16. 去った
自分が飛び出した瞬間、白青混じりがその相手に向って飛び掛かった。荒く動いている心臓が一気に跳ねた。
その瞬間が、戦いの皮切りになってしまったようだった。相手が両手に持っている刃の反射光が自分の目に入って一瞬、目を瞑ってしまう。
開いた時、白青混じりは屈んで避けたその者の背後へと着地していた。どちらも致命傷は負っていない。
その時点で様々な感情が入り混じった。その瞬間で理解していた。体の動きも全く同じ、体型も、持っている武器も同じ。対峙しているのは刃持ちだった。
刃持ちは自分に意識を割く余裕が無さそうで、白青混じりに集中している。白青混じりがどう攻めようかと悩んでいる。
どうして、ここまで。本当に自分を追って来たのか? そんな疑問も湧いたが、今はそんな疑問、後回しにするべきものだった。
このままで何もせずに居たらどちらかが死ぬのは確実だった。そして、どちらにも嫌われたくは無かった。
けれども、死んで欲しくない方がとても大きい。戦いを止めなければいけない。でも、どうやって?
とにかく、走った。近付かないと何も出来ない。刃持ちの体が僅かにぶれた。けれど、白青混じりはそれに気付きながらも襲い掛からない。
白青混じりは走って来る自分を、どう思っているのか。戦いを止めようと何て思っていない。一緒に倒そう、だろう。
だとすれば、同時に襲い掛かれるタイミングで刃持ちに攻撃を仕掛けようとするのが一番有り得る。
距離が近付いて行く。刃持ちは構えたまま、自分の方も振り返らないままだった。
……刃持ちはどう思っているんだろう。
その時には思考はもう間に合わなかった。刃持ちが白青混じりに対してどう動くか分からないまま、白青混じりは刃持ちに向って飛び掛かった。一足で、最速で。同時に刃持ちが前に飛び込んだ。
白青混じりの真下に刃持ちは潜り込んで、刃を切り上げた。白青混じりは無理矢理体を縮こまらせて、深手を負うのだけは避けた。
バランスが崩れて白青混じりは、背中から自分の前に落ちた。
すぐに白青混じりは身を翻して立ち上がり、立ち止った自分の方を怒ったように見て来た。
何故お前も仕掛けなかった。そんな感じだった。
……。
こうするしか、思いつかない。
白青混じりが目の前を向いた。その、怒っていても、そのまま共闘する気になっている白青混じりの尻尾を掴んだ。暴れられる前に引っ張って首を掴んで押し倒した。
兄姉にも偶にやられた事だ。首を絞めれば、長い間、眠らせておける。頭を強く殴られてもそうなるが、脆そうな白青混じりに対してそんな事は出来なかった。
白青混じりは、一瞬遅れて暴れ出した。訳が分からないまま、全力で自分の拘束から逃れようとしている。けれど、力でも防御でも、優っているのは自分だった。
軽く体重を掛ければ、白青混じりは体を捻じらせる事さえ出来なくなる。
次第に、白青混じりの動きは鈍くなり、そして動かなくなった。自分の息は、走っていた時と同じままで、荒かった。
眠ったのを確認してから、刃持ちの方を見た。
刃持ちは、手に持っている刃を降ろして、複雑そうに自分の方を見ていた。もう、顔を見てある程度感情は分かるようになっていた。
改めて、今、この場ですぐに、刃持ちと戦いたい気持ちもあった。
けれど、そうしている暇は無かった。白青混じりが起きる前にでも、ここから去るべきだった。白青混じりとまた会ったら、自分ももう、敵だと見做されているかもしれなかった。
白青混じりにとって、自分とあの住処に住んでいる者達、どちらが重いかと考えたら、それは確実に後者だった。
自分は、白青混じりにとって倒すべき外敵を助けた。白青混じりを眠らせるという手段で。
白青混じりが起きた時、もう自分は白青混じりが追って来ない遠くまで行っていたかった。逃げていたかった。
山を迂回して、先に行く。
刃持ちが走って付いて来た。
……本当に、自分を追って来たのか。
刃持ちが自分に何か話し掛けた。それを理解出来はしなかった。どういう感情を持って話し掛けているのかだけは注意深く聞けば分かる気がしたけれど、そうはしない事にした。
感情が分かろうとも、それは今の自分を逆撫でするだけな気がした。
刃持ちは後ろを淡々とついて来る。
速めに歩けば、刃持ちは小走りになっていた。
白青混じりから離れ始めて、やっと体も落ち着いて来た。
気付くと、降りて来る時に負った傷も血は止まっていた。白青混じりはどの位で起きるだろうか。
この山を出ようとも本気で追って来たら、すぐに追いつかれる。長くてもその位しか眠ってはいてくれない。
追って来るだろうか。
来る気がした。
白青混じりは明確な敵意を刃持ちに持っていた。どうして、とは分からない。刃持ちとこの山に住む者達はやっぱり微妙に姿形が違った。
それだけの事が、決定的に敵意を持つ原因になっているのか?
そう思った。でも、ただそれだけの事が原因になってるとはどうも余り思えなかった。
なら、何が? そんな事分かりはしない。白青混じりのようにこの種族達が使う声の意味を理解すら出来ていないのだし。
ただ、そうして考えるだけで口で意志を発せない自分の後ろを、刃持ちは淡々とついて来る。
何故、ここまで来たのか。それをその声を使う事によって知る事が出来たら、知りたかった。理解出来るなら、理解したかった。
来る筈が無いと何度も思って来た。来た事に対して今更ながら思った一番の事は、嬉しさよりも何故だった。
嬉しさも確かにある。けれど、それは霞んでいた。来て欲しいと思っていたけれど、本当に来るとはもう思っていなかった。諦めきれないと思っていたけれど、心底では諦めていたのだろうか。
分からなかった。本当に、自分の事も、そうじゃない事も、分からない事だらけだった。分かる時が来るのか、来て欲しいとだけ思った。
自分の予想は外れた。
山から、木々が生えている所から出ようとも、白青混じりは追っては来なかった。
もう起きているのは確実な時間だった。けれど、追っては来なかった。何故だろう。
後ろを振り返る。刃持ちが居た。戦うつもりはまだ無い。刃に手を掛けたのを無視して、視線を上に動かし、山の方を見た。
頂上に、何かが居るのが見えた。誰とも分からない程の、見た目は極小の点ではあったけれど、それが白青混じりだ、とは何となく確信があった。
白青混じりも自分の方を見ていると思った。
その点は動かなかった。追って来る様子は無かった。
何故だろう、と思うと同時にほっとしている自分が居た。そして、その何故も分かった気がした。
暫く、そのまま動かなかった。
刃持ちと一緒に居る間は、ここにはもう来れない。でも、一緒の時だけだ。
そう、縁が完全に切れた訳じゃない。
刃持ちを見た。白青混じりと刃持ちはどうしようとも相容れないのだろう。
でも、自分はそのどちらとも友として、付き合う事が出来ている。そんな事もあるんだと、知った。意外な事だと思ったけれど、そう大して実際には意外な事でも無いとも思った。
そういう事が、自分の生きていた場所にもあったと思った。
刃持ちをまた見て、歩き始める。刃持ちは相変わらず付いて来る。そして自分に何か喋りかけて来るけれど、それも相変わらず理解出来ない。
暫く歩いて、もう一度後ろを振り返った。
もう頂上に、その点は見えなかった。




