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 なにも見なかった。聞かなかった。触れることもなかった。

 でも、ある時なにかを感じた。確かにそこには何かいるのだと。それがなにかを知りたかった。だから、近づいてみたんだ。

 そしたら、どこかへ消えてしまった。そのあとも何度も……


「開けてください。帰って来たんで」

 私は厚い機械仕掛けの扉の前で、小さく呟いた。

「はい……。って、富士見ちゃん! まだ半年ちょっとだよ。流石、最終兵器と言われるだけはあるねぇ」

 頭上から騒々しい声がなり響く。まったく、この人もここのスピーカーも音量を間違えてるでしょ。

「期待の新人をからかうのはいいですけど、早く開けてくださいませんかねぇ」

「富士見、自分で言うのはどうかと僕は思うよ」

 今度は違う声が降ってきた。(ソラ)さんの声だ。あの人がコントロールルームにいるなんて珍しい。彼は普段は小難しい理屈をこねては、またこねて、始終意味不明な研究をしている。そのため、あまりいろいろな場所に顔を出さない。

「それより、後ろにいるのは誰かな?」

 咄嗟に斜め前方に跳ぶ。振り向きながら五歩分ほど跳んだところで着地した。それと同時に腰に指した刀を抜き、構えを取る。

 五感だけでなく複数の感覚を使い、敵の気配を探る。

 固唾を呑む。

 呼吸を整える。

 目を瞑る。


 目を開く。そして、思い切り空気を吸う。

「何もいないんですがぁ!」

 空気に声を乗せて叫んだ。

「そうじゃない。そこに魂が浮いてるんだ」

 何を言ってるんだ。魂は肉体がないと存在を保てないと言ってたのは、あんたでしょうが。

「空さん。心霊とか好きでしたっけ?」

「ああ、好きさ。そういうのが面白いんじゃないか」

 あーあ、目をつけられちゃったよ。私の横に漂う魂さん、ドンマイ。


「オラァ、死ねぇ! 雑魚は早く諦めて回線切りやがれ! 私には撃ち勝てねぇんだよぉ!」

「休みを楽しんでるみたいだね」

 背後から声が聞こえた。

「え……?」

 私は恐る恐る体を後ろに向ける。そこにいたのは空さんだった……。

「人の部屋に急にワープしてこないで下さいって……言いましたよね?」

「君は僕の部下でもあるが、研究対象だ。いつだって見ている。だから、そう恥じる事もない」

 そういうことじゃありません。別に私はプライバシーがどうのこうのなんて言いたい訳じゃないです。急に現れると驚くから止めてと言っているんです。

「君に見てもらいたい物がある」

 空さんは唐突に話を切り出した。この人が外に出て来たなら何かしら用件がうのだろう。そんな私の予想は的中した。そして、時々出る好奇心に満ちた声は、発見や研究の進展を意味している。

 このS.A.G研究所には昔都市伝説のようなものがあったらしい。いくつかは今も残っている。その一つにこんな物がある。

【ある研究者の研究に付き合うと五割の確率で死にかける】

 私はこれを、ここではとても危険な研究を行われることもある、ということを伝えようとしたのだと信じたい。決してそのある研究者が目の前でにやにやしている人だとは思いたくない。

「じゃあ、行こうか」

 床に魔方陣が展開される。どうやら拒否権はないようです。


 ワープした先は大きなモニターが一つ有るだけの部屋だった。

「てっきり危険な実験かと思いました……」

「君にとっては安全だと思うよ」

 君にとっては……またこの人は変な言い方をする。


 モニターに映像が流れ始める。どこかの食堂のようだ。どうやら時間帯は昼らしく、昼食を食べに来た人達で賑わっている。

「これはH区の映像だ」

 Hってことは……隣。こっち側も巻き込まれないといいけど。


 そんなことを考えていると、突如異変は起きた。

 まず一人が倒れたかと思うと、また一人、また一人と眠るように倒れていく。

 この様子だとH区はもう全滅しただろう。なにものかが侵入してきたとすれば、とても深刻な問題。でも、この人はそんなことに興味を示す性質じゃない。むしろ彼にとっては面倒なことの部類に入るのを私は知っている。

