呆気ない
遅くなってごめんなさい。
何もない。ただ広い部屋だ。見回しても、家具はないし、この石壁に窓は付いてない。あるのはドアと照明だけだ。
「靈さん、零固さん、付いてきてください」
案内役の職員が来た。今回は問題なく転移させてくれたようだ。
案内役に続いて、部屋を出た。そこには、酒を飲んで酔っ払った奴、騒いでる奴、遊んでる奴しかいなかった。こいつら戦場に来てることを忘れてるのかな。こんなんで大丈夫なのか?
「いつもこうなのか?」
僕が言おうとした事を零固が先に言った。やっぱりそう思うよね。
「まあ、そうですね。いつもはもう少しマシですけど、今日は酷いです。これ、部屋の鍵です。良かったらそちらへ」
「じゃあ、俺はそっち行ってるね」
零固は鍵を受けとるとすぐに行ってしまった。場所も聞いてないのに。
零固は行ったけど、僕はどうしよう。敵を少し見てくるか。
「白の奴らってどこにいるの?」
「地図を持って来ます。すこし待っていてください」
取りに行こうとした職員の腕を掴む。
どことは言ったけどさぁ、僕は場所が知りたい訳じゃないんだよね。分かりづらくてごめんね。
「必要ないよ。僕を白の奴らのいる所に転移させてくれるだけでいい」
「えーと、ですね。前線に行くのは明日なので……」
作戦の予定だとそうなんだろうね。でも、僕はこんな所で無駄に時間を食うわけにはいかないんだよ。
「早くしてよ」
「それは……で、できません」
目を逸らした。そこは僕の目を見て、きっぱりと言い切らないと。
「おい、止めろよ。困ってんだろ」
腕を離して、後ろから聞こえた声に振り返る。
僕を睨む男。自分が良い事したと思ってるのかよ。ああ、面倒くさい。
「僕は早くここの仕事を終わらせて次にいきたいだけだよ。別に困らせたい訳じゃないんだよねぇ。だから、僕を今すぐ転移させてくれよな、頼むよ」
とか言ったけど、駄目です、と断られるよね。どうしたものか。
「そもそも、俺達勇者が一人で行って、敵の神を倒せると思ってるのか」
もしかして、こいつら神じゃないの? この職員は神だろうけど、他の人たちは違うのかな。
てか、僕も勇者だと思われてるのか。僕には覇気とか風格とか無いという事ですか。
「僕は転生神だよ。証拠もある」
僕が職員と勇者のにカードを見せると、二人はそれぞれ違う反応をした。
「すいません。でもやっぱり、作戦を乱したりするのは良くないと思いますけどね」
勇者はそのままだ。どうやら、相手が神かどうかなんて関係ないらしい。むしろ、こういう人は自分より上の人に歯向かったりするよね。
それを表すように、いっそう強く睨んでくる。
対して、職員。汗を流し始め、瞬きがだんだん増えてきている。そして、足が震えている。
そこまで焦ることじゃない思うけどね。まあ都合がいいね。
「早くしてくれるかな」
「は、はい」
魔法陣の青い光に照らされる。僕は目を瞑る。
目を開けなくても分かる。さっきの賑やかさは消え、空気が重い。ここは戦場だ。
この世界に来た時と同じく、石の部屋だ。若干ひんやりしてるかな。
外に出ようと、扉を押そうとした。だが、止めた。
魂の反応が、扉の向こうで、待ち構えるように二つ、一応神と呼べる程度の大きさか。この世界はスキルをより多く付けて、基本性能を上げられるかだ。よって、こいつは弱い。
まあ、固有のスキルを持ってる可能性もあるけど。
「僕は味方だよ」
扉の向こうの二人にそう言った。返答は……木の扉を突き破る槍。
横に回避し、抜いた杭剣を槍に当てる。そこから魂を捕喰。
武器を通して触れるだけで、脱け殻になってしまうほど弱い。
もう一人は、撒き散らした僕自身の魂を通して捕食する。
触れずに殺せてしまう。やっぱり弱すぎる。
敵は処理し終えたので、扉を開ける。敵のではない死体が三つ。どれも外傷が全くない。まるで、魂を抜かれてしまったようだ。
要塞内は静かだ。街や家もあるが、生活音すら聞こえない。あるのは、死体ばかりだ。それらの死体からは戦闘なんて想像できない。むしろ、この人達の日常が見えてくる。いかにも、中世の街という感じだ。
ここの人たちは皆、敵に気づくこと無く殺された。しかも、無傷で。
もしかして……犯人は僕……なのか。ないです、常識的に考えて。きっと、僕と同じことができる奴だろう。零固が生まれた原因のあいつ。または、あれか。
どちらにしろ、もうここにはいないみたいだから、予定通り敵の拠点に行くか。地図とコンパスがあれば行けるかな。
無事到着、敵の拠点の中に潜入成功。だが、人が生きている気配は無い。白側もやられてるという事はあれで確定だ。ついに動き出したのか。
そういえば、最初の二人は何だったんだろうか。ただの生き残りかな。
とりあえず、最初のところに戻ろう。
