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8. 渡った

 雨に降られ、太陽の光を直接浴びて、獣を狩り、ただ歩き続けた。

 どの位歩いたかは分からない。前後左右、全てが草原だった。木がぽつ、ぽつ、と生えていて、岩が偶にある。

 刃持ちの種族を見る事は稀にあった。

 けれども、自分に戦いを挑んで来たのは最初限りだった。長い顔の草食獣を食いたい気持ちや、生物が持っている物を奪って中にある食い物を食べたいという欲求はあったが、自分から襲う事はしなかった。

 自分に近付こうとして来なかったのもあるが、やはり友という関係になった刃持ちと同じ種族を自ら積極的に殺そうとはどうも思えなかった。

 殺せば美味い物が手に入るとは言え、未知の危険を冒してまで戦おうとも思わなかった。


 土はしっとりとしていた。草が高く伸び始め、自分の背丈でも身を潜めれば姿を隠せる場所も所々出て来た。しかし、草食獣の群れも良く見かけるようになったからか、全く草の生えていない場所も良く見かけるようになっていた。

 そんな中、草食獣を背後からひっそりと眺め、番を得る為に背中の方にまで曲がっている角を打ち合わせている所を見れたのはとても面白い事だった。

 先端は尖っているのに、それは使わないのか、とも思った。使えそうにも無いが。

 そしてまた、久々に川を見つけるとそこにはまた様々な獣が居た。鱗と巨大な顎を持つ、大きな蜥蜴のような沢山の肉食獣。その肉食獣が沢山居る川を群れで渡ろうとする、より沢山の、太く短い角を持った、肉体は太いような細いような草食獣。

 川を渡り切った所には、立派な鬣を持つ肉食獣が待ち構えている時もあり、また草食獣を襲っていた。

 森の中の川とは違い、そこには静かさが無かった。けれども、そこまで驚いてはいなかった。もう、未知の事を知るのに慣れ始めている自分が居た。

 渡ろうと思うが、それには問題があった。

 渡り切った場所に居る肉食獣は大して問題ではないが、その川を無策で入ろうとすれば、自分でさえその大顎の肉食獣達に襲われて死ぬかもしれないと思った。泳ぎは得意じゃない。

 どう渡ろうか。一匹一匹引きずり出して殺してから渡る事はすぐに選択肢から消えた。

 ただ渡る為だけに、食いもしないのにこの肉食獣全てを殺すのは以ての外だった。とは言え、殺さずにわ渡る事も難しいか。

 川岸に沿って歩いてみたが、渡れそうな場所には大顎の肉食獣が漏れなく居た。しかも、決まってある程度の数が居る。

 本当に、どうしようか。水を飲む次いでにその大顎の肉食獣の一匹を殺して食べながら、思う。

 何かに似ている味がする気がしながら、むちむちと弾力のあるそれを口の中を動かす。

 大した考えは浮かんで来なかった。そもそも、森の中ではそんな事考えなくとも生きていけた。

 頭をぽりぽりと掻く。一番距離が短い場所だろうと、崖から崖へ、ましてや崖から川岸へさえも跳んで越えられない事は確実だ。

 木でも折って振り回しながら渡ろうかとも思ったが、ここに生えている木は自分の腕力でも折る事は難しそうな程に太く、そして折れたとしても振り回せそうにも無かった。

 振り回せるもの。目に入ったのは、今現在食べている、その肉食獣だった。

 いや、でもこの肉食獣は硬くない。叩きつけて怯ませられたとしても大して効果は無い気がした。

 それにそもそも、足が川底に着くとも限らない。

 もう一匹でも自分と同じような獣が居れば良いのに、と思う。未だに自分と同じような獣に会ってはいない。ただ生きる事に精一杯な獣ばかりだった。自分も少し似たようなものではあるが、刃持ちの種族は、獣という括りにすら入れて良いかすら分からない。

 言わば、その刃持ちの種族と、視界に居る獣の中間のような獣。そんな獣はまだ自分と血族以外に見つかっていない。

 少し、寂しくなった。

 まさか、自分の種族しか、そんな獣は居ないのか? そうは思いたくなかった。

 それは、恐怖でもあった。様々な孤独から逃れたい気持ちが、刃持ちと会ってから生まれ始めていた。


 かなりの間、そこで過ごした。雨が降ろうと、陽射しが照り付けようと、良い考えは浮かんで来なかった。あの大顎の肉食獣が跋扈する中を無策で突き進もうとは思えなかった。

 草食獣達が川を渡っている光景を見る事も余り無くなった。危険を冒してまで川の向こうへ行く理由は良く分からないが。

 刃持ちが来るのは、もうほぼ諦めていた。元から来ないだろうと思ってはいたが、来てくれるかもしれない、という考えもほぼ消えていた。

 来てくれたらその知恵で何とかしてくれそうな気がしたが、それはもう、妄想でしかないだろう。

 この大顎の肉食獣ばかりを食べるのも流石に飽きて来た。

 狭い場所で、そんなにいつも居るその獣の数が少ない場所で狩り続けていれば、その内数が減って来て安全に渡れるようになるのでは、とも思ったけれど、気が付くとどこからかまたその肉食獣がやってきていて、結局数は減らなかった。

