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29.

 刃持ちが走って来る。

 ごちゃごちゃした気持ちを全て振り払う思いで吼えた。刃持ちが回転し、自分の剛腕に刃を突き立てた。

 速い。深い。重い。

 骨までは届いていないものの、表面だけではなく、肉まで刃が届いていた。片腕で。

 瞬間、腕を引く。刃持ちが引っ張られ、そして手を放した。刃持ちがその勢いを利用して眼前に迫って来た。頭突きは出来ない。頭を横にずらした。

 もう一本の刃の根本が額にぶつかり、そのまま引かれた。

 ぶしゅぶしゅと血が出る。頭蓋までは壊されてない、が、酷く痛い。思わず額を抑えた。両腕で刃が握られていたらもう、致命傷だった。

 後ろで刃持ちが倒れた音がして振り返る。もう既に起き上がって両手で刃を構え直している。口からは血がごぽごぽと出ている。

 目に付いた血を拭う。自分の剛腕ごと切り裂かれる一振りが今まで以上に速く飛んで来る。

 自分の方が勝っているだと? ふざけるな。何を言っているんだお前は。

 近付けない。

 しゃがんで石を両手に掴んだ。その瞬間懐に入ろうとして来る。力を込めた脚で高く跳躍し、刃持ちを飛び越えた。振り返った刃持ちに空中で石を一つ投げた。峰で強く弾かれる。石は自分が投げたよりも速く飛んで行った。

 着地して前に転がって後ろを振り向く。刃持ちが走って来る。

 防戦一方だった。


 刃を何とか躱し続け、石を投げ、振り払い。

 右の剛腕に刺さっていた刃は捨てる暇もなく取られ、そして今は左に刺さっていた。

 最初に受けた傷以外、大した傷は受けていない。けれど、攻める事が出来なかった。攻撃はいつもより速く、重かった。隙を見つけようとする事さえ許されなかった。

 刃持ちは、今や、死そのものだった。死にゆく死だった。その刃は自分の命を刈り取るものだった。

 ただ、防戦一方でも、刃持ちは時間が経てば崩れ落ちるだろう。血はだらだらと流し続けている。限界が消える、と言っても失われた血が戻って来る訳でもない。

 が、それで良いのか? いや、駄目だ。

 そんな終わり方、刃持ちも自分も望んでいない。そんな終わり方になるなら、死んだ方がましだ。

 必要なのは、はっきりと優劣の付く決着だ。時間切れ何て、そんな終わり方、最低だ。

 拳に、剛腕に力を込めた。息を吸って、止めた。片手に握っていた石がぴし、ぴし、と音を立てた。刺さっていた刃が押し出されていく。剛腕が更に固くなる。

 足を前に出した。刃持ちが止まって刃を上に構えた。

 戦い方を、戻す事にした。元々の自分の種族としての戦い方に。受け止めて、力で叩き潰す。……いや、少し違う。戻す、じゃない。還元する。刃持ちの攻撃は受け止められるようなものじゃない。

 受け流して、力で叩き潰す。受け止める訳でもなく、躱すのでもなく、受け流す。

 とても難しい事だった。けれど、それに賭ける事にした。それが、良かった。

 失敗すれば、自分は死ぬ。刃持ちと共に。成功すれば、自分は勝つ。刃持ちは死ぬ。決着は、確実に付く。

 ぴし、ぴし、と石が砕け、手にその破片が刺さった。そんな事関係ない。額からだらだらと血が出続けている。そんなの関係ない。

 息を止めている間に、決着を付ける。そう決めた。

 刃の刺さっていない剛腕を前に出した。刺さっている剛腕を後ろに構えた。姿勢を低くした。

 ごぷ、と刃持ちが血を吐き出した。しかし、動じなかった。血が目に染みた。動じない。

 ぐっ、と足に力を込めた。ぶしゅ、ぶしゅ、と足から血が噴き出る感覚がした。それは、実際の感覚じゃない。あの時の記憶だった。

 お前に負けていたんだ?

 ふざけるな。今、自分は負けているじゃないか。ただ死なないように踏ん張っているのが精一杯な今、それでもお前は自分に負けていると言うのか?

 お前は俺に負けていると言うのか?

 自分が失われていく感覚がする。それも記憶だった。

 なあ、戦友。

 ……。いや、今は良い。

 刃持ちに向って、跳んだ。


 刃持ちは記憶のようには引かなかった。ただ、上げていた刃を下に降ろして、腰を落とした。

 前に出した剛腕と刃持ちに全てを集中させた。

 きっとその刃は自分の剛腕も、そして自分の体そのものも切り裂いて来るだろう。受け流せれば、勝ちだ。そうでなければ、死ぬ。

 単純だ。

 時間は、ゆっくり流れるようで、それでいて速かった。

 刃持ちの指が動いたのが分かった。腰をより一層沈めたのが分かった。

 自分の身体は、斜め上から刃持ちに向って落ちて行く。受け流せようとも、受け流せまいとも、後ろに引き絞った左拳は刃持ちに飛んで行くだろう。

 刃が後ろへ僅かに引いた。刃持ちの足は、大地をしっかりと踏みしめている。

 目が合っている。血で塗れた視界。もう焦点がぼやけている目。

 距離が近付いて行く。

 刃が動いた。同時に、右の剛腕を、振った。

 そして、一瞬が過ぎた。


 骨までさえも届かなかった。その刃は、自分の剛腕を切り裂けなかった。

 振った右の剛腕に、刃が突き刺さっている。ただ、それだけだった。

 そして、左の手は、刃持ちを地面へ押し倒していた。拳で殴るのではなく、いつの間にか開いていた手で、刃持ちを押し倒していた。

 完全に、自分の勝ちだった。

 息を吐いた。

「がぶぅ……」

 刃持ちが血を吐き出した。

「……やっぱ、お前、俺より強いよ」

 目は、もうどこも見ていなかった。見えていなかった。

 抑えつけていた手を放そうとすると、刃持ちはそれを止めるように手を乗せた。

「離さないでくれ。……お前を感じていたい。

 ごぶっ、げぶっ」

 刃持ちの鼓動はもう、今にも止まりそうだった。

 手に付く刃持ちの血は、どす黒く、そしてとても多かった。

 ……なあ、戦友。

 お前こそ、俺に付いて来て後悔しなかったのか?

 楽しかったのか?

「……もっとお前と歩きたかったなあ」

 ……。

「死にたくなかったなあ」

 …………。

 自分の手が震えていた。自分の体そのものが震えていた。

「げぶぶぅっ、がぶっ、ごふっ」

 もう、後ほんのちょっとの時間で刃持ちは死ぬ。鼓動は、もう止まりかけていた。

 喉が勝手に動いていた。

「た……の、し、かた」

 刃持ちが驚いた顔で自分の方を見た。けれど、もう見えていないのも、分かっていた。

「……。ありがとな。我儘に付き合って貰って」

 刃持ちが、ぐっ、と自分の指を握った。

 そして、力尽きた。

 鼓動は、止まっていた。

 刃持ちを抑えつけていた手を、ゆっくりと離した。するり、と自分の指を握っていた刃持ちの手が離れて、落ちた。

 その刃持ちの血は、とても不味かった。

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