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28. ○○だった

 身を屈めた。刃持ちも自分も、木の陰に隠れてその爆発が起こった方向を見た。

「本当に、運が悪いな……」

 刃持ちが小声で呟いた。

 全くだ。

 逃げる? いや、意味が無い。自分も刃持ちも、足は遅い。刃持ち達の方にあの四足の長顔の獣、馬が居たら簡単に追いつかれるだろうし、自分達の方に白青混じり、トルクスタが居ても同じだ。赤い鳥、メニクスタが居ても同じだ。

 そして、木々も疎らなこの場所では、逃げられはしない。この場所だって、近くに来られたら身を確実に隠せる場所何てほぼ無い。

 どちらかだけならば。いや、自分だけならば、確実に生き延びられるのだろう。ただ、刃持ちだけだったら、生き延びられる可能性も少ない。

 ……。

 方法が思いついた。刃持ちと目が合う。

 ただ、そうするだけでは不完全だろうし、それに加えて、そもそも刃持ちがそれをさせてくれるか、きっと無理矢理やらないと駄目だろう。

「どうする? 逃げるか?」

 刃持ちが聞いて来た。

 自分は木陰に身を潜めた。

「そうか」

 刃持ちも身を潜めた。

 機会が来なければそれで良い。それなら見つかる事も無いだろう。

 機会が来てしまったなら、やらなければいけない。

 ……関係は崩れてしまうが。

 刃持ちは、腕を伸ばせば届く位置に居た。そして刃持ちは、目の前に集中していた。


 爆発が起こる。淡い緑色の硬そうで巨大な兎が宙を舞っていた。

 メニクスタが急に落ちて行くのが見えた。

 どどっ、どどっ。

 馬の足音が聞こえる。近付いて来ている。あそこからどうやって逃げて来たのかは分からない。どうしてこっちへ逃げて来たのかも分からない。

 ただ、死んでいて欲しかったと思った。凄惨な死に方をしても、巻き添えに自分達が死んでも、ここまで逃げて来てほしくなかった。

 自分と刃持ちを巻き添えにして欲しくなかった。

 馬が数頭、刃持ち達を乗せて走って来る。乗っていた刃持ち達の一人が何かを飛ばした。

 着弾する。その瞬間、木々が密になっている、隠れられるような場所の一つが吹き飛んだ。

 続いて、もう一発、同じような場所が吹き飛ぶ。更にもう一発、また吹き飛ぶ。

 隠れられそうな場所を片っ端から吹き飛ばして近付いて来ている!

「……まずい。やばいやばい!」

 刃持ち達が飛ばしているものがぶつかったら爆発する。あんなものにぶつかったら自分の剛腕も木端微塵になる。

 刃持ちも自分も後ろへ下がった。見つかったらお終いだ。でも、ここにただ居てもその内吹き飛ばされる。

 見つからない、爆発に巻き込まれない場所何て、この近くに、見つからないまま動ける範囲内にあるのか? けれど、探さなければいけない。そうでなければ、死ぬ。

 周りを見回した。刃持ちも見回している。

 ……いや。

 何で刃持ちも一緒に見回しているんだ? 刃持ちは姿を現せば死にはしないだろう。

 自分だけ隠れられればそれでいいのに。

 思考で一瞬体が止まった。

 目の前の木が、木っ端微塵になった。自分も刃持ちも、吹き飛んだ。


 ふわり、と体が浮いたと思った時には、景色が飛んでいた。耳がきぃんと鳴っている。それ以外何も聞こえない。風が後ろから前へと吹いて来る。尻から落ちた。勢いは止まらず、ごろごろと後ろへ転がって、木に背中がぶつかった。

 ばらばらと、土が自分の上に降って来た。

 咳き込み、爆発が近くでもう一度起こり、後ろの木に押し付けられる。

 体に木の破片が沢山食いこんでいた。けれど、動ける。足にも腕にも、頭にも何も異常はない。

 目も両目、見えている。

 降り積もった土を振り払い、立ち上がる。

 刃持ちが目の前で倒れていた。そしてその先に、自分を殺しに来た刃持ち達が数人居た。その刃持ち達の後ろには、トルクスタが複数居た。土に塗れていて、白と青の毛並みは全く無かった。

 両手に落ちていた石を握った。目の前は開けている。この距離なら、馬にも刃持ち達にも、どちらにも当てられる。

 一人が自分の方に、何かを構えた。爆発する物を自分に当てようとしているのは明白だった。もう一人が後ろのトルクスタ達に狙いを定めていた。後は、倒れている刃持ちの方へ走って来ていた。