 やはり皆殺しにしてやろうかとも、思う。

 ただ、誰の糧にもならずに腐って行く様を想像すると、躊躇われた。最初の頃、まだこの獣を食らうようになる前に、数の多くない場所を見計らって皆殺しにするのならば、それはそれで今まで食らった数よりも少ない殺害数で渡れたかもしれないが。いや、そういう思いがここに来た時にあったとしても、皆殺しにしただろうか。

 もう、それは分からない事だ。ここに来た直後に思っていた事何て、殆ど忘れている。

 むちむちと肉を食べながら、草食獣が大して居なくなろうともそこに居続ける肉食獣を眺める。

 あの大顎で剛腕ならともかく、足にでも噛みつかれたら溜まったものじゃない。それも数匹一気に来たら、対処しきれない。強引にねじ切られて殺される自分の姿も思い浮かんでしまった。

 数が少なければ良いのに。それか、川が干上がれば良いのに。

 肉を飲み込んで、頭をぽりぽりと掻いた。もう、戦いや狩り以外で殆ど使った事が大して無い頭をその別の方向で使うのには慣れ始めていたが、どうやら慣れる内に頭を掻く癖も付いたらしかった。

 草食獣達が群れを為して渡っている時にどさくさに紛れて一緒に渡ってしまえば、それが一番安全だったかも、と思い返して後悔もしていた。

 ぽつ、と頭に雨粒が当たる。顔を上げると、いつの間にか曇り空が厚くなっていた。川に雷が落ちれば全員気絶するだろうけれど、そんな都合の良い事も起こらないだろう。

 すぐにさらさらと降り始めた雨を顔を上げたまま眺める。眼球に雨水が染みて、瞬きを何度かした。

 じっと眺めていると、雨は予想以上に強くなってきた。ざあ、ざあ、と音が激しくなる。雨水が体の細かな溝を通って行くのが感じられる。

 目を開けていられなくなり、顔を前に戻した。

 ぼうっとしていると、目の前で川から突き出していた崖の土が少し崩れて落ちた。

 ……良いかもしれない。

 流れる川で土は全て流されるだろう事は分かっている。それでも、良さそうな場所を探して、一気に崖を壊して向かい岸までの距離をほんの少しの間でも縮める事が出来たら。

 やってみる価値はありそうだった。

 早速立ち上がって、体を解した。

 久々に、酷く疲れるまで体を動かすかもしれない。いや、それはそれで、安全な寝床を持っていない今は止しておこう。急ぐ必要は無い。


 雨が止む頃、叩き続けた地面に大きな皹が入った。対岸は崖ではなく、河原になっている。肉食獣達が寝そべっているが、それ程の数ではない。

 ここを壊せれば、きっとほんの僅かな間でも水に浸かっている時間は少なくて済む。

 そして、水の中で襲われる可能性もそれだけ少なくなる。確実では無い方法である事は分かっていたが、考え得る中で一番安全な方法だった。

 もっと、自分の思いつかないような安全な方法もきっとあるのだろうとも思っていたが、この方法で行く事は既に決めていた。

 けれど、決行するのはまた後にしよう。今は川のかさも増えているし、疲労も結構ある。

 戦うのも疲れるものだが、ただひたすらに力を入れ続けるのも疲れるものだった。

 息を抜いて、どさりと座った。

 足にも結構疲労が来ているな、と思った。出来るだけ大きく崖を壊せるように、皹を入れた場所は崖縁から少し離れた場所にまで入れてあった。

 崖を壊すのは、今日じゃなくても良いか。そう決めた時、びし、と音がした気がした。

 嫌な予感がする。立ち上がって、その事態に備える。ただ、亀裂には何も変化は見られない。

 少しの間、じっと待った。何も、起こらない。

 …………気のせいか? 気を付けないと、と思いながらまた息を抜いて、どさり、と座った。

 あ、と思った時にはもう、遅かった。さっきより明確な音が、確実に聞こえた。その音に連鎖するかのように、びし、びし、と地中から音が聞こえて来た。

 体にも僅かに振動が伝わって来て、獣はすぐに立ち上がって、どう地面が崩れるのに備えて構えた。

 音は聞こえて来るものの、まだ崖自体が崩れる音は聞こえていない。

 ただ、もう一度でも強い衝撃を与えたら、この崖は確実に崩れるだろう。殴るか?

