僕
短めです。
本体が寝たことで、思考の流入が治まる。感度はこっちに向けて言ったのでなければ、聞こえないぐらいには落とせた。それでもたまに聞こえる思考は僕を不快にさせる。あっちは聞こえていないようで羨ましい。
こんなことより、まず何が起きたかをを確認しておこうと思う。
最初に僕という存在について考えようと思うのだが、こいつは結論が出ている。
僕の大半は本体が喰ってきた他の奴らの精神だ。そして、少しの僕が混ざりあって、僕の精神ができた。
今までは壊した精神を自分の支配下に置くように取り込んできた。しかし、今はそれぞれの精神の欠片が混ざり合っている。でも、やはり一番影響力が強いのか、元の僕が人格のベースになっている。
不快感はあるが、 この自分が自分でない状況で僕は平然としている。それは僕がもう僕として破綻していることを意味している。
でも、僕は僕に戻るつもりなんてない。新しい一つの人として生きていけばいい。
次に何が起きたかについてだ。
これは簡単だ。前回の戦闘と同様に、あの男が元の僕の魂を押しつぶそうとした結果、絞り出された他人の魂に一滴僕の魂が落ちた。それによって男に吸収されるはずの自我を失った精神達は僕となり、反撃をすることができた。
この分離するまでの元の僕としての記憶は全て残っている。失っていた部分もだ。
今までの自分を思い出すとあの時は感じなかった奇妙に感じる。何がではなく全体的にだ。
さあ僕も疲れたし、寝ようか。
今、僕はケテルの部屋にいる。朝書いた報告書を渡し、二人目の僕について説明するためだ。
ケテルに報告書を渡し、僕は話し始める。
「報告書にも書いたけど僕は二人になったんだよね」
ケテルはパラパラと紙を捲るのを止め、若干睨みながらこちらに顔を向けた。
「僕の魂が分裂した。もう一人は今寝てる。詳しくは報告書一六ページを見て」
ケテルは再び、報告書に目を向けた。
一番下まで読んだ後、ケテルは髪をかきながら言った。
「靈、もう一人と話させてくれ」
「僕がそうだ。何を聞きたい?」
また、口が勝手に動いた。驚くから止めてほしい。
それ以前に、起きているなら深刻しろよ。こっちは思考が読めないんだから。
「お前は、靈か?」
その問いを聞いた時、僕の視界が一瞬揺らいだ。一度目を閉じ、視界をリセットする。
(安心しろ。お前は間違いなく古城靈だよ)
そうだ、僕は僕だ。しかも今のは僕に対する言葉じゃないのに、何動揺してるんだよ。もっと堂々としないと。
(あと、少し体を貸して)
もう一人の僕はまるで自分の体では無いかのように言う。
僕は少し不安を感じた。今横にいるのは、僕を乗っ取ろうとする他人なのではという考えがよぎる。考えを読まれている事を思いだし、これ以上考えるのを止める。
体が思い通りに動かなくなる。操縦を代わって、僕は横見ているだけ。そんな感覚だ。
「僕の人格とかの素は確かに靈だ。でも、別人と考えてくれていい。そうだな……零固って呼んで。これからは一人称は俺を使っていこうと思う」
僕が少しでも混ざっていると知り、それはそれで不安になる。
だが、もう一人の僕は零固と名乗り、一人称も変えると宣言した。この発言は明確に僕との区別をつけるためだろう。他の人には分かりやすくするため、と思えるだろうが、きっと僕のため言葉だ。
ケテルは少し戸惑った様子を見せたものの、すぐに話を再開した。
「零固、お前はそのままでいいのか?」
「ケテルは割りと鋭いよね。俺はね、この体から出て新しい何かになりたい。隣人の靈とは逆だ。で、早速だが人型の新しい体が欲しい。できるよな?」
零固が言い終わると、ケテルが突如笑い始めた。こんなに楽しそうなケテルは見たこと無いかもしれない。
「靈より面白れぇな、お前。いいよ、すぐにやるよ」
ケテルはいつもより楽しそうで、気前もいい。すげぇよ、零固は。
それにしても、体をいったいどう用意するのだろう。
(まあ、少し待てば分かるよ)
何か知っている風に言っているが、お前はなにも知らないだろ。
(知ってるよ。あれがこれされてそれになるんだ。そうして)
