枝葉末節・其の22【けんからぷそでぃ…なんちゃって4】
僕の父・黒めがねKN造と岡山二中のワル軍団との果たし合いが迫っていた。ときは大正末年の夏のこと。
「ま、そういうことじゃ」
料治が、果たし状を回覧しながら、事の次第を4人に説明する。
(そうじゃった。果たし状は料治に渡したままじゃった。間抜けたことに、すっかり忘れとった。ほんま油断ならんやつじゃ)
KN造の感慨をよそに、会議(?)は踊る。
「それが、なんなら(どうした)。言いてぇことは早よう言え」安藤が口を開く。
「要は諸君、ヨシユキの果たし合いの立会人になる、いや加勢、合力してくれんか、いう話ですらぁ」
「そんな阿呆ぅはいらん」
「黙っとってくれんかのぉ、ヨシユキくん。ワシはみぃんな(皆)に訊いとるんじゃ」KN造のやけっぱちともとれる物言いを、料治が制する。人たらし料治の、いつもの笑顔。
「ワシは、指図されるん(されること)が嫌いじゃ。指図するん(するの)は、もっと嫌いじゃが、それでもえぇんか」小倉が、訥々と言葉を継ぐ。
「えぇで、ワシは行く。連れ(ともだち)が、ヤツらにやられたけぇのう。春日井は、ワシがタックルで為留めちゃらぁ」瀬野が拳を鳴らし、腕を撫す。
「余に問ふ、何の意ありて碧山に棲むと(*1)……別に天地の人間にあらざる有り……か」武政が呟く。
「……武政、そりゃ何のお経なら。(坊主の息子である)ワシも聴いたことがねぇ」さすがの料治も、漢詩唐詩小僧の、呪文のような詞章に太刀打ちできない。
「李白じゃ。ワシは詩聖には遠く及ばん、ちっぽけな男でしかありゃあせん。いま聖人君子ぃ(を)気取って碧山に籠っとっても、なんも始まらん《と》いうことじゃ。ワシも行く。足手まといになるかもしれんがのう」
「おぉ、よう言うてくれた、武政」料治の人たらし笑顔が、さらに破裂した。
「有象無象が語ろうて、勝機がある《と》思うとるんか、おめぇら」成り行きを見ていた安藤が、閑かに言い放つ。「ヨシユキ、『そんな阿呆ぅはいらん』《と》ぬかしたな。料治、おめぇは、ただワシらを集めただけ、とは言わせんぞ」。
「うるせぇ、春日井と玉出はワシがやる、誰の手も借りん」KN造が割って入る。目は安藤を見据えている。安藤の口の端が、微かに緩んだ。
「ふん、そうか、ま、えぇ……加勢、合力いうんは、ワシは好かん。ヨシユキが、春日井、玉出と、こころ置きのう(なく)喧嘩する状況をつくってやりゃあ、えぇ。そういうことじゃ」
「さすが、諸君はワシが見込んだだけのことはある。いや、この、ごんたくれ(*2)、ヨシユキが諸君だけは信用しとる《と》いうことですけぇのぉ……じゃが……」安藤の言を受けた料治の声音が、ワントーン低くなる。
「諸君、もちぃと(ちょっと)こっちへ寄ってくれんか」料治に促された5人は、状況を理解できないまま、しぶしぶながら額を寄せあう。臨済宗法林寺の離れは、鳩首会談の様相を呈してきた。
「実はのぉ、ワシらは見張られとる」料治が低く閑かに不穏な言葉を発したとき。
「案内も乞わず、何しとる」
裂帛とも思える一喝に、離れを囲む竹林が瞬時ざわめき、何人かが駆け出す気配がした。鳩首会談のメンバーたちが、慌て離れから顔をのぞかせる。慧峰隆義。料治隆光の父、大柄な禅僧・法林寺住職が、へたりこんだ、ひとりの少年の襟元をつかみ、離れの前に屹立していた。捕えられていたのはピン助だった。坊主の一喝に、腰を抜かし逃げ後れた風情だった。
「親父さま、そりゃ、ワシの同級生じゃ。放してやってつかぁさい。さぁピン助、早ようこっちけぇ(来い)」料治が何ごともなかったかのように父親に語りかける。
「うむ、そうか。こそこそと、友だちを窺うようなことはやめんさい。ここは、ありがてぇ御仏のおわすところじゃ。誰でも、いつでも、ここに来てえぇ。じゃが、礼にもとり、道に外れるような行いは、仏罰が下ることもあるけぇ、用心しんさいよ。ま、よきかな、よきかな」
ピン助を解き放った慧峰隆義が、悠然と竹林を去る。鳩首会談は、思わぬ闖入者を迎えることになった。6人に囲まれた哀れなピン助。
「さっきも言ぅたかもしれんが、ま、そういうことじゃ」
「おめぇら、どんな目に遭うかわかっとんか。ワシらに逆らうヤツは皆殺しじゃ」
料治の、相変わらずの人を食った物言いに、精一杯の虚勢を張るピン助の頭を瀬野が小突く。
「やめとけ瀬野。そんな小物はどうでもえぇ。ワシはワシのやり方で、春日井と玉出をやる(潰す)。それだけじゃ」KN造の言葉に、鳩首会談メンバーが反応する。
「狡兎死して走狗烹らる(*3)《と》いうことを知っとるか。逃げた乾分は、春日井、いや玉出に事の次第を報告するはずじゃ。捕まってしもうたおめぇを、玉出はどう思う《と》思う」武政の言葉にピン助は目を白黒させるばかり。
「密偵いうんは、見つかったら最期、命ぃ(を)とられてもしょうがねぇ《と》いうんが定め、因果応報いうやつじゃ、小林」小倉が呟く。全員が刮目する。
(そうじゃ「ピン助」は、小林一助いう名前じゃった!)