 多分、刃持ちを助ける為だろう。

 爆発するそれが飛んで来た。

 直撃しなければ、吹き飛ばされるだけだ。横に跳びながら馬に向って石を投げた。自分を受け止めてくれた木が吹き飛んだ。自分もまた、宙に浮いて吹き飛んだ。

 耳はこれ以上おかしくならなかった。起き上がろうとした刃持ちが転がる姿が見えた。生きている。

 木の破片が自分に食い込んで来る。またごろごろと転がる。土が掛かる。

 起き上がらなければいけない。狙われているのは自分だ。今、自分さえ死ななければ、この攻撃を掻い潜れば、どちらも生きていられる。

 土を吐きながら、無音の世界を目で確かめる。

 ぼろぼろになった大地に倒れた馬と起き上がった一人が見えた。刃持ちの近くで馬から降りた複数人、爆発を躱して追い掛けて来る一匹のトルクスタと動かないトルクスタ、それを迎え撃とうとしている一人。 

 石を投げる。

 起き上がった一人が寸前で躱した。爆発が何度も起きたせいで、視界は開けている。幸い、投げるのに適した石も沢山あった。

 石を拾う自分、またそれを飛ばして来ようとする一人。

 しっかり投げれば今度こそ当てられる。けれど、悪寒がした。

 視界が開けているという事。刃持ちを助けに来た刃持ち達が逃げて来た全員では無いという事。耳が聞こえない事。

 自分は、後ろが全く分かっていない。

 振り向いた。先に逃げながら、自分に狙いを定めている一人が居た。

 前に走って、跳躍した。そして、その数瞬後に前に吹き飛ばされる。刃持ちの方へ、一気に飛んで行く。

 起き上がろうとする刃持ち。助けようと来た刃持ち達は既にすぐ近くに居た。

 ……。

 吹き飛ばされながらも、姿勢は安定していた。

 石を捨てた。拳を握った。体にしなりを付けて、片腕を前に狙いを付け、片腕を後ろに引き絞り、助けに来た一人を着地と同時に叩き潰した。


 そのまま残った二人に向き直り、一人の首を掴んでへし折った。背を向けて逃げる一人に拳を振り上げた。

 どちらも動かなくなった。

 そして、血塗れの手で、丁度立ち上がった刃持ちの首を掴んだ。

 驚いた顔が一瞬見えた。そのまま地面に押し倒して、眠らせた。見た目は血塗れだ。

 随分上手く行った。

 ……これで、もう、今までの関係は消えてしまった。けれど死んでいるようには見える。自分達にも誤魔化せる。殺さずに済む。

 残りの一人が自分に狙いを定めて来る。耳はまだ何も聞こえない。

 刃持ちを横に投げ、自分はその逆に走った。馬が逃げて行く。

 走りながら拾った石を投げる。躱され、爆発するそれはまだ飛ばして来ない。

 止まれば恰好の的だ。けれど、止まらなければ強く石を投げられない。

 近付いても自分と言う的が大きくなるだけだ。自分の体が木端微塵になるだけだ。

 我慢比べになる。特に、自分しか居ない場合、追って来た自分達が全て死んでいた場合。ただ、それは有り得ないだろう。

 爆発するそれが飛んで来て、咄嗟に横に跳んだ。

 しかし、自分目掛けて飛んで来ると思ったそれは目の前の地面にそれは着弾し、土砂と共に吹き飛ばされた。

 もう何度吹き飛ばされたか。耳は聞こえないままだ。そして、視界さえもが土砂で遮られている。

 連続で飛ばせない事は分かっている。ただ、もう一度飛ばしてくるまでにどの位の時間が掛かる? 石を握り締めたまま、吹き飛ばされながら、思う。次の準備が出来るまでに石を投げられればとても有利だ。投げられなければ、勝つ道筋自体、見えなくなってしまう。

 尻から落ち、転がりながら降って来た土砂に埋もれた。その傍目に、トルクスタが走って行ったのが見えた。

 自分に被さった土砂を払いのけ、体を起こす。振るわれた刃を躱してトルクスタは背後へ回った。そして即座に身を翻す。そして、首筋に噛みつき、最後に振るわれた刃も足で防いだ。


