強敵
走るハッセンに続く。一つの魔法陣から迎撃が飛んでくるが、結界一枚で十分に防げる。
高火力の攻撃に備え、結界は三重に展開しているが、一向にその様子はない。きっと、前の僕みたいに魔法の発動方法が自分に合っていないのだろう。
そして、敵の戦神一四名がこちらに向かってくる。
「散撒け!」
動きを固めるため、前方にエネルギーの弾幕を張る。着弾すると、爆発するおまけ付きだ。
魔法による攻撃を止めさせ、防御に集中させる。
「もっと濃く」
弾幕は更に密度を増した。何分か続けていると、ついに敵の結界が消える。
敵の魔力は切れたが、僕は魔力結晶を使うことで節約している。この弾幕はまだ終わらない。
爆音に紛れて、悲鳴が聞こえた。神と言えど、強いだけの人間だ。簡単に死ぬし、悲鳴だって上げる。
もういいだろうと思い、弾幕を止める。そして、ハッセンは爆煙の中に突っ込む。僕も杭剣を右手に持って煙の中に入った。
魂の散布による索敵で、敵の位置を把握し、一人、二人と叩いては魂を捕喰していく。
防御や鎧、スキルによる防御力何て関係ない。一撃触れたら、僕の勝ちだ。
さらに、敵は被弾して弱っているので、こちらに反撃もできない。
四人目を喰ったところで、完全に煙は無くなり、反応も無くなった。
周りには焼け焦げた大地に死体が寝ている。
ハッセンは少し向こうの方にいる。何故かまだ構えを取っている。
「ハッセン、大丈夫かー?」
近くに行って後ろから声を掛ける。
「まだいる」
ハッセンはそう言うが、もう反応は無い。
僕は見回すが何もいない。戦闘の跡が残っているだけだ。
「気のせいだと思うけど」
僕がその言葉を言った時、ハッセンが虚空に対して、大剣を振り下ろす。そのまま地を叩くはずの大剣が、何かと衝突し、弾かれる。それと同時に、何かはハッセンの胸を貫いた。
ハッセンの体がこちらに吹き飛ばされる。傷口を見ると、刃物により刺されたようだった。傷口の小さいから刃物も小さめの物だと推測できる。
そんなもので、ハッセンの体は貫かれない。何かしたはずだ。
「傷を癒せ」
表面は治ったが、中までは治ったかは分からない。
僕は傷を与えた者の方を見る。
返り血によって、映された人の姿。右手には紅く輝く血のダガー。それ以上の武装は見えない。
杭剣を構え、攻撃に備える。
動かなかった敵は、不可視の魔法を解いて僕に話しかけてきた。
「裏切り者さん、久しぶり。わざわざ殺されに来てくれてありがとう」
男は久しぶりと言った。
あいつと僕は会ったことがあるのか。覚えてないってことはあの日か? それとも、そこ以外の記憶も失っているのか?
「どういたしまして。でもここでは死ねないんだ。ごめんね」
どうするべきだろうか。ハッセンを生かすためにも撤退するべきかな。
「帰還する!」
僕の声が響くだけだけで、転移は発動しない。いや、ハッセンがいないから発動はしてる。ただ僕だけ取り残された。あいつがまた何かしたのか。
「残念、逃げれない」
なんだあいつ、煽ってくるんだけど。
それより、あいつは異常すぎる。何をしたのかすらも分からない。あのダガーが関係しているのかな。
でも、あいつはハッセンの大剣を弾くとほぼ同時にダガーで刺した。その時に結界は張っていなかった。つまり、素手で攻撃を受けた事になる。
やはり以上なのはあいつだ。弱点を頑張って見つけるしかないね。
「潰せ!」
重力魔法で全方位からあいつに力を加える。これで拘束すれば。
「焼き尽くせ!」
エネルギーをレーザーとして照射する。
動けないはずの男は、平然と攻撃を避けた。力で無理矢理破ったようには見えない。重力魔法も使えるってことか。
次の攻撃に移ろうとした時、男が接近してきた。
「阻め!」
とっさの判断で結界を六重張った。触れては駄目だと感じたからだ。
男は間合いに入ると同時に後ろに引いていた、右手を突きだした。
守るはずだった結界は消え、ダガーは僕の胸を貫く。
「俺に結界は使わない方がいい」
男はそんなことを言った。言うならもっと前にしろよ。
胸に刺さるダガーからあいつの魂が伝わってくる。僕の魂に纏わり付いたそれは、締め付けて、一部を絞り取る。
捕喰とは真逆で、自分というものが欠けたような気分になる。自分というものが変わってしまったような気分になる。
「もう用済みだから死んで」
さらに締め付けが強くなった。体が貫かれている事を忘れるほどの激痛が駆け回っている。
今にも破裂しそうになって、魂が悲鳴を上げている。視界がぼやけてきた。段々と意識が薄れているのか。
「そんなに苦しいなら、抵抗しないで楽になればいいのに」
誰の声かも分からない。ただ目の前の男の声ではない。ただ幻聴かもしれない。
僕だって楽になりたいさ。
「じゃあ、何で苦しむ必要があるんだろ?」
返事が聞こえた。幻聴と会話しちゃってるよ。そろそろ死ぬのかな。って死んでたまるか。生きなきゃ。
そうだよ。生きるため、僕が存在した事を証明し続けるためにこうしてるんだ。
「それは他の人に任せて死んじゃえば?」
駄目だ。今死んだら僕が偽物にされる。生きて殺さなきゃ。
「それもってのはどうかな?」
駄目だ。僕がやらなきゃいけないんだ。
「じゃあ、どうするの?」
生きて、強くなる。
「違う、違う。今どうするかって言ってんの」
今? そんなの生きるに決まってんじゃん。目の前の敵をぶっ殺せばいいんだろ。
何、当然の事聞いてんだよ。
「そう、そのとおり。喰っちまえばいいんだよ」
意識が覚醒する。あいつは今も呑気に僕にダガーを刺している。
このまま、こっそり魂を入り込ませて。いや、あの違和感に気づかないわけないな。
(全部じゃなくていいから、外側はだけ破壊すれば少しは喰えるかも)
いや、お前誰だっての。
突然僕の思考に割り込んできたので、つい突っ込みを入れてしまった。
(まーた、記憶喪失か。さっきまで話してたろ。僕はお前で、お前は僕、そんな感じ)
僕の横にいる奴がお前?
