9. 見つけた
どの位森から歩き続けて来たのか、森の中の自分の行動範囲を何回周った位の距離を歩いたのか、考える事はあったが、数え切れない程、とまでしか分からなかった。
雨が降る時期はまだ終わっていなかったが、それでもとんでもなく長い距離を歩いただろう。
けれど、草原は未だに続いていた。広大なこの草原の先に、また森か何かがあるのだろうか。
それとも、これから先はただ、草原が続いているだけなのだろうか。そんな事はあり得ない、と思いたい。終わりがあるのかすら分からないけれど。
ただ、この草原を歩き続けるのは飽きた。
自分より巨大な鼻の長い草食獣や、首の長い斑点模様の草食獣を見る事もあった。
羽があるのに空を飛ばない鳥らしき獣も見た。とても素早い、斑点模様の、虎に似た獣も見た。巣穴を掘って暮らしている小動物も沢山見た。それら全て、もう、見るのにも飽きていた。
何にも遮られない空を見るのも慣れた事だった。全ての獣の肉の味を確かめてみた訳でもなければ、きっとまだここ辺りに住む、自分の見た事の無い獣も居るのだろうと思いながらも、自分と同種の獣が居ない事に対してはつまらなさを覚えていた。
それでもただただ、獣は歩き続けるしかなかった。
刃持ちと、いや、自分と互角な獣や生物と戦いたい気持ちが湧き上がって来ていた。
そんな命を賭けて戦う何て馬鹿げているとも思うが、ギリギリの戦いを求めている自分を抑える事は余り出来なかった。
出来なくとも、相手は居ないのだけれど。
そんなある日、地平線の先から何かが見えて来た。足は自然と早まり、気付けば走り出していた。
とてつもなく、今まで自分が見た事の無い程の巨大な何かが先にある。
少しの恐ろしさもあったが、好奇心が圧倒的に勝っていた。段々と、その巨大な何かがはっきりと見えて来る。
……何だ、あれは。
全容が見えた所で、立ち止った。
大地が、高く、巨大に盛り上がっていた。
自分が寝床にしていた場所も土が盛り上がっていた場所を掘ったものだったが、そんなものとは全くの別物だ。その盛り上がっている大地は自分が見て来た何とも比べられない、遥かに大きいものだった。
何せその高さは、雲よりも高く、頂点は今はその雲に隠されて見えなかった。
そしてその前には、大きな池が広がっていた。森の中にあった池とはまた別物のような気がしたが。
眺めている内に登ってみたい、という気持ちがずいずいと湧き上がって来る。失せていた興奮がまた復活してきた。
そしてまた、その大地の真中辺りに違和を感じた。その大地の斜面に生えている木々がその辺りだけ無く、その代わりに様々な見た事の無い、ただ自然と発生するものとは全く別に思える何かがあった。
はっきりとはそこに何があるのか分からない。ただ、そこには刃持ちと同種の生物が住んでいるだろうとだけは、何となく察しがついた。
行ってみようか? ただ、怖さもあった。手強い獣と対峙した時とは全く別物のそれだ。
何をしてくるか分からない。石をただ投げるような単純でない、飛び道具さえ使って来る。火も自分で起こす事が出来る。
それ以上の事も簡単にきっとやってのける。そんな未知に飛び込んでいくのはやはり、躊躇われた。
けれども、きっと死ぬ事までは無いだろう。そんな多くの数に囲まれたりしなければ、その未知にも対処出来る。飛び道具にだって対応出来た。
少しの時間悩んでから、そこに向う事に決めた。
その前に、その大地の前にある池で一休みしよう。そこには木も多く生えていた。そんな森のような光景を見たのは久々で、僅かに懐かしさも覚えた。
池へ向かう足取りが自然と早くなる。
血を飲んで渇きを癒していた身としては、ただの水が恋しくなっていた。
その池の水は、森の池の水よりもとても透き通っていた。道中に偶にあった、雨が降ってただ溜まったようなものでもない。
泥の色が全く無かった。結構深いのに、底まで見える。ただ、魚の姿は余り見えなかった。
風が水面を揺らし、小鳥が羽ばたいているのが見えたり、対岸に草食獣が少し水を飲んでいるだけで、それ以外には何も居なかった。大顎の肉食獣もここには居なかった。
とても静かだった。それは、草原を歩いている間、獣が見当たらない時に感じる静かさとは少し別物のように感じられた。
この池の為だろう。獣が見えなくとも居るかもしれない、と思える死角が至る所にある草原とは別で、この池は目で見て殆ど魚や蛙や肉食獣さえもが居ないと分かる。
はっきりと分かっている静けさだった。
水を飲む。生物が居ないからと言って、変な味はしなかった。と言うよりは、しなさ過ぎた。
森の池の水は、泥の味や蛙の匂い、植物の何かがこびりついていたりした。それが当然だったが、ここの水はそう言うものも全く感じられなかった。
これが、ただの、本当の水なのか? 味がしない。けれど、何か美味いと感じる自分が居た。
何故だろう。何も入っていないから美味しいのか?
良く分からなかった。
水を飲んでからまた、盛り上がっている大地を見上げた。この高い大地を登って行けば、今まではただ見るだけしか出来なかった雲に触れる事が出来るのだと唐突に気付いた。
あのふわふわとした白い物の上を乗る事は出来るのだろうか。
掴んで千切って食ってみたくもある。味は大してしない予想は付いた。
息を抜き、座った。大した疲労は無い。けれども、この大地を登るにはかなりの体力を使うだろう。
それに中程にある、きっと刃持ちと同種が住んでいる場所にも行ってみたい。そこに行く前に体力を失ってしまったら、危険極まりない。
かなり早いが、今日はここで休む事にした。
太陽が傾き始めた頃になり、獣は大きく欠伸をした。
久々に刃持ちを想像しながら体を動かしていたが、静かではあったものの、ここ辺りに住むであろう獣はちょくちょく水を飲みに来ていた。
この大きな池の生物が居ない静けさは少々不気味でもあったが、その周りに関しては特に変わった事は何も無かった。
空腹も少々感じている。何か狩って食べようか。
疲れて眠くなった体を回し、両手を何度か握って開いた。
刃も血を想像しながら体を動かせば、戦いたくなる気持ちが疼いて来る。切り捨てたそれを懐かしく思う。
この先、どうしても先へ進めないような場所が出て来たら、自分が十分に楽しめたら、またあの森に戻るのも良いかもしれない。
そう思いながら、取り敢えずはと、獲物を探す為に辺りを見回した。
対岸の木陰に、何かが動いたのが見え、じっ、と見つめる。
用心深さからして、草食獣だろうか。どちらにせよ、ここからでは追うのも難しいか。
違う獲物を探そう。その時、そこに居た獣の姿が見えた。
今までに見た事の無い、例えるならば虎と狼の中間のような獣。しなやかさと力強さは、この遠くから見ただけでも普通の獣のそれを卓越しているのが分かった。
……同じ、だ。
茫然としながら思ったそれは、確固たる直感だった。




