枝葉末節・其の9【級長のチョコレート】
16歳の兄・Aスケは、誰に相談するでもなく中学校を自主退学した。東京と岡山を遊弋しながら、姿も物腰も奇矯なアナーキーな人種と交わっている。1922年(大正11)Aスケは自分の存在宣言ともいえる雑誌『ダダイズム』を自ら創刊し、幻惑的というか蠱惑的で破滅的、そしてシズル感満載の詩作をそこで発表していた。Aスケは「文士」として生きることを選択した。いや、彼をそうさせたのは、そのときのたんなる「気分」だった。戦前の岡山の男の子のエリートコース── 岡山一中 → 第六高等学校 → 帝大 → 立身出世、もしくはカンペキな跡取りの完成 ── 神童と謳われた長男・Aスケに託した、父・ST郎の夢は崩壊した。
(岡山を、家を捨てて「文士」になるいうんか)
ST郎は、怒りの矛先が見つからない。Aスケを溺愛する妻・MR代は平然として状況を受け入れていた。笑うしかないほどの痛い現実だった。11歳の弟・KN造(後の黒めがね=僕の父)は、特段の思いもなくその様子を眺めていた。
(兄貴は兄貴、好きにすればええんじゃ)
KN造は、岡山城に連なる高台、旧武家屋敷街に隣接する岡山市立内山下小学校の5年生。暴力行為で幼稚園を放逐されてからのKN造の悪童ぶりは、さらに磨きがかかっていた。傷を負うことも多々あったが、実体を見出せない人間ども(親子兄弟、親戚、その他すべて)の闇から自分を守るのは、究極の肉体原語=喧嘩しかなかった。KN造は当たるを幸いに、悪ガキどもを相手に暴れまくっていた。かつての日本の男の子たちは、ガキ大将を頂点とした「年齢・力・知恵」によって骨組まれたヒエラルキーに従い、自分の能力・立ち位置を確認しながら大人になった。その一面は否定できない。しかしKN造は、その構造の埒外にいることを選んでいた。「人とつるむ。それは負けじゃ」。KN造の周りはいつも危険をはらんでいた。ガキ大将も手を出しかねる異物だった。
(ワシは負けん)
そんな思いにひっかかるやつが、ひとりいる。優等生面が鼻につく同級のOK村HR道(母の兄=伯父)。
(やつはなぜ、ワシを畏れん)
言葉を交わしたこともほとんどない。同い年のガキのくせに大人びたやつ。相手が誰であれその態度に分け隔てがなかった。勉強も運動も他を圧倒する級長。ガキ大将軍団だけでなく、KN造の気分とは裏腹に彼の庇護を求めてすり寄ってくる、はみ出し者のバカどもも、やつには一目置いていた。それがまた、KN造を苛立たせる。
(一度くらわせちゃらにゃあおえん[一度〈拳〉で勝負してやる])
チャンスが訪れた。砂場の相撲。相撲なら何をしても文句はないはず。周りのガキどもが囃し立てる。蹲踞、立ち合い、手をつき対手の目を見る、呼吸が合う。(いまじゃ!)発気揚々 ── はっけよい! KN造は得意の頭突きを見舞って一気の勝負に出た。確かにそれはやつの頭をとらえた。(勝った)と思った瞬間、KN造はみごとに反転させられ砂にまみれていた。立ち上がり、こびりついた砂を払うことも忘れてやつを睨みつけた。やつも目をそらさない。ただその目は、拍子抜けするほど穏やかだった。悔しかった。でもなぜか屈辱ではなかった。そんな感情を抱かせる少年だった。校門でやつと出くわした。目が合った。
「ワシの家に寄っていかんか」
口にしたHR道も、言われたKN造も、予期せぬ成り行きに驚いた。
「……おぉ、えぇで」
KN造はいつもの帰り道、左に後楽園、右前方に岡山城を望む旭川沿いの土手道ではなく、学校前から岡山城の大手門に続くだらだら坂「烏城道」をOK村HR道と下る。
(なんじゃ、ほんま近所じゃったんじゃ)
お城を正面に見る、「内山下道場」と墨書された分厚い大板が掲げられたOK村の家は、通学路の土手を下った内堀沿いの南側、桜馬場のKN造の家のすぐ近くだった。
「HR道の友だちが来とるんか」
庭に面した縁先。道場での稽古を終えたOK村TR吉(母の父=祖父)が、庭先で遊ぶ子どもたちを見て妻のKIに問う。
「はい、桜馬場のヨシユキさんとこの子です」
「ほぅ……あの、評判の悪童か」
HR道とKN造は砂場での勝負を、とりとめのない会話で確認しあっていた。立ち合い・激突・いなし・勝負あり。卑怯な振る舞いがなかったことは、互いの額に残る鈍い痛みが物語っている。
「あれ(頭突き)は痛かったで」
「こんどは負けんからな」
何気に顔を見合わせたふたりのやりとり。
(こいつ、ただの悪連中とは違う……)
(こいつ、ただの優等生とは違う……)
彼らがそれで親しくなったわけではない。1回だけの力勝負で見切った互いの距離感。けっして交わらない、違う世界にいる感覚だった。
「ふたりともそんなとこ(に)おらんで、こっち来てお菓子でもおあがんなさい」
KIに促されて縁側に近づくふたり。座敷にはTR吉がいる。