零固がさっきから、あれこれそれと言ってるがどれか分からない。あいつ自身も適当に言ってるだけだろう。
そんなくだらないやり取りをしているとケテルは爪を噛んだ。そして、勢いよく剥がした。
血が飛び散ると同時に、部屋の至る所に紫の魔方陣が展開される。
全ての魔方陣が、違う形をして、大きさもバラバラだ。しかも知らないパーツまである。
これは人体を作る魔法なのかな。
「おい、容姿はどうする?」
「身長とか手足の長さは今と同じくらい。あと、靈とは雰囲気が違う感じ」
次の瞬間、できた体を見て僕はツッコミを入れたくなった。
女だった。容貌の要望には答えている。だが目の前にあるのは紛れもなく女だ。
「悪い、少しだけしくじった。イメージが狂っちまって」
ケテルは真顔で言っているが、きっとふざけている。だって、この人自分が失敗すると、不機嫌になるからね。
「まあ、いいか。ありがと」
それに対して、零固は特に気にしない様子でお礼を言った。それでいいのかよ。僕だったら、お断りだね。
新しく産み出された体に触れて、そこから零固は僕の体から出ていった。ついでに僕の魔力のほとんどあちらに渡しておく。
僕より魔法は向いてるらしいからね。僕は転移を使えるぐらいでいいや。
「体に違和感はない。ただ、髪が長すぎて、俺には、邪魔だ!」
声に違和感たっぷりな零固は、魔法で早々に長い黒髪を切ってしまった。勿体ない。
「何か服をくれるか?」
「靈が頼んだのを持ってくる。少し待ってろ」
昨日の夜頼んだ服とコートのことか。二着頼んでおいて良かった。
「あああぁぁぁあ」
一時間ほど経っただろうか。ケテルはどこかに転移してから帰ってこない。
そして、零固は叫びながら側転をしている。僕は携帯機でゲームをしている。
四十分ほどこの状況が続いているのだが、ケテルは一向に来る気配がない。
「靈はともかく、零固は何やってんだ?」
前言撤回、ケテルは頼んだ服を持ってきた。
紺で無地の長袖上下が二枚。それと水色の三本線が入った灰色のコートだ。
コートにはいくつか宝石のようなものが付いている。
「体を温めてるんだとさ。それより、コートに付いてるの何?」
「補充式の魔力結晶だ。形は無くならねぇから、魔力を送ればまた使える。俺は用事ができたからまたちょっと行ってくる。次の戦場も指定しておいたから行きたきゃ行ってこい」
そう言ったケテルは僕に服を渡して、再び去っていった。
へぇ、そんなのあったんだ。まあ、使う度になくなったら、不便だからね。在って当たり前だよねぇ。
魔力はほとんど渡したから、コートは零固に着てもらって補充するか。
僕は今も側転を続けている彼女にコートと服を投げる。いや、中身基準なら彼なのか?
零固はそれに気づくと、側転を止めて、服を着た。
「コートに付いてるのは補充できる魔力結晶だって」
「だから俺が着とけってことだよね」
魔力を大量に受け取ったことも理解している。僕の分身だけあって魂術も得意なのか。こうなってくると零固の方が優秀に見えてくる。
「で、また戦場に行くんだろ。早く準備しよ」
「聞いてたのかよ」
「まあね。転移しろ」
詠唱とともに感覚が途切れた。そして、取り戻した時にはもう転移は終わっている。
部屋で準備を終えターミナルに来た。今、僕達は準備室で職員の方の準備が終わるのを待機している。
零固はカード無しでも入ることができた。ケテルが手回ししてくれたのだろう。
「なんか遅くない? 俺達運ぶ物とか無いはずだけど」
「ああ、長い。僕達のことを忘れてるんだろ」
忘れてるは流石に冗談だ。きっと何か問題が発生しているのだと思う。
それから一〇分ほど経って、やっと職員が来た。
職員が何かを運んできたということはなく、やはり何も持っていない。
職員の髪は汗でぬれて、纏まってしまっている。他の所の問題を解決してから急いでやってきた。そんな感じかな。
「それでは説明しま」
「いらない。すぐに転移させて」
話始めた職員に対して、僕の横に座っている零固は食い気味に言った。
職員は慣れているのか困った様子も見せず、魔方陣を展開し始めた。
「では、ご武運を」
その言葉の直後、感覚は途切れる。




