枝葉末節・其の5【頭突き一閃! さらば幼稚園】
以下、3つのエピソードに、まったく他意はありません。何かを揶揄するなどありえない話ですので、誤解なきようお読みいただければ幸いです。
◆episode-1
事務所のベランダで煙草を吸っていました。柔らかな陽射しと風がここちよい初夏。8階から見下ろす正面の路地を、歩きはじめたばかりといった風情の男の子が、おぼつかない足取りで歩いてくる。すぐ後ろにはお父さん。男の子がバランスを崩しそうになったら、さっと介添え。しかし彼は気のおもむくまま。右の植栽左の小石と、興味を惹かれたものに近づき触れようとしては、お父さんに方向を修正される。路地が大通りにぶつかったところでふたりは右折。と、男の子が急に駆け出す。数メートル先を歩いてくるお母さんを発見したのだ。彼は一心に駆け、ぶつかる勢いでお母さんにしがみつく。
(ほほえましいねぇ……ん、しかし?)
親子の様子を見ていて、違う思いが頭をよぎった。
(子どもの動きってワンコそのものだな)
◆episode-2
朝、保育園児の散歩に遭遇することがあります。保母さんたちに引率され、年長の子は手を引かれて歩く。それはそれでほほえましい。一方、小さな子たち。こちらは出くわすたびに思わず笑みがこぼれてしまう。でっかい乳母車のようなものや、言葉は悪いけれども車輪付きの「檻」みたいなやつ(どちらも「お散歩カー」と呼ぶそうです)に乗せられた、6~7人ほどの子どもたちがゆらり揺られて街を行く。鉄枠を握りしめ身を寄せあう子どもたち。雑念のない、好奇心だけに衝き動かされているかのような、黒目がちな、感情が読み取れない瞳を見ていると、こちらにはあらぬ雑念がまたまた頭をもたげる。
(すまん子どもたち……どう見ても母親を待つ子狐の群れだ。人間って、やっぱり動物なんだよなぁ)
◆episode-3
出勤時最大の恐怖は、小学生の課外授業です。電車を待つホームに、教師たちに率いられた「恐怖の課外授業軍団」が続々入場。運悪く彼らと同じ車両だったりすると「石」になって堪えるしか術がない。「かまびすしい」という概念を軽く超える喧噪また喧噪。教師の制止などどこ吹く風だ。保育児のころは萌芽にすぎなかった、自我と雑念にまみれはじめた畏るべき野性軍団。嗚呼、また妄想が……。
(渡り鳥の営巣地って、こんな感じじゃないの!?)
念のため繰り返します。この3つのエピソードには、まったく他意はありません。くれぐれも誤解なきようお願いします。とまれ、たった1個の細胞から、数十億年の進化の過程・生命の記憶を辿って人間様になる。それが良いのか悪いのかは、知る由もない。頑是無い(生き残りをかけてその形を選んだ)子どもたちも、あっという間に世間の垢にまみれてしまう。とどのつまり、「個=己」を守るための熾烈な競争から逃れる道などありはしない。「どーぶつ=人」というのは因果なものというのが結末ではなくて、話のはじまり──。
【頭突き一閃!】
少年は積み木が好きだった。形の異なるパーツをあれこれ思案して組み上げる。バランスをとる。新しい組み合せを考える。最期には崩さなければならないのはわかっていても、そのおもしろさに魅せられていた。彼がいつもの自分と決別できるのはその時間だけだった。少年は独り。夢中だった。残り1つのパーツを乗せれば完成だった。とある日の、ひとときの彼の平安はあっけなく崩れ去る。知らぬ間に彼を取り巻いていた男の子たちの誰かが積み木を蹴った。
振り向いた少年にリーダー格の男の子が、何か言葉を浴びせる。少年は立ち上がり集団に向き合う。数を頼んだやり方、投げかけられた言葉が少年をいつもの自分に戻していた。リーダーと目が合った瞬間、少年は相手の鼻先に全霊をこめた頭突きをくらわせる。のけぞり、状況が把握できないまま、鼻から流れおちる生温かい血と襲いくる痛みにリーダーは悶え苦しむ。ここを先途に泣きわめく。騒ぎに気づいた保母が駆けつける。崩れた積み木を背に立つ少年。足下には血を流しながら泣き続けるひとりの少年。他の者たちは無言で遠巻きにふたりを見つめている。
「泰輔くん、大丈夫!?」
泰輔と呼ばれた少年を抱きかかえ、ハンカチで血を拭う保母に子どもたちが口々に訴える。
「KN造ちゃんがやったんじゃ」
「そうじゃそうじゃ、KN造ちゃんが頭突きをくらわせたんじゃ」
「そうじゃ、そうじゃ」……「そうじゃ、そうじゃ」「いつもそうじゃ」
状況証拠は最悪だった。1916年(大正5)ころ。岡山県女子師範学校附属幼稚園(*1)の、ある日の出来事。
騒ぎがひとまず納まった幼稚園別室。主任保母の岡政(*2)が静かに見守る中、担任の保母が優しく加害者の少年に語りかける。少年の名はヨシユキKN造。僕の父、のちの黒めがねです。
「KN造くん、どうしてあんなことしたん?」
いがぐり頭の丸顔に、つねに怒りを孕んだような挑戦的な瞳。小さな口をへの字に結んだまま、こうしたときのKN造は、相手からけっして視線を外さない。
「ワシは悪ぅない」
「でも泰輔くんは怪我してしもうたんよ。KN造くんを責めてるんじゃないの。何があったか先生に教えて」
KN造はそれから、ひと言も発しようとしなかった。