 崩れ落ちた最後の一人にトルクスタが止めを刺した。

 体を震わせて埃を払ってから、自分と目を合わせ、そしてまた身を翻して刃持ち達が走って行った方へ去って行った。

 まるで、殺す事以外目に入っていないような動きだった。あの牙と爪がどれだけの刃持ち達を殺したのか、どうやって生きて来たのか、それだけで分かる程に。

 体に付いた土を落とすと、木々の破片が沢山体に刺さっていた。それぞれの傷は浅いものの、今まで痛みを感じていなかったのが少し不思議だった。

 抜きながら、刃持ちの方へ歩いた。

 刃持ちを起こしたら、どのように自分と向き合うのだろう。

 周りを見回せば、ついさっきとは全く違う光景が広がっていた。ぼろぼろになった疎林。あちこちで倒れている自分達。そして、自分やトルクスタが殺した刃持ち達。

 耳が治って来れば、潮の匂いがする風の音だけが寂しく聞こえて来た。

 もう一つ木の破片を抜き、刃持ちの隣で膝を付き、体を揺らした。

「う……」

 頭を押さえて、刃持ちがゆっくりと起き上がった。

「……ああ、そうか」

 首に付いた血と肉片を拭い、何度か深呼吸をしてから、刃持ちは自分の方を見た。

「俺は、助け、られたのかな。お前に」

 それは、言われてみれば、微妙だった。ただ刃持ちが助かる為に刃持ちを眠らせたのではなく、自分と刃持ちが一緒にここで生き残る為に、刃持ちを気絶させたのだ。

「……ありがと、な」

 率直にそう言われるとは思わなかった。

 固まった自分に、刃持ちは脱力した姿勢で喋った。

「まあな……俺は、元からお前に負けていたんだ」

 また、固まった。

「一番最初……、俺とお前が戦った時、その、俺とお前両方が倒れた時……、お前、動こうと思えば動けただろう?

 俺は、動けなかった」

 そんな事言うなよ。

「疲れれば、それからは戦いを止めるようになっただろう?

 お前はそれを互角と思っていたかもしれないが、違う。お前は叩くだけで、蹴るだけで、俺を殺せる。

 俺はお前の首や腹を狙って切り裂かないとお前を殺せないんだ」

 そんな事言うなよ。

「あの、崖の上で戦った時もだ。

 俺は片腕が使い物にならなくなった。それに、持ってた剣も一本折られた。

 それに比べてお前は、指一本失っただけだ。

 お前の方が、元から強かったんだよ」

 そんな事、言わないでくれ。

「……なあ、戦友」

 戦友。自分の事を、刃持ちはそのように言っていた。

 戦い合う友。

 友。親しい関係。仲間。

「お前は、俺をもう、殺せないだろ」

 見透かされていた。

 ……北に進み続けた理由。それは、この先の光景を見たい欲求よりも、もっと強い理由があった。

 殺したくない。殺せない。それを否定したい自分がとても強く居たのだ。

「もう、戦うのは止めにしないか?」

 その時、かち、と音がした。

「あぐっ」

 刃持ちが痙攣した。

「この……裏、切り者、が……」

 自分が背中を殴り飛ばした一人。殺せてなかった。刃持ちの背中に、木の枝が深く刺さっていた。

 吼えた。喉の奥から、胸の奥から。即座に拳を固めて、走って、その一人の頭を叩き潰した。

 刃持ちの服に、じわじわと血が広がっていた。


 刃持ちの方に走って戻った。

 刃持ちは、袋を手に握り締めていた。手は、がくがくと震えていた。

「くそっ……」

 額からは汗が流れ出ていた。

「畜生……」

 刃持ちが自分の方を向いて、言った。

「駄目だな、これは……」

 何、を。

「体から、何かが抜けて行くのが分かる。俺は、死ぬ」

 嘘だ。

「ただな、最後に頼みがある」

 ……。

「戦おう」

 ……どうやって。

「俺が、この中の物を偶に飲んでいたの、お前も見た事あるだろう。

 一粒飲めば、疲れを忘れる。

 二粒飲めば、痛みを忘れる。そして、暫く動けなくなる。

 三粒飲めば、限界を忘れる。そして、体は使い物にならなくなる」

 息を飲んだ。

「戦うのは、嫌か?」

 …………いや。

 立ち上がって、刃持ちと距離を取った。

 刃持ちが、それを飲んだ音が聞こえた。

「あっ、がっ、ぐ……」

 振り返った時には、刃持ちは立ち上がっていた。

 毛皮で巻かれた、折れた刃を取り出し、両腕で折り直した。

 そして両手に刃を持った。

「……死ぬなよ?」

 構えた。

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