 少し迷っている間にとうとう、崖が崩れる音がした。そして、そこからは早かった。

 一気に崖が崩落していく。想像を遥かに越える派手な音を立てて、周りの土もかなり巻き込み、自分の足元さえも影響を受け始めて思わず後ろに下がった。

 もしかして、自分はこの肉食獣を皆殺しにするよりもっと、沢山の食いもしない獣達に影響が出る事をやってしまったのでは?

 しかし、それを悩んでいる暇は無い。今は雨が降った後、川は少し増水していた。少なくとも増水している間は止めておこうと思っていたが、崩落してしまった以上行かなければ。

 川へ滑り落ちないように、やや慎重に歩みを進める。目の先では、崩落した土の塊が川の中へ沈んでいこうとしている。

 早く行かなければ。足に力を込めた。滑らないように跳び、川の縁に一度着地してからまた、その土の塊に跳んだ。

 幸いな事に、肉食獣は驚いて崩落した場所から距離を取っていた。万が一水に落ちても大変な事にはきっとならない。

 土の塊に着地すると、すぐに崩れ始めた。咄嗟に手も着いたが、すぐに足が水に浸かった。けれども、土砂のおかげで川が浅くなっていた。

 これなら大して問題は無い。対岸もそこそこ近い。

 肉食獣達が遠巻きに自分の事を眺めているのを見ながら歩く。川は泥の色に染まっていて、下は見えない。

 歩きながら、念の為周りを見回してみる。

 左、右。居ない、と思う。目と鼻だけ出して泳ぐこの肉食獣は見逃し易いし、時には川底に潜っていたりするが、居ないと信じたい。

 もう川岸は近い。少しは泳がなくてはいけないだろうけれど。その時さえ近寄って来なければ何事も無く渡れる。

 土砂が流れていく。足が段々と水に沈んでいく。

 肉食獣達は少しずつ近寄って来ていた。泳ぎ始めたらすぐにでも襲おうとしてくるだろうか。

 そうなら、早くにでもこの川から出なくてはいけない。

 ほんの僅かな距離、水に体が浸かる。足は川底に着いたものの、胴の上の方まで水中に入ってしまっている。

 肉食獣達がそれを見て少し加速した気がした。必死になって前に進みながら、襲われる草食獣の恐怖を知れたような気がした。全く嬉しい事じゃない。

 次第に水から体が出て来る。水を掻き分けて、更に前へと進む。

 大丈夫か? 肉食獣達が近寄って来る前に岸に上がれそうだと思う。

 右に何か居る感覚がして、咄嗟に体を捻って噛みつきを躱した。閉じられた顎を両腕で抱き締め、暴れるそいつの目を片方叩き潰して捨てた。

 一匹なら水中でも問題ないのか。


 川岸に上がると、肉食獣達が近くまで来ていた。指の数程だ。

 陸上なら、その数だろうと戦うのも逃げるのも問題ない。眼球の液体が付いた手を数回握って吼えて威嚇してみたが、耳が弱いのかそれとも陸上で仕留められるとでも思っているのか、余り退かなかった。

 一匹に向けて走り、開けられた口を踏んで閉じさせ、そのまま肉食獣の背中を踏んで走り去る。

 少し疲れたし、戦うつもりは最初からない。捕食する側とされる側が逆転しそうに一度なったが、今は元通りだ。

 それに、ただの獣と戦って勝とうと大して喜びも無い。対等な状況になれば別かもしれないが、一対一でこの肉食獣と対等な状況で戦う何て事、ここでは有りそうになかった。

 川岸の先へと歩くと、濡れて鬣が萎れている肉食獣が居た。乾いている時の威厳が少し失せているように見え、吼えると逃げて行った。

 振り返って川岸を眺めると、自分の壊した崖がかなり大きかった事に再度驚いた。自分の腕を見て、もう一度崖を眺める。

 自分はこんな事も出来るのか。自分でやった事とは言え、驚きは結構強いものだった。

 暫くしてから、先に進まずに良い寝床を探す事にする。少し、いや、そこそこ疲れた。

 腹は減っていないが、何かを食いたい気分もある。

 大顎の肉食獣を食おうかと思った。既に飽きた味だが、これから先、見る事も少ないだろう。

 むちむちとした独特の食感ともきっとこれから先出会う事も余り無い。

 うん。最後にまた、食っておこう。

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