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空は知り尽くしていたからこそ

 私たちは施設の端から端まで慎重に探して回っていった。しかし、目的の魂が見つかることはなかった。

「もうここにはいないんじゃ……」

「いるはずだよ。他はまだ被害が出てない」

 一周してあったのは死んだ人だけで、何かが起こるわけでもない。しかも、H区は他の区と比べると広くないため、遭遇しやすいはず。ましてや、相手は一つの区を全滅させるほどに好戦的なのに、こっちに接近してこないことがあるだろうか。

「僕が魂を感知できる距離は二十メートルと少しだよ。一周して、会えないこともあるさ。それに……」

「それに……って」

「何ですか?」と疑問を口に出そうとした。


 しかし、首筋に当てられた金属の冷たさが押し戻した。体は動かせない。どの間接も一定以上は動かない。これは、魔法による固定だ。

「人の索敵範囲を音もなしに一気に詰める、厄介極まりないね、君たち四人は。しかも、いきなり真後ろから刃物を突きつけるのもいる。僕は」

 四人か。私と空さんに一人ずつで、他二人は……分からないな。潜伏用の魔法が使われているのか気配は一つも掴めやしない。

 とりあえず、死なないこと優先だ。空さんが動いたのと同時に、無理矢理にでも魔法を振り払おって、防御に徹しよう。

「早く、殺したら? もしかして、平和主義者?」

「ああ、そうだ。俺達は世界を乱す邪神から、民を守っているんだ。だから、平和のためにも一つ頼みを聞いてくれないか?」

 敵の一人が空さんの皮肉な煽りに応えて、姿を現した。そして、さも自分達は善人であるように語った。その下劣なにやけ顔を見れば、真実だとは到底考えられない。

「もう、遅いよ」

 目の前の男が体制を崩す。戦闘開始だ。

 まずはこの魔法の拘束を解く。力ずくで破ってやる。そう意気込んだ途端に体の自由が戻ってきた。

「ん?」

 視界をぐるっと回せば、敵らしき男が四人倒れているではないか。どうやら敵は既に死んでいたらしい。結局のところ空さんの障害になるものは無い。私を連れてこなくても良かったのではないか。

「富士見、僕はできることなら言葉を嘘にはしたくないんだ」

「それはどういうことですか?」

「本当に、ごめんね」

 空さんの手が私の胸に翳される。

 そして、流れてくる、力が。今まで片鱗しか見えなかった広大な力が私の魂を巡る。まるで自分が世界にとって大きな存在であるようだ。今私は全知全能となり、天に連れてこられた気がした。そして、私の意識は溶かされていく。


「なんでここに……」

 ぼんやりと意識が戻る。自分の部屋の布団に私は寝かされていた。

 部屋の壁が虹色の光を浴びている。カタカタと雑音が聞こえる。

「疲れた……かな」

 私は再び目を閉じ、眠りについた。


 誰かに起きろと呼び掛けられた気がして、体を起こす。寝起きだというのに、妙に感覚が冴えている。一度目に起きた時の疲れはどこへ行ったのだろうか。

 まあそれはともかく、どうして私はここに戻ってきてるんだ? 気を失ったのは確実。普通なら部屋じゃなくて医療設備があるところに運ぶはずだけど、空さんは身体には異常がでないと確信していたのだろう。なにせ、空さんのせいで私は倒れたのだから。

 少し状況を整理した所で、ドンドンと誰かが扉を叩いた。私は若干の不信感を抱きながら、扉へと近づいていく。

「僕だ、入るよ」と空さんの声が扉越しに聞こえた。

「違う」

  不信感は敵意に変化し、体を動かす。爆発でも起きたような轟音とともに扉は蹴り飛ばされる。

 通路に出ると逃げる空さんの姿が見えた。私はすぐさま走り出す。一本道の通路で目の前の男を追い続ける。男の走り方は初めてのようにぎこちなかった。さっきからこけそうになって走っている。だが、たった五、六メートルの距離が縮まらない。

 突如、男がこちらに転身し、体制を低くしてブレーキをかける。私はダッシュの勢いをのせて顔面に膝蹴りを食らわした。男の顔に一撃がめり込む。私が脚を戻すと男はその場に体を伏した。

「無理に耐えようとするから……」

 さて、こいつをどうしようか。とりあえず、本物の空さんにこの事を伝える。そう思って服の中に手を入れるが、当然端末はない。部屋から飛び出て来たのにそんな都合がいいわけないか。まったく、こうなるから他にも連絡手段を用意してくれと言ったのに。

 部屋に戻らなきゃ。引きずったら起きるかもしれないし、魔法で移動した方がいいか。

 床に魔力を垂らし幾何学模様を広げる。魔力を感じながら想像を魂に浮かべていく。感覚は魔力の中に落ちる。従うべき意志を見つけた魔力は想像を承け、現実と為す。私は転移する。