「動け」
こっちはあんな事があったとは知っている訳もなく、賑やかだ。
「皆さん、報告だよ。敵も味方も全員死んでたよ!」
部屋にいる全員が一斉に振り向いた。さっきの職員に言っただけだから、お前らは反応しなくていいんだよ。
「って事なんで、次の場所に転移させてくれませんかね!」
「その前に、説明を……」
職員はおどおどしながら言った。もう諦めて素直に従おうよ。
「見る方が早いよ。だから、さっさと僕を次の戦場に行かせて」
言い終えると同時に、杭剣を向ける。脅すのは好きじゃないけど、早いだろうからね。
「分かりました」
声が震えている。足も震えている。大袈裟過ぎるよね。
魔方陣が展開される。そう、それで良いんだよ。
それから、白の勢力の拠点に行っては、魂を捕喰して。それを繰り返した。その結果、わずか二日間でこの世界から白の勢力は消えた。
その後も、いろんな世界で同じ事を続けた。そうして、戦い続けて一年半。ついに、目標の一つが達成されようとしていた。
戦争の終結だ。
「靈くん、零固ちゃん、準備整ったー?」
「寝みぃ」
零固は大きく欠伸をした。
おいおい、白側の代表と会うんだよ、そんなで良いのか。
「おーい、靈くん?」
さっきから僕に声を掛けてるのは、前にパラシュート無しスカイダイビングを、僕にやらせた職員だ。
気づいたら僕たち二人の専属になってた。名前はトール。転生で見た目は、変わってしまったが、日本人だったらしい。
あと、なぜだか僕をくん呼びするようになった。本人曰く「こっち、先輩。そっち、後輩」ということらしい。全然分からん。
「僕は大丈夫だよ。ケテルの所でしょ、早」
ケテルの部屋に着いた。また、急に転移したよ。もう慣れたけど、話してる時はやめようよ。
「お前ら、おはよう。これで全員だな」
「おはよう」
「おはようございます。ケテルさん」
いや、零固、お前も挨拶ぐらいしろよ。いくら眠くても挨拶ぐらい返せるでしょ。
それよりメンバーは黒の王冠全員か。ケテル、ハッセン、ビウン、サイスさん、トール、零固、僕の計七名。
「じゃあ、行きます」
まただ、全員に挨拶するのを待ってくれたって良いじゃないか。まあ、昨日全員とちょっとずつ話したけど。
「どうも、黒の皆さん。俺はクタンです。来てくれてありがとう。歓迎するよ」
そう言ったのは、最初の出撃で、ハッセンを簡単に貫いたやつだ。その後も、何度か戦ったが、唯一捕喰できなかった敵だ。
まあ、いても自然だよね。こっちも強い人ばっかりだし。
「俺は黒の王冠のケテルだ。よろしく」
「では、案内しますよ」
僕たちは男に付いていく。白い道を歩いていく。
「着きました。入っていいよ」
そう言われて、ケテルたちは部屋に入って行くが、僕と零固は待機だ。何でか知らないけど。
「あれ、裏切り者さんは入らないの?」
「入らないよ。それに、もう裏切り者じゃなくなる。戦いは終わるし、無を殺すために協力することになるだろ」
これから、協力する予定なのに、裏切り者は止めた方が良いでしょ。戦いが終わった後もこんなんだったら、また戦争が始まりそうだ。
「分かんないよ。俺達が嵌めたかもしれない」
「そんなの得にならないでしょ」
そもそも白側は、僕と無の攻撃でもうボロボロだ。このまま戦っても、負けることは確定と言っていい。だから、敗北を避け、和解という形で治める事ができるこの機会を、逃しはしないだろう。
逆に、黒側は無の襲撃が比較的少ない。また、ケテルの魔法により、産み出したものを使えば、戦力の消耗を押さえられる。零固も使えるから、戦力に問題ないだろう。
なぜ、この状況で、黒側は和解という道を選んだのか。不思議だけど、戦争が終わるなら、何でもいいや。
「で、そっちは入らないの?」
「俺は入るよ。ただ人を待ってるんだ」
暇だから、もう少し話してようかと思ったのに。残念だ。
「おーい、こっちにいるぞ」
クタンが歩いている女を呼び止めた。なんか見覚えがあるような。
「兄さん、なんで呼んだんですか?」
女はこちらに走ってきて、クタンにそう言った。聞き覚えのある声だ。
「紹介しなくてもお互いに分かるよね」
女の顔を見る。目が合った。知ってるけどさぁ、ここにいるのは可笑しいでしょ。ダメじゃないか、死んだ奴は出てきちゃ、とは言わないけどさ。それより、お前らは兄妹なのか。
「なんで生き返ってんの?」
別にこれは威圧とかではなく、率直な疑問なんだよね。目の前の女こと、エリアはクタンの後ろに隠れてるけどさ。
「知りたいなら、来いよ。エリア、行こうか」
クタンとエリアは、部屋に入って行った。こんなの行くしかないよね。
「零固、行くよ」
「了解」
僕たちも部屋に入って行く。僕は知りたかった。分からないのは、嫌だからね。