「死体は全て魂を抜かれていた。そして、そこには器すら持たず佇む魂。最近、研究にも飽きていたものだから、丁度良かった。これこそ、僕が望んだ魂だ」


 そう、彼は求めている、理から外れる存在を。


 もし見つけることができたなら、理解しようと試みる。そして、新しい理を生み出してしまう。その時彼は「楽しかった」と呟く。

 スキル。

 魔法。

 この二つを編み出した時ですら、研究に費やした時間を「楽しかった」と思い返すだけだったと思う。


「まあ、僕は調査に付き合ってほしいだけなんだ」

 彼は漸く、要件を言った。

「私じゃなきゃダメですか」

「君は特別だ。それに信頼できる。承けてくれるなら三回分のスキル付加を約束する」

 三倍なんて関係無い。私には実質選択肢が一つしかない。ここで彼を失わってしまえば、私のやってきた事が無駄になる。望みを叶える希望は、彼の技術だけなのだ。たとえそれが、この戦争を引き起こした忌々しい力であっても。

「わかりました。着いていきます」

「ありがとう。君の安全は保証するよ」

「私が死んだら、私の夢は任せます」

 返事は無い。


 この後も話は続いたがそのほとんどは空さんの小難しい話で、肝心な調査自体についてはあまり触れなかった。そもそもこの人は研究者の皮を被ったサブカル厨二病でしかないため、計画性は皆無である。

 こんなので本当に大丈夫なのだろうか。私は不安を残したまま一日を終えることになる。


  何かが落ちたような音が体に響き目が覚める。私は背中を冷たい床に向けていた。そして、見えるのは椅子に座って私を見る青年とベッドのみ。

「もしかして私落ちましたか?」

「落ちたよ」

 そう、私は疲れからか、不幸にもベッドから落ちてしまったのだ。

「ずっと見てたんですか?」

 床に寝そべったまま、頭上の空さんに聞いてみる。

「僕は着替えて来る。君も準備をしてて」

 答えることなく行ってしまった。また彼は何も明かさず消えてしまう。

 仕方がないので私も用意を始める。といっても、着替えと武器の点検ぐらいしかやることはない。服など動きやすければいい。だが武器だけは毎日見なければならない。

 愛刀を抜いて、その刃を見つめる。刃は私の目を反射した。大丈夫だ、目も……魂もまだ死んでない。


 H区の扉の前に着いた私はその光景を見て、少しの間唖然とした。全貌が見えそうもない規模の結界が張られていたのだ。

 うるさい扉の管理人ことトーヤさんは、仲間たち五〇人と事件が起きてからずっとこれを続けているようだ。

「これは何の意味が?」

 私は横に立つ空さんに聞く。

「器として認識してくれれば、動きを封じられる。なにもしないよりはいい」

 ジャージ姿で何も持ってない人が言っても説得力はないと思う。

「死なれたら困るってのに」

「じゃあ、行こうか」

 空さんは私の愚痴を案の定無視した。そもそも本当に聞こえてるのか? まあ、この人は生きていてくれるだろうけど。

 空さんはが結界に穴を開け、一歩結界の内側へ入る。そして、私が続こうとした時だった。

「僕にだって見たい世界がある」

 彼は呟く。そして、立ち止まったまま語り始める。

「それはどんな魂も創造を止めない世界。ただ、僕じゃ作れない。スキルや魔法なんて魂の本来の力に比べたら、希薄なものなんだよ。それどころか、中途半端な思いから染み出た力は、この世界の破滅を加速させるだけだった。この世界で生き抜くために、力を得るものが増えれば、さらに拍車がかかった。だからこそ、僕はもうこの世界を諦めて、新たな創造を求める。今だって僕は可能性を逃がしはしない」

 彼は開かれた扉の向こうへと進んでいく。私も一瞬遅れて一歩踏み出した。

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