20. そういう事だった
久々に見る濃い曇り空、そして川の中をずっと歩いていたい程でもない下がった気温。
それは乾いた季節が終わりを告げようとしているのに他ならなかった。そして岩と砂だけの大地も、終わりを迎えようとしていた。
長い事歩いた、と思った。毎日毎日、刃持ちとひたすら歩いた。もう、出発した時から、季節は一巡り位しただろう。帰るとするならば、その同じ時間が必要なのに、今更少しげんなりした。
殆ど変わり映えのしない風景。変わり映えのしない暑さと寒さ。
そんな場所でもちらほら居る獣を食べながら、歩いて来た。
刃持ちが自分に話し掛けて来る。この頃、何となく少しずつ、刃持ちが言っている事が分かり始めていた気がした。
火を囲んでいる時に呟く声、星を眺めている時に誰に語るでもないようにぼうっと出す声。火の事を指し示している声や、星を指し示している声は、もうはっきりと分かっていた。
自分の事も何か呼ぶ時は決めた声があるようだったが、それの意味まではまだ分からない。
ぽつ、ぽつ、と雨が降り始めたかと思えば、一気に大降りになった。体にどばどばと打ち付けるように降る雨は、気持ち良かった。
気温が生温くなる。刃持ちが袋の中から薄い何かを取り出して、頭から被った。それは水を弾いていた。
びちゃびちゃと地面が緩くなる。ねっとりとした泥が川へと流れて行き、川の水量は段々と増えていった。
川岸を歩いていたが、暫くすると足に泥でなく、水が浸かるようになってきていた。
これは流石に川岸から登らないといけないな。
登ってそんなに時間が経たない内に、静かだった川は強く音を立てて荒れ狂うように流れていた。
視界も悪い。けれど、ずっと晴れだった時を思えば、それも楽しい事だった。
少し前まではさらさらだった砂がどろどろになって川へ流れ込んでいく。水は透明な色をとっくに失っている。茶色い泥水だ。
生暖かい空気に生温い雨。生温い地面。手の平を前に出して少し待てば水が溜まった。味は川の水と大差ない。
自分の足跡はすぐに雨によって掻き消えていた。
雨が降って気温も下がったのは嬉しいけれど、雨宿り出来そうな場所は地平線の先まで見えない。
歩いて来る途中、小さな岩山とかなら偶にあったけれど残念ながら今は無い。
それは困る事だった。
けれど、歩くしかないよな。
刃持ちが気持ち低そうな声を出していた。雨は嫌いなようだった。
時間が経っても雨は相変わらず叩きつけるように降り続けていたが、雨宿り出来そうな場所は地平線の先から見えて来た。
小さな岩山があった。小さな、と言っても自分の体よりは遥かに大きいし、きっと雨を凌げるような場所もあるだろう。
そして、空も段々と暗くなり始めていた。夜になる頃にはあそこまで着けるだろうか。地平線が見える距離までどれだけ歩けば着くのか、そう言えば知らなかった。
意外と時間が掛からなかった事に驚き、そしてそこに自分や白青混じりと同種の獣が居た事に更に驚いた。
もしかすると、自分達には同種だと気付ける能力が、生まれてすぐ立ち上がって歩ける草食獣のように、生まれつきで身に付いているのかもしれない。
そこに居たのは、鮮やかな赤い羽根を持った、巨大な鳥だった。岩陰でじっと、自分と刃持ちの方を見ていた。
自分に戦う気は無くとも、刃持ちやその赤い鳥の方に戦意があるかは分からない。両方の様子を見る限り、ただ警戒している感じだった。
体は鳥としてはでかい。ただ、あの嘴や爪では自分の剛腕を容易く切り裂く事も出来なそうなのも分かる。
それに、雨宿り出来そうな場所は、その赤い鳥が居る場所だけじゃなかったのも良い事だった。
白青混じりのように敵意が無い事を明確に、優位のまま示す方法も自分は持っていなかったし、何よりも雨の中ずっと歩いて来て、流石にうんざりした気分もあれば、少し疲れてもいた。
少し離れた位置の岩陰で、もう聞き飽きた雨の音を聞きながら夜を待った。待ったとしても特にやる事も無いが、雨が止むのを待つ事位しか、今はやる事が無かった。
刃持ちも隣で座っている。赤い鳥の姿はここからじゃ見えない。
刃持ちが欠伸をして、壁に背を付けた。自分も目を瞑った。明日は晴れていると良いな。そう、強く思った。狩りを出来ない訳じゃないが、空腹も大した事無く、この土砂降りの中また外に出て何かを食おうとも思わなかった。
夜、刃持ちから乾いた肉を少し貰って食い、それから睡眠に入っていると、翼の音で目が覚めた。