「君が起きなきゃ、彼はずっと一人だ」

 声が響いた。ここはどこだろうか。魔力の中に似てる気がする。でも、あれよりかはずっと深くてぼんやりとしてる。

「ほら、彼は君に会いたがってるよ」

 彼って誰?……


 私は部屋の真ん中で倒れていた。何時間気を失っていたのかは分からない。

 魔法を使うのに少し深く浸かり過ぎたか? そんなのありえない。それがありえるかも。

「それにしても、さっきから何が起きてんの。もうさっぱりだよ」

 考えるより空さんに直接聞くのが遥かに早い。そう思い、自分で答えを見つけるのを諦めた。そして、空さんとの通信を試みる。

「生きてますか?」

「おはよう。僕は生きてるよ。だから、殴りにでもくればいいんじゃないかな」

 ふざけた態度に、挑発的な発言。声だけ本人だ。忘れていたが私はこの野郎をぶち殺さなければいけないんだった。

「待ってて。望みどおり、切り刻んでやるから」

「じゃあ、トレーニングルームで」

 私は愛刀を腰に指し、駆け出した。


「罠くらい仕掛ければ良かったのに」

 入っても何も起こらない。場所を指定したし、あると思ったのに。

「僕自体が罠さ」

 何を言っているのかは分からない。そもそも聞くに値しない。偽物には死を与えるだけだ。


 鯉口を切り、相手の動きに注意を払う。

 男との距離は九メートル程度。得物も出さずただ棒立ちしているだけ。刀の間合いが狭いとはいえ、敵の前であちらから攻めてくる気配はない。かと言って、反撃を狙って、攻撃を待っているようにも見えない。

 視線を確認しようとして、目が合う。無表情で悟っている風な目をしている。男はずっとこっちの顔を見ていたようだ。今手にかけている刀など眼中にないらしい。それほど防御に自信があるとでもいうのか。


「敵を切るとき、そうやって考えてただろうか? いや、そんなことない。敵には無慈悲だったでしょ。千万人を二週間で斬り終えたらしいね。でも、僕はまだ生きている。お前は刀すら抜いてない。なんでだろう?」

「挑発なんかして、そんなに死にたいか?」

「そうだよ。でも、そんなのはどうだっていいでしょ。今、僕の生死を選べるのはお前だけなんだから。しかも、僕は虫なんかと大差ないさ。あっても、消えても、なにも変わらない。だからこそ、お前は何にも縛られず選べる」

 選ぶのか……なら……

「殺す」

 金属が擦れる音と風斬り音が響いた。同時に男の右腕が落下する。遅れて頭が転がり落ちた。倒れた体から血が噴出し、床には紅の円が広がっていく。

 刀を肩に担いだ状態で、血の中に足を踏み入れ、屈み込んだ。腕や顔に触れて、脈拍と呼吸が停止している事を確認できた。もう警戒する必要もないため刀を鞘に納める。


 死体を見る限りでは空さんだ。しかし、先ほどまでその胸中に潜んでいたのは、別の存在だった。

 このご時世、魔法で容姿はある程度自由に作れる。魔方陣に頼らなければ、発動や制御の難度は跳ね上がるものの魔法の自由度は高くなる。とは言え、ここまで精細に再現するのはほぼ不可能。

 ここにある肉体は紛れもなく空さんのものだ。ならば、ここに入っていたのは誰なのか。空さんの魂はどこにあるのだろうか。

 男は知っていたのだろう。

 問い質そうにも、私はその仕方を知らない。

 肉体の死後、ニ十分程度であれば魂は捕縛できる。迅速な対処を行えば記憶や人格が崩れる事もない。これは空さんの魂論理に基づいた検証結果らしい。

 だが、その技術を持っていない。あるのは上っ面の知識と貰った力だけ。それを扱う知恵が足りないのだ。そもそもそれを求めているわけではないのだ。

 当時十三歳の普通の少女を選ぶ理由は他にある。救ってくれた彼には悪いが、いまだによく分かっていない。


 思考は無駄だ。正解にたどり着くには、無知は博識にならうしかない。しかし孤独ならば、無知は場を荒らして手にいれる。

 まだ十代なんだ、行き当たりばったりでいい。さっさと体を動かせ。間違いに惑うな。世界が壊れるまでは次を試せる。


「少しはまとまったらしいね」

 男は入り口を塞いで、声をかけてきた。

 無論死体は今もそこにいる。空さんの姿をした男もここにいる。死んでから誰かしらに魂を移して貰ったということか。それにしても、魔法で特定の一人を忠実に再現するのは不可能だと思っていた。

「魔法なんてそんなのは使ってはないよ。クローンらしい」

 クローン? 近接武器で殴りあい、魔法を打ち合う世界だけど、機械はある。いても不思議ではないな。

「それはわかった。で、あんたはなにもの?」

「とりあえずここから出ようよ」

 言葉とともに手が差しのべられる。だがそれを取ることはしない。容赦なくはたいてやった。

 男はそんな私を眺め、不適な笑みを浮かべている。

 悪意や敵意は感じないが、気味が悪い。

「僕の顔がゴミに見えてでもいるのかな?」

 しばらく私が顔を見ていると、男はそんな事を言った。顔にゴミが付いていると言いたかったのか、冗談なのかは判断しがたい。行動を共にする男が前者ほど、間抜けだとは思いたくないな。

「空さんと同じ顔がゴミに見えるわけない」

「まあ、そうだね」

 そっけない返答の効果か、男の表情は平常に戻った。ずっとこの表情をしてればいい。

「そろそろ、いこうか。時間はあまり無いんだ。魔法で転移したい。だから魔力を分けてくれないかな?」

「了解した」



 これが私の人生において二度目の転機である。

 この先は思い出せない。憶えているはずなのに。酷い結末が待っていた気はする。

 それでも私は、すべての過去を糧に進みたい。そうしない限りは私の人生はバッドエンドのままだろうから。

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