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17 サヘ家姉妹、宴に参加する

「ぜーったいに、あの方、変な趣味だと思うわ」

「何が?」


 ひそひそひそ。男達の背後で、女達も密やかに、何事か語らっていた。


「だって幾ら何だって、好みがサボンの方だなんて!」


 マドリョンカはセレに囁く。


「そんな風に言うものじゃないわ… それにあなた、さっきからきょろきょろと… 少しは落ち着いたらどう?」


 たしなめる様にセレも囁く。

 そう、宮中に入ってからというもの、末の妹は、ずっと視線をちらちらと参席している男達に向けている。


「はしたないわ」


 すると妹はぷっ、と頬を膨らめる。


「お姉様はいいわよ」

「なぁにが?」


 ふふ、とセレは笑う。


「だってお姉様はこれでやっと、晴れてご結婚じゃあないの。一人だけ、ずるい」


 セレは苦笑する。

 確かにそうだった。婚約して一年以上経つというのに、未だ彼女はサヘ家の令嬢セレナルシュのままだった。

 たとえ姉であっても、アリカの方が身分は高い。慶事はまずそちらから、だ。

 何と言っても皇后だ。帝国の一大事なのだ。

 そのお披露目が叶わない限り、どんな慶事も後回しだ。

 もっとも嫁ぎ先にしてみれば、遅れても何でも、今回の事態は大歓迎だった。

 妹の位に伴い、サヘ将軍家の地位も上がっていた。何せ皇帝の縁戚である。

 「けど長かった」と言った、結婚相手の安堵した表情をセレは忘れることができない。

 歳の離れた結婚相手は、身分より何よりセレ自身と一緒に暮らすことを何よりも望んでいた。

 彼はこの時、一族の中でおそらくただ一人、サヘ家令嬢ではなく、セレナルシュそのひとを求めていた。

 正直、セレにしてみればそれは意外だった。

 不思議で、そして何処か胸がくすぐったかった。

 その思いがやっと叶う、と相手はその時彼女の手を取って強く握りしめた。

 暖かい手だった。心地よい温もりだ、とその時彼女は思った。

 相手とは決して強い感情でもって結婚する訳ではない。だが穏やかで、尊敬できる。

 自分達はきっと幸せな生活を送ることができるだろう。そう願っている。

 だからこそ、マドリョンカにも自分同様幸せになって欲しいと願う。

 セレは妹達の中でも、マドリョンカが一番のお気に入りだった。

 とは言え、他の妹達を嫌っているという訳ではない。そもそも彼女には「嫌う」という感情があるのかすら怪しいのだ。

 だが「苦手」という感情はあった。確実にあった。

 何しろ残り二人の妹は、何を考えているのか判らないのだ。

 シャンポンの考えていることは難しすぎた。

 話していると自分が馬鹿になった様で嫌だった。

 ―――いや、決して難しいことではないのかもしれない。

 時々彼女は一人になった時、そう思う。

 確かにシャンポンは知識がある。多くの言葉を知っている。理屈もこねる。

 だが話の本質さえきちんと説明してくれれば、理解はできるだろう。

 自分は決して賢い女ではないかもしれない。

 でもそれほど馬鹿でもない、と思うのだ。自分は、ごくごく普通のありふれた「令嬢」なのだ。

 シャンポンを理解することはできるだろう。

 だが気持ちの何処かがこう主張する―――「理解したくない」。

 結果、彼女はシャンポンと話すのが「苦手」になるのだ。

 もう一人の妹は。

 マヌェはシャンポンに懐いた。シャンポンにだけ、懐いた。寂しかったが、どうしようもなかった。病気なのだ、と自分に言い聞かせた。

 だからこそ、マドリョンカが好き嫌いをはっきり示す様になった時、自分に懐いたことがひどく嬉しかった。

 お気に入りの妹。幸せに。誰よりも幸せに。そう願っている。 

 だがどうやらこの妹は、願っているだけでは済みそうになかった。 


「お姉様と違って、私はこれから。だからどんな方だって、気にはなるわ」


 マドリョンカの声は囁きであっても強い。言葉の一つ一つが力を持っている。


「でもマドリョンカ、それは良家の令嬢として、ひどくはしたないことよ」


 せいぜいセレにはそう返す程度しかできない。


「やはり殿方から望まれて結婚するのが一番幸せなのよ」

「お姉様はそれでいいわ。お姉様はそれで幸せになる。なってね。でも私は違うの」

「そうかしら… だけどあなたあの方には興味無いのではなかったの? セン様は」

「無いわ」


 ぴしゃりと彼女は言い放つ。


「でもそれはそれ、これはこれよ」


 セレは首を傾げる。

 マドリョンカは軽く胸を張る。ぽん、と育った胸が礼装に、丸く盛り上がっている。

 この日の彼女は流行りの「桜好み」ではなく、立ち襟のぴったりとした上着だった。

 礼装なのだ。流行りものを纏うことはできない。

 しかしその範疇であるからこそ、微かな違いが際だつ。

 セレは同じ形の礼装でありながら、できるだけ身体の線を隠す様に、ゆったりとしたものを身につけている。

 だがマドリョンカのそれは、違う。

 アリカが宮中に嫁いで一年。同じ歳のマドリョンカは今まさに、花開く時期だった。

 サヘ家の四姉妹のうち、誰が一番美しいか、と問われたなら、誰もが間違いなく彼女を指すだろう。

 当人にもその意識は強い。また、そうなろうと努めている。

 肌の手入れ、魅力的とされる身体つきを作る努力。胸は大きい方が。唇は紅い方が。肌はしっとりとなめらかな方が。

 肉体だけではない。仕草や言葉つかい、歩き方、笑い方においても、彼女は常に見られていることを意識していた。

 そんな二人を背後から眺めながら、シャンポンはひどく憂鬱な気分に囚われていた。

 そもそも彼女はこの様な宴に顔を出すのは好きではない。


「そんなこと言ってもあなた」


 今はおっとりと優雅に微笑む母は、出がけにはひどく困った顔をしていた。


「姉様とマドリョンカだけで良いではないですか。あの二人はああいう場が好きですし向いてます。綺麗だし華やかだし。私が行っても場違いです。礼儀も知らないしろくな事も話せません。マヌェを連れていかないなら、私だって構わないはず」