「あッお父ちゃん、ヨシユキくんじゃ……です」
「こんにちは」
紹介されたKN造がTR吉に、ぺこり頭を下げる。
「おぉっ、こんにちは。よう来たよう来た」
夕食を終えたOK村家の居間。
「ちゃんと挨拶できる。噂とは違うのぉ、ヨシユキんとこの息子は」
TR吉が思い出したように妻KIにつぶやく。
「そうですなぁ、癇は強そうじゃったけど、そんなワリぃ(悪い)子には見えませんでした」
宿題に集中していたHR道が、その会話を耳に挟んだ。話に割って入った。
「ほかの〈ごんた〉(=悪ガキ)とはなんか違うんじゃ、あいつは」
「HR道、おめぇはあの子と仲良しなんか」
「うぅん、違います。今日はじめて遊んだ……」
十数年後に彼らは深く結びつことになるのだが、それはまだ先の話。
小学校でもKN造の悪童ぶりは、いまは想像もつかない権威に依った教師たちを翻弄していた。担任になろうものなら、毎日が、はなから聴く耳など持たないくそガキへの説教に費やされてしまう。鉄拳をふるうこともあったが、親は上げ潮の土木業者で政財官さらに軍にまで顔のきく人間だったことが、彼らをいま一歩躊躇させていた。そんなある日。5年生の1教室が興奮状態に陥った。騒ぎに気づいた子どもたちが集まる。その中にHR道もいた。KN造が彼に気づく。
「おぉい、級長、OK村、こっちけぇ(来い)」
興奮の渦の真ん中にいたKN造がHR道を呼ぶ。
「なんなら、この騒ぎは」
「えぇから、おめぇも喰うてみぃ」
「なんじゃ、それは」
KN造がHR道の鼻先に差し出した物体。乱暴に破かれた銀紙から姿をのぞかせる濃茶色の薄い板。それはHR道が経験したことのない甘い香りを漂わせていた。騒ぎをおさめようとは思ったが、掟破りのその物体への好奇心がHR道を揺さぶった。
「級長じゃろうがなんじゃろうが関係ねぇ。ワシがおめぇにやる言うとるんじゃ。みぃんな悦んどるじゃろう。試さんのか、喰えんのか、意気地なしめ」
「なにッ」
何ごとにも動じる姿を見せたことのなかったHR道が、その言葉に過剰反応した。HR道は、意を決して、KN造が差し出す濃茶色の薄い板のかけらを手にとり舌にのせた。甘い。濃厚。そしてえもいわれぬ香りが鼻に抜ける。チョコレートだった。当時はまだ高価で、庶民がたやすく口にすることなどできない代物だった。こんなものに出会ったことはなかった。
「どうじゃ、美味ぇじゃろうが」
砂場の意趣返し?── KN造は、目を丸くして固まった風情のHR道を愉しげに見つめていた。
教師たちが、押っ取り刀でやってきた。「OK村、おめぇがおってこのザマはなんじゃ」。状況をつかめない教師がHR道を問いつめる。とんだとばっちり。バラまかれたチョコレートが回収され、生徒たちは解散させられる。KN造は、今日もまた教員室に連行された。
「○▲□◆▽●△■◇▼……!」
いつもの教師の説教が炸裂する。そんな話は聴きあきた。
「ワシが美味ぇ思うもんを、みんなに喰わせただけじゃ。それのどこがワリぃ(悪い)」
居直るガキの屁理屈に、教師はこころの中で頭を抱え込む。「えぇか、二度とこんなことはすな。わかったな」。お決まりの結論を聞き流し、KN造はなにごともなかったかのように教員室を後にしようとして、立ち止まる。視線の先に、別の教師に諭されうなだれるHR道の姿が見えた。
(おもしれぇ、級長が立たされとる)
(今日はヨシユキにやられてしもうた)
教員室で説教されるなどはじめての体験だった。自分が情けなかったが(まぁこれで、やつとはイーブンか)とHR道は帰り道で考えていた。悔しいことに、チョコレートはあまりにも美味かった。父・母に話すべき? 話せば父の叱責を受けることはわかっていた。誰もが認める、いつも冷静で頼りがいのある優等生が、めずらしく煩悶した。HR道の子どもらしい結論。
「SZ・TM、ちょっとこっちへけぇ(来い)」
家に帰るなり彼は、7歳と5歳の妹たちを庭の隅に集め、その日の出来事を語らずにはおれなかった。
「えぇか、この話はお父ちゃん・お母ちゃんには内緒じゃぞ……」
事の顛末は、妹たちの口からあっけなく露見した。
「男が食い物にたぶらかされるなぞ、もってのほかじゃ……」
正座して父の説教を受ける。HR道にとって、その日はまったくの厄日になった。
「あの冷静な兄ちゃんがなぁ、ほんま興奮しとった。『あんな美味ぇもん喰うたことがねぇ』いうて、姉ちゃんと私に説明するんじゃけど、そのとき私らはチョコレートを食べことがなかったからなぁ、ようわからんかった」
母(下の妹・TM子)に聴かされた、父・KN造と伯父・HR道の逸話。「チョコレート」バラまき事件(実話です)をキーワードに妄想してみました。またまた、話は続きます。
(枝葉末節・其の9【級長のチョコレート】了)




