あたらしくはじめよう
アレクは、これっぽっちも理解できていなかったが神の言うとおりにしようと思った。
目の前の美女、神と名乗る人物には底知れない力をアレクは感じ取っていた。それこそ、今しがた倒したばかりの魔王と比べようもない程に。
「わかった。で? 俺は一体何をしたらいい?」
先程とは打って変わって、下手に出る。
「うむ、ステージは決まっておる。現代の日本という所である」
「ゲンダイの二ホン?」
聞き慣れない、というより全く聞いたことのない単語だった。アレクの住むコレックス国内はおろか、近隣の国でも見聞きしたことのない地名であった。
「知り合いの神が創った世界なんだが、そこでお主に行ってもらおうかと思っての」
「待て。……世界を創った?」
再び不穏な言葉が神から出てきたので、アレクの口元が引きつる。『事実を造る』も大概であったが、『世界を創る』はさすがに笑うしかない。
「何も可笑しなことではない。現にお主のいた世界を創ったのは私だからの」
「……ああ、そうかい」
こんな馬鹿げた話、信じる方も馬鹿げている。が、アレクは信じかけている自分に戸惑っていた。
(これも、この女が神だからこそ……か?)
アレクは払拭しようと、頭を小さく振る。
「話を戻すぞ、現代の日本に行ってもらうついでに、容姿等も変更しておこうと思ってな」
「……おう」
額に手をあてがいながら、生返事をする。服装を一新するのだろうと、アレクは新しい世界のことを想像してみる。
ゲンダイの二ホンという所は知る由もないが、今まで以強敵が現れるかもしれない。そうするとこの装備では、歯が立たないかもしれない。
アレクは共に戦ってきた鋼鉄の鎧、それに宝剣を指でなぞる。
「お主が決めても良いのだが……」
そこで言葉を切り、神はアレクの方へ一歩、踏みよる。その名の通りの、神秘的な美貌が迫ってきたアレクは硬直する他なかった。
「面倒と言うのなら、私が決めてもよいかの?」
神は瞳を爛々と輝かせながら言った。その声は、どこか楽し気だった。
「あ、ああ……。別に構わない……」
アレクは顔を逸らし、一歩引いてから承諾した。その言葉に神は一層、瞳を輝かせた。
「ふむ! では、少々待たれい」
神は右手に紙切れ、左手にペンをどこからともなく出現させ、何やら書き始めた。
黙々とペンを走らせている神を尻目に、アレクは再び周りを見回す。
白白白白白白と前後左右上下と見事に真っ白なのは、相変わらず。いい加減、目がチカチカしてくる。
「なあ、一つ訊いてもいいか?」
訊きたいことは一つではなかったが、キリがないため一つに絞った。
「うむ、言ってみるがよい」
紙面に目を向けたまま言った。偉そうだなとアレクは思ったが、神だから仕方がないことかと口にはしなかった。
「お前、ずっと、ここにいるのか?」
こんな、何もない所に。
「ああ、そうである」
「いつから? 何年いるんだ?」
「数えてないから分からんが、この世界を創った時から。少なくとも、数百億年は立っているのぉ」
神は表情一つ変えずに、そう答えた。
「すっ!?」
「さあ、できたぞ」
顔を上げた神は、紙切れとペンを消し去りアレクに視線を戻した。
「『英雄』アレクよ。新しい物語を始めるがよい」
その言葉の後に、アレクの足元が金色に輝き出した。その光の奥底には魔力とは全く異なる力が、溢れてきているようだった。
これが新しい世界へと繋がるゲートだと、アレクは直感した。
「待て! その前にもう一つ!」
奥底から伸びてきた、帯状の光がアレクを捉える。
「お前……、こんなとこに一人で、寂しくないのか?」
アレクの質問に、神は目を丸くした後、くつくつと笑い出した。
「いや、失礼。寂しいか……寂しくないか、考えたこともないが……」
光がアレクの全身を包もうと、さらに伸びてくる。
「お主の旅は、なかなか見物であったぞ」
アレクは神の前から消滅した。