「もういいでしょう」
成り行きを見つめていた岡が担任を制して立ち上がり、KN造の肩にそっと手を添える。
「KN造くん、お遊戯室に戻りなさい」
岡は東京女子高等師範学校(*3)の保母科出身。当時日本を代表する幼児教育のリーダーのひとりだった。
「岡先生……」
「どこまでできるか、やってみますけれど、穏便にはすまされないかもしれませんね」
柔和な、いつもの岡の表情が曇るのを担任の保母はただ見つめるしかなかった。
……なんちゃって、思わせぶりな妄想はここまで。
当時、まだ通える子どもたちが限られていた幼稚園を、黒めがね=KN造はあっけなく退園させられてしまいます。理由はひとつ。「粗暴極まりない」。まったく、とんでもない話ですよね。集団生活にはなじめない。その通りだと思います。他人との係わりを拒否しているわけでは、けっしてない。しかし、(本稿其の3の記述を再録します)
──(前略)黒めがねは、瞬間湯沸かし器というか、感情の振れ幅が極端・激烈な人でした。
いったん感情に火が点くと、もう誰も止められない。(後略)──
彼が独自に定めたテリトリーを侵すもの、価値基準を逸脱したものを許すことなどできはしない。極めつけの我が儘者。そして、幼少期から青年期に至るまで、「理不尽」と彼が断じたすべての事象に対する解決策は「喧嘩」「暴力」でした。僕は、「喧嘩」といえるものをほとんど経験したことがありません。いわゆる「気弱なへたれ」そのものです。「この親にしてこの子あり」なんていう格言はウソですね。怒りをいったん呑み込んで、曖昧、うやむやの靄の中にしまってしまう。そういう体質です。黒めがねは、そんな不肖の息子をどう見ていたのでしょう。なんて、そんな些事はさておき、KN造少年の話に戻ります。
草創期の「附属幼稚園」は、いわゆる有力者の子弟子女の集まりでした。そこから子どもを放逐する。思いきった判断がくだされた。KN造を守ろうとした人たちはいたはずです。
(乱暴者であることは間違いない。でも短兵急な結論、それでいいのだろうか……)
意に添わぬことには頑として従わないけれども、繊細で創造性を感じる部分が確かにある。暴力に訴えるのは男の子たちにだけ。女の子たちとは、口喧嘩はしてもけっして手を挙げない。揺籃期の幼児教育に携わっていた「志」高い現場の教育者たちを翻弄する存在。しかし、いまでは想像もできない権威という牙城に籠った女子師範首脳部はあっさりと決断した。
拙稿「『御大』参 ダダと黒めがね ── 其の6 妄想劇場 まずは、僕と黒めがね・岡山復帰編 http://ncode.syosetu.com/n3301di/1/ 」に書いた話を再録します。
──(前略)中学生になった兄・KRKは、家が完成するまで、金川から汽車で
岡山市立旭中学校(現・中央中学校)に通うことになります。
KRKには、岡山大学教育学部附属中学校受験という選択肢もありました。
TM子もそれを望まないわけではなかった。しかし、
「パパが『附属(*4)やこう(なんか)行かんでもえぇ!』いうてなぁ。旭中になったんじゃ」
この話も、KN造を語る上で避けられない話です。(後略)──
幼稚園を放逐された過去=現実が「附属」嫌いの回答だった。
(ワシを守ってくれるのは、だれもおらん[いない]!)
ざわざわざわとまといつく拭いがたい屈辱、虚無感。それはボディブローのように、傍若無人、我が儘勝手に生きて死んだ黒めがね・KN造のこころの奥底で、彼を終世苛んでいた。……てなわけで、幼稚園放逐に直面したKN造の父・ST郎、母・MR代の思い、泰輔(妄想名)少年がKN造に投げかけた言葉の真相(こちらも超・妄想)については、次回。
(枝葉末節・其の5【頭突き一閃! さらば幼稚園】了)
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【脚注】
*1 岡山県女子師範学校附属幼稚園:現・岡山大学教育学部附属幼稚園。1884年(明治17)に開設された岡山初の幼稚園。1911年(明治44)岡山県師範学校から女子師範に運営管理が移管された。通称「附幼=ふよう」。
*2 岡政: おか・まさ。記述は『岡山文庫48・岡山の教育』(秋山和夫 著/日本文教出版 刊)を基本資料としています。/明治~昭和時代の教育者。1887年(明治20)岡山県生まれ。1908年(明治41)東京女子高等師範学校卒業後、岡山県師範学校附属幼稚園の主任保母となる。幼児の自然な生活を重視する保育を主張。1948年(昭和23)から倉敷市御国学園幼稚園教員養成所主事として幼稚園教員の養成にあたった。1975年(昭和50)死去。88歳。(参考資料:kotobank「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」https://kotobank.jp/word/岡政-1062263)
*3 東京女子高等師範学校:現在のお茶の水女子大学。
*4 附属:戦前は幼稚園・小学校を併設。戦後の学制改革で、岡山大学教育学部附属幼稚園・小学校・中学校に改組。




