英雄、神に会う。
気が付くと、アレクは暗闇の中にいた。
「なんだ、一体どうなってやがる……」
悪の権化である魔王を討った直後に、どこからともなく出現した文字。
「たしか……『新しく物語を始める』だったか」
ほんの一瞬であったが、アレクは常人離れした動体視力で文体を捉えていた。
「おーい! 誰かいねえか!?」
暗闇の中を手探りながら、大声で叫ぶ。足場は安定していたが、一歩先が底無し穴かもしれないので無暗に動けない。
「うおーい!」
なので、アレクは叫ぶことしかできないでいた。
と、その時である。
アレクの視界が真っ白になった。あまりの眩しさに反射的に目を瞑る。
「英雄……アレクよ……」
人の声が聞こえた。少しだけ安心したアレクは、ゆっくりと目を開ける。
「ああ、俺がアレクだ。お前はどこのどいつ……だ……」
言葉に詰まった。いや、息を呑んだ。
アレクの眼前にいたのは若い女だった。それも極上、といっても全く過言ではない程の美貌である。
「お……うお……」
幼少の頃から旅を続け、女という女に無縁であったアレクに魔王の雷撃以上の衝撃が体に走った。
「私は神だ」
女は長い金髪を腕で払いながら言い放った。
「う……あ? 神……だと?」
「そう、神である。崇めるか?」
神は、間抜けな顔のまま突っ立ているアレクに向かって歩を進める。
真っ白の空間は、言うなれば箱の中のようであり、四方と上方、下方が白い壁のようだった。
広さは人が一人住むには、少しだだっ広い程度である。
十歩進んだ神は、手を伸ばせばアレクに届く距離まで来ていた。
「ふむ」
吟味するように、顎に手を持ってきてアレクの頭頂部から足のつま先まで、 じっくり観た。
「レベル68といったところかの」
うんうんと頷く神。
「……あ? 68?」
「うむ、ちなみに上限が99である。まあ、まずまずだのお」
頭上にクエスチョンマークを浮かべるアレクを無視して、神は話を続ける。
「スキルの数は……15か。これもまずまず」
「……おい」
「魔法の数は……」
「おい!」
ついには、声を荒げてしまう。
「何がどうなってやがんだ!? 神だと? ってかここはどこだ? 魔王はどうした!?」
予想外の出来事が、立て続けに起こった。処理速度が追い付かないアレクは抜刀して、剣先を神と名乗る女に向けた。
「落ち着くがよい、無理もないがのぉ……」
神は剣呑として言った。
「魔王はたった今、お主がやっつけたであろう。その報酬として、レベルが1上がったのに加え、スキルとアイテムも1つ増えておる」
アレクは黙って頷く。理解は出来ないが、分かった振りだけでもしたかった。
「そして、ここは私の存在する場所だ。特に名称もない」
アレクはぐるりと、辺りを見渡す。やはり、真っ白な壁があるだけで窓も扉もない。
「……入口と出口がないってことは、転移魔法を使ったのか?」
「魔法ではない、お主が『ここにいる』という事実を作っただけじゃ」
わけが分からない。とうとう頭を抱えるアレク。
「言ったであろう? 私は神である。そんなことは造作もないことだ」
神は目を細め、ゆっくりと頷いて見せた。アレクを安心させようと、ちょっとばかりの配慮であったが、逆に恐怖心を与えてしまった。
「さて、本題に戻ろうかのぉ」
ぽん、と手を合わせる。
「……本題?」
疲弊し切った顔を上げ、アレクは神を見る。
「新しく物語を始めるにあたっての、話し合いである」