(ああ、うん)
僕の精神の横にもう一つ精神があるのを感じる。しかも、同調させる必要がないくらい僕に似ている。というか同じだ。
僕の精神は二つに分かれてしまったみたいだ。なんか不思議なこともあるんだなぁ。
(僕もそう思います)
いやだぁ、こいついやだぁ。考えが筒抜けですごいいやだぁ。
こんな事考えてる場合じゃなかった。
今は男の魂を感知できている。いけるか?
外側だけで、素早く、部分的に。
同調!(浸透!)破壊!(捕喰ってね!)
もう一人の僕と交互に叫ぶ。掛け声みたいでいいな、これ。
「な! またそのパターンかよ!」
そう言った男は僕を蹴って突き放した。そして、転移して帰っていった。
とりあえず成功、奪われ分は大体取り返した。
「はぁ、やっと終わった」
つい声に出してしまった。そういえば先に帰ることになったハッセンは無事だろうか。
「傷を癒せ……は? いや、だって回復忘れてるから。ああ、ありがとう。って一つの口で会話するの止めようよ、な」
口が勝手に動いたと思ったら、もう一人の方が回復魔法を使ったらしい。
なんか、完全に直ってる気がする。もう一人の方が魔法は得意なのかな。というより、魔法の才がそっちに持ってかれた感じか。
で、それ以外は僕の方ということか。
(連絡しろよ)
任務が終わったら報告するというルールがあったのを思い出す。
でも、スマホ持ってきてないな。テレパシーを送る……うん、却下。
しょうがないから帰るか。
「帰還」
ターミナルに帰ってきた。僕は報告のため、受付に向かう。
一番空いてるのは、二九番。並んでいる人は一人もいない。
そこの職員は椅子に座りながら、風に当たり涼んでいる。それも風魔法を使ってだ。
僕にはこの人に言わなくてはいけないことがある。
「お前よくもやってくれたな。殴っていい?」
いきなりの殴る宣言のせいか、職員はきょとんとしている。そして、それが終わると今度は眉を顰めた。
別に僕は顔芸をしろと言ってるわけじゃない、殴らせろと言ったんだ。
「えーと、誰? って、あ! 怪我だいじょぶ!?」
「大丈夫です」
ポケットに入っているカードを。あれ? 無い。
僕がカードを探している間に、職員はどこかへ走っていった。
これは逃げたな。
しばらく待っていると、職員が帰ってきた。一分位息を整えてから、やっと言葉を発した。
「ケテルさんが呼んでるんで来て!」
「ケテルさん、連れて来ました」
「ご苦労、仕事に戻ってくれ」
職員の方を見たが、そこに職員の姿は無い。
出撃の時と同じく、よく分からない方法で、いきなり転移をしたようだ。
心臓に悪いので止めてもらいたい。
「よぉ、靈。今さっき、ハッセンの話を聞いて、増援を送った。でも、必要なかったみてぇだな」
ハッセンが生きているなら良かった。
増援は来ても意味なさそうだったな。あいつ相手じゃ、並の人達はどうにもできない。もちろん僕は並ではないのでどうにかできる。(うざいから止めろ)
「で、この紙に今回の出来事を書いてこい。報告書として保存される事になってる。細かく書いてくれるとありがてぇ。呼んだのはこれを渡すためだけだから、帰っていいぞ」
ケテルから、紙を何枚か渡される。紙にはそれぞれ欄が既にできていて、そこに記入していく形式だ。数えると二二枚分ある。これを書ききるのは、とてもしんどい作業になりそうだ。
毎回こんなに書くとは思えないので、今回が特別でなだけだと信じたい。
「じゃあ、また。転移!」
自室への移動には転移を使う。人の邪魔にもならないので、問題は無い。
さて何をするか。ローブを脱ぎながら、僕は考える。
ローブも、中に着ていたジャージも、左胸の所が切れて、血まみれになっている。
新しいの貰わなきゃかな。両方とも気に入っていたので残念だ。
部屋用のジャージに着替え終えたところで、次にするのは。
(糖分補給だ!)ゲームだ!
もう一人の僕が思考に割り込んできた。
ここは二人の意見を尊重して、両方とも同時でやるか。