雨は止んではいなかったが、弱くなっていた。
ばさり、ばさり、とその翼の音は遠くなって行く。それでも今まで聞いた事の無い位に、音は大きかった。
そして暫くすると、その翼の音がまた聞こえて来る。雨もまた強くなり始めていた。この調子だと明日も土砂降りのままだろう。
どさり、と物が落ちる音が聞こえて、それから引き千切る音。自分もよくやる、獲物を千切る音だ。
千切る音は何度か聞こえて、それからこちらに歩いて来る音がする。刃持ちが火を着けて、片手に持った。もう片方の手には、刃を持っていた。
暗闇の先から、赤い鳥が姿を現して獲物を自分の前に落として蹴った。
どうすれば良いんだろうか。所々を千切られた獲物はまだ殺されたばかりで、血をだらだらと流していた。
すぐに引き寄せて食べても良いんだろうか。いやそもそも、この赤い鳥がどのような意図で自分と、もしかしたら刃持ちに対しても、獲って来た獲物を分けてくれたのか分からない部分もあった。
刃持ちが何か言う。赤い鳥は特に反応はしなかった。意味が分からないのか、無視しているだけなのかも分からない。
そして迷っている内に、赤い鳥は背を向けてさっさと行ってしまった。
刃持ちが肉を炙って少しずつ食べ、自分も食い千切った。
刃持ちは肉を何故か生では食いたがらないようで、火を起こし辛い今でも頑なに生で食おうとはしていなかった。
半分程食って、やっぱり赤い鳥の方が気になった。どういう理由で獲物を分けてくれたのか、単に自分だけで食うには余るから、そんな理由じゃない筈だ。
そんな理由で態々近付きはしない。少なくとも自分にとって悪くない理由だと思った。
ただ貰って、食っているだけでは何か頭の中でもやもやとしたものが渦巻いてしょうがなかった。
雨はまた、ざあざあと音を立てて強く降っている。
自発的にか、衝動的にか、それは自分では分からなかった。気付いた時には残りの獲物を持ったまま、岩陰から身を出して、立ち上がっていた。
刃持ちの肉を食う音が止まる。
そのまま、自分の何かの流れに任せて雨の中に歩いて行く事にした。
刃持ちが何か言った。呑気な声だった。
くぅ、くぅ、とその赤い鳥の眠そうな息が聞こえていた。
自分が近付いて来ても、眠そうな声は大して変わらず、岩陰に入っても同じままだった。
隣に座り、肉を食いながら、このすぐ近くだと視覚無しでも、自分と同じだという感覚が感じられた。
そこで、気付いた。
白青混じりと一緒に居ると安心する感覚を覚えた。それは初めて仲良くなれた同種だから、だと思っていた。
どうやら多分、ちょっと違う。ただ単純に、何でも同種と近くに居れば覚える感覚みたいだ。
そして同時に、刃持ちや白青混じりでも余り感じられなかった、同じ位の大きさだからこそ感じられる体温の温もりも感じられる。
鳥と二足の獣。そんな違いはあれど、同種であって隣でただ座って居られる。とても心地良かった。
赤い鳥の息は、段々と間隔が離れて行く。眠りに就くようだった。
自分もこっちで眠りに就こうと思った。
腹も十分膨れていた。
こん、と額を叩かれた。
驚いて起き上がろうとして、硬い嘴で額を抑えられたのに気付いた。
何を……。
まだ夜中だった。雨の音だけが聞こえる。そんな中、赤い鳥は自分の上に乗って、体を擦り付けて来た。
……雌だ。
いや、まさか。
様々な事が頭の中で浮かんだ。鳥は卵から生まれて来る。自分は卵から生まれて来ない。そうだと思っていた。
けれど、生まれた直後の記憶何て持っていなかった。それに自分は末子だった。どうやって、父と母から生まれて来たのか自分は知らなかった。
また、何故、同種と分かる能力が身に備わっているのかも知らなかった。
まさか、同種なら、子を為せるのか?
この赤い鳥がやっている事は、そういう事なのか?
れろ、と舌で顔を舐められた。下腹を擦り付けられて、自分の雄が出てきてはいないものの、興奮してきていた。硬くなり始めていた。
赤い鳥が本気なのかどうか、子を為せるのか、分からなかった。
毛皮が自分の毛の無い腹と当たり、翼が両腕を包んだ。
拒否しようと思えば、額を抑えられてもいない今なら楽に出来た。けれど、する気にはならなかった。
つまりは、そういう事だった。
腕をゆっくりと動かして、相手を抱き締め返した。鳥の交尾は見た事がある。この姿勢じゃお前にとってはやり辛いだろう。
力はこっちの方が強い。従って貰おう。