「あなたとマヌェは違います」


 娘の屁理屈を母はぴしゃりと遮った。


「それにあなた、結局それは愚痴でしょう。そこまで用意しておいて」


 ぐっ、とシャンポンは言葉を呑み込んだ。


「それともあなたは、召使達があなたに着せかけたその服を、心を込めてしてくれて化粧を、ここで台無しにして悲しませたいの?」


 そう言われるとシャンポンは弱い。

 彼女は母が好きだった。尊敬していた。

 母の出自と、それ故に彼女が下の者に見せる優しさは、彼女自身常々見習いたいものだ、と思っていた。

 特に今回、この普段身につけない女物の礼装と化粧に関しては、お付きのトゥイリイの力作だった。

 礼装の中でも、上と下で重ねる色、模様、帯や髪飾りを自分に似合うものを一生懸命選んでいた。

 化粧もまた、欠点を隠し美点を生かす様、マドリョンカ以上に時間と力を入れたものだった。


「まあシャンポン様、お綺麗ですわ。どうしていつもこういう格好をなさらないのでしょう…」

「いつも言ってるじゃないか。女物は動きにくい。面倒くさい。こんな袖じゃあ長棒も持てない」

「だから普通は長棒は殿方に任せれば良いではないですか」

「太后様は長棒の名手だったって父上から聞いたことがあるぞ」

「それはそれです」


 トゥイリイはぴしゃりと言った。


「スキュヒやメイリョンが私時々うらやましくなりますわ」


 スキュヒはセレの、メイリョンはマドリョンカの乳姉妹である。


「じゃああの二人についてもいいんだよ?」

「何をおっしゃいます。こんなシャンポン様を私が見捨てられますか」


 ずいぶんな言いぐさである。だがそれができるからこそ貴重でもある。


「それにマヌェ様にもお土産やらお話やらお持ち帰りになれるのはお嬢様だけですのよ」

「…」


 それを言われるとシャンポンも痛かった。

 マヌェはこの日、留守番だった。いや、この日だけではない。彼女が公の場に出ることはまず無いだろう、とこの家の者は皆知っている。


「そうだね、宮中の珍しい美味しいお菓子とか、どんな人が居たとかくらいは話してやれるな」

「それにお花も。ソゾはいつもマヌェ様の花好きを嬉しそうに話してくれますのよ」


 ソゾはマヌェの乳姉妹である。


「ソゾも着付けを楽しみたいだろうに」

「まあシャンポン様、私の前でそれを言うのですか!?」


 トゥイリイは呆れた様に言ったものだ。

 そう、だからとばかりに、とりあえず宮城に入った時から、決して何も見逃さない様に、と目を凝らしてきたのだ。

 宮城の大門からは徒歩となる。結った髪がひどく重く感じられた。

 確かに滅多にこの様な場に出ないシャンポンからすれば、宮城内のものは目新しかった。玉砂利を踏む人々の足音、何処からか漂って来る木の花の香り、太い柱の濃い赤の色。

 小さな女官見習いが列を為して何処かへと修練に出向く。同じ服、同じ髪、ぞろぞろと、神妙な顔をして行く子供達は可愛らしい。地味な色の官服をまとった者が、明るい色の男に頭を下げる。文官の服の色はその位を表していると彼女は学んでいる。

 実際に見るのはこれが初めてだったが、判りやすいな、とシャンポンは思う。


「あらシャンポン、誰か素敵な人が居て?」


 母が問い掛ける。


「素敵な?」


 くすくす、と姉と妹も笑う。思わずシャンポンはむっとする。自分達と一緒にして欲しくない、と思う。あくまで自分はマヌェのために、見に来ただけなのだ。

 そんな憂鬱な気分に襲われながらも、彼女は視線をあっちに飛ばしこっちに飛ばしていたのだが。

 ふと。


「…あれ」


 ふっ、と。

 朱い女官服が目の端をよぎった。

 正確には、上着が朱く、たっぷりとした下履きは黒である。


「どうしたの?」


 マドリョンカが訊ねる。


「今、女官の方が向こうを通って行かなかった?」

「女官の方?」


 セレもシャンポンの視線の先を追う。首を傾げる。


「おかしなひとね。女官の方が居たって別に構わないでしょ。ここは宮中なんだし」


 それはそうなんだが。


「いや、そうでなく、何処かで見たことあるような」


 言葉を濁す。


「サボンじゃないの? うちの」

「ああそうね、それはあるかもしれないわ。ねえお母様、サボンもこのたび、上級女官に任命されたんでしょ? 全く凄い出世よね」


 マドリョンカは母に問い掛ける。


「ええそうね。何ったって、皇后様にお仕えするんですから、必要なことなんでしょう」

「まあサボンなら、大丈夫だと思うけどね」


 マドリョンカはうんうんとうなづく。


「まあずいぶんあなた、あの子のこと知っている様に」


 母は笑った。


「だってお母様、お父様がサボンにはうちの書房を自由に出入りさせてたじゃない」

「あなた方だって、自由に出入りできましたよ。ただあなた方は興味がなかっただけでしょう。シャンポン以外」


 二人の娘は苦笑した。


「ああ、それよりお母様、そろそろ時間ですわ」


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