「玉出がどんな卑怯な手ぇ(を)考えとるかはどうでもえぇ。こんなことされて、黙っとれるか。お前ぇ、ワシのタックルの威力を知っとろうが」瀬野が、ピン助=小林の首根っこを押さえつけ、威嚇する。
「で、ピン助、いや小林、玉出は何を企んどるんじゃ。おめぇの返答次第ぇで、ワシの覚悟も決まるんじゃがのぉ」策略家の喧嘩上等小僧、安藤の言葉は、乾いていて、凄みがあった。
「知らん、本当じゃ。お、おめぇらは……しまい(終わり)……玉手さんは……いや、知らんしらん、なんも知らん」
「はてさて、〈小林くん〉をどうするかのぉ」ピン助の言葉を受けた料治を、安藤が鋭く遮る。
「料治、見張られとんを知っとって、ワシらを集めたんか。〈かばち〉たれとんなら(*4)、許さんぞ!」
「ま、そう責めんでくれ。すまん、あやまる。ワシも間抜けじゃった。お主らを招集してから気づいたんじゃ、犬どもがウロチョロしとんを……」料治が深々と頭を下げる。人たらしならではの、率直にして少しく過剰、おまけに、なぜか有無をいわせぬ人心籠絡術。鳩首会談連中の矛先がゆるむ。
「ヨシユキ、ワシらはどうもあぶり出されたらしい。おめぇにかこつけて、隠れた意に添わん勢力を一気に潰す《と》いうんが、ヤツ(玉出)の思惑らしいのぉ」武政の判断は冷静かつ的確だった。
「もぅえぇ、言うとろうが。おめぇらは関係ねぇ、これはワシが売られた喧嘩じゃ。えぇかピン助、ワシは自分の尻は自分で拭く。ワシは負けん」KN造が吠える。
「おめぇの首ん(の)上に乗っとんは南瓜か。ちぃたあ(少しは)頭ぁ使え」安藤がKN造を挑発する。
「なに、やっちゃろうか」「おぉ、やってみぃ」
売り言葉に買い言葉。KN造と安藤が立ち上がり、睨みあう。ニアミスを繰り返しながら、なぜか互いの鉾をおさめてきたふたりが、一気に決着をつけそうな勢いだった。
「やめぇ、おめぇら」茫洋としてとらえどころのない小倉が割って入る。
「おめぇらを見とったら頭が痒うなる。仲間……とはいえんワシらじゃが、状況は、武政の言うとおり《と》思う。ワシらは全員、玉出の敵になった、それだけのことじゃ」
混乱に乗じて、こそこそと逃げ出そうとするピン助の襟首を、瀬野がつかんで引き戻す。
「そんな小物……」KN造と安藤の声がユニゾンした。ふたりが顔を見合わせる。
「そんな小物はどうでもえぇ、離しちゃれ」「そのとおりじゃ」KN造と安藤の意見が一致した。
「ほうか(そうか)……小林くん、そういうことですけぇ、お帰りくだすってえぇですよ。玉出んとこにご注進に走った乾分が、どんな報告をしたかは、知らんがのぉ」料治がにこやかに、ピン助に語りかける。
「お、覚えちょれよ……」
消え入りそうな啖呵を残し、悄然としてピン助=小林一助は去った。そして二度と春日井・玉出たちの許へは戻らなかった。自室にこもり、誰とも会わず、親に懇願して岡山二中に退学届を提出した。親戚を頼って大阪に出て、かの地の中学校へ入学したらしい、という風の噂が聴こえてきたのは、半年も後のことだった。
しかし、このまとまりのない少年たちは、いかにして春日井軍団、いや玉出幸太郎の奸計に立ち向かうのだろうか……。
(枝葉末節・其の22【けんからぷそでぃ…なんちゃって4】了)
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【脚注】
*1 余に問ふ、何の意ありて碧山に棲むと:唐を代表する詩人・李白の七言絶句「山中問答」。(以下転載)「問余何意棲碧山 笑而不答心自閑 桃花流水窅然去 別有天地非人間」── 君に問うが、なにゆえ青い山の中に住んでいるのか/笑って答えないが、心は自ずから静かだ/桃の花、流れる水、その奥深くに分け入れば/俗世とはまた別の天地があるさ(転載終わり)という意味。(出典:漢詩名詩選 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/choes/etc/kansi/meisi.html )
*2 ごんたくれ:(以下転載)「困った人」あるいは「乱暴者」、「いたずら者」のこと。単に「ごんた」とも。全国各地で使われる言葉だが、意味するニュアンスは地域によって多少異なる場合がある。『義経千本桜』三段目の登場人物「いがみの権太」に由来する。(出典:ウィキペディア(Wikipedia)フリー百科事典「ごんたくれ」最終更新 最終更新 2010年10月21日 (木) 08:15 https://ja.wikipedia.org/wiki/ごんたくれ)
*3 狡兎死して走狗烹らる:こうと・しして・そうく・にらる。(以下転載)「狡兎」とは、すばしっこい兎。「走狗」とは、猟犬のこと。兎を捕まえる猟犬も、兎が死んでいなくなれば用無しになり、煮て食われることから、価値があるときは大事にされ、なくなれば簡単に捨てられることをいう。(出典:故事ことわざ辞典 http://kotowaza-allguide.com/ko/koutoshishitesouku.html )
*4 〈かばち〉たれとんなら:「うそ、でたらめ」を言っているのなら。(参考資料:岡山県の方言ページ http://www6.shizuokanet.ne.jp/kirameki/hougen/okayama.htm )
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