキイチゴの実の中から見つかった種たちと同じものが、ふんだんに混じっていたんだ。

 

 そしてガンが保護鳥として、狩猟を禁止されるのは、もうしばらく後のお話。



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