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2 その朝の将軍の朝食の件

「ああ…」


 将軍はふっ、と目を閉じる。


「どうなさいましたか」

「やはり家の茶は良いな、ヘザン」


 笑みが漏れる。

 それを聞いた使用人頭のヘザンは口元を緩めた。


「お嬢様のお見立てでございます」

「どの娘だ? セレか? マヌエか? それとも」

「アリカケシュ様でございます」


 ああ、と彼はうなづいた。


「良い香りだ」

「全くでございます」

「そう言えば、アリカはまだ眠っておるのか?」

「只今お召し替え中とのこと」

「そうか」


 将軍は再び茶を口にする。


「御膳をそろそろお持ち致します」

「いや」


 は、とヘザンは動かしかけた足を止めた。


「朝食はアリカと摂ろう」


 は、とヘザンは頭を下げ、控えていた使用人の一人に、アリカケシュ付きの召使に伝える様に、と言いつけた。

 ぴりぴり。ヘザンは久々に身体が緊張している自分に気付く。

 将軍の居る朝。それは主とほぼ同じ時間をこの屋敷で過ごしている彼にとって、喜ばしいことだった。

 この家の主はキヤン・ダウジバルダ・サヘ将軍という。帝都に別邸を置くことを許された、数少ない将の一人だ。

 の将軍の、今回の視察はいつもに増して長かった。

 行き先は「東海」。

 詳しいことはこの使用人頭には判らない。ただそこは「閉じた海」に面し、統治が難しい地域だと聞いている。

 主人は優秀であるが故、その任務を半年でこなしてきた。

 半年。

 「東海」地域に一つの案件のために出向くとしたら、それは比較的短い期間である。

 だが一つの家を主人が空ける時間としては長い。

 その間この屋敷は、第一夫人と、使用人頭が取り仕切ってきた。

 ちなみにこの家には、第三夫人と、それぞれの子供達が同居している。

 昨夜遅く戻ってきた将軍は、まだどの夫人にも顔を合わせていない。順序としては、無論第一夫人からであろうが、朝食は。


「奥様がたは…」

「ああ…」


 ほんの少しの間、将軍は、その濃い眉をひそめた。


「今は、いい」

「は」

「そうだな、アリカを呼ぶがいい」

「アリカケシュお嬢様、おひとりですか?」

「アリカと二人で朝食をとる」


 断言。


「わかりました」


 やれやれ、とヘザンは一礼し、そのことを厨房に伝えるべく食堂を後にした。


「おおいレイニさんや。皆様がたの朝食の用意はできているかい?」

「ええもう! いつでも大丈夫でっさ」


 厨房の主、レイニは大きな口を開けて答えた。


「奥様がた達のお食事は? 今日はご一緒なさいますかねえ? まあ銘々膳はちゃあんと用意してあるからどなたさんがどうなろうが大丈夫ですがねえ」


 あっはっは、とレイニは笑う。


「…おいその声、もう少し低めろよ…」


 しっ、とヘザンは咎める様な仕草をする。


「ああら」


 くびれの無い腰に両手を当て、レイニは小さな目をそれでも一杯に広げる。


「んでもねえ、いつものことでしょうに」

「いつものことだから、お前さんは、気を付けろと言うんだよ。それにこれから、奥様と第二様、第三様との間にも、だ!」

「別にねえ…」


 うーん、とレイニはうなる。


「まあ確かにあんたのふくざーぁつな気持ちはよぉく判りますがね」


 ヘザンはうんうん、とうなづく。


「けどねえ、どの方よりもあたしやあんたの方がこの家に長く居るんだから、そのあたりはよぉく知ってますわ。だいたいあんたは男。あたしは女」


 う、と彼はうめく。


「女には女の方が気持ちが良くわかりやすって」

「それを言われるとなあ…」

「まあともかく、できた料理はそれぞれのお部屋に運べばいいんですねえ? ヘザンどの?」

「…そうだよ」

「おおいミルヒャ、サザム、ケイヘン」


 はあい、と三人の少女の声が響く。

 立ち上がる彼女達は皆、この厨房の主の娘達だった。


「親父どのの言いつけだ。奥様がたに朝のお食事を届けておくれ」


 はあい、と再び少女達の声がした。さくさくと彼女達は銘々盆に夫人とその子供達の食事を乗せ、厨房を出て行く。


「そう言えばレイニさんや。サボンは? 戻ってきたかい?」

「まだだけどね。あの子は辛抱強いから、アリカさまのおねむによく付き合ってくれるよ。あの子達じゃあ、駄目だね」

「そうかね」

「そうだわ。…っと、サボン」

「お嬢様の朝食は食堂、と聞きましたけど」


 そう言いながらサボンはヘザンの方を見る。


「ああ、そうだよ。旦那様は今朝はアリカお嬢様とだけお食事をなさるそうだ」

「判りました」


 それは自分にアリカケシュへの給仕につけ、ということでもある。

 「席をはずせ」と言われない限り、彼女は彼女の主人についていなくてはならない。


「お嬢様は」

「もうお付きです」

「じゃあ、持って行っておくれ。ヘザンさんや、こっちが旦那様の分だよ」

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