Answer2・別れ、その向こう側
「あっ、お帰りなさい。お姉ちゃん」
いつものように明るく出迎えてくれる海美ちゃん。
何となくだけど、私が生きていた時にはこんな事が日常的にあったような気がする。
「ただいま、海美ちゃん。ねえ、ちょっと聞いていいかな?」
「なーに?」
「海美ちゃんもしかして、ここに来る前にお母さんと何か約束をしてなかった?」
「お母さんと約束?」
海美ちゃんは何か思い当たる節でもあるのか、私の言葉を聞いてそのまま沈黙してしまった。
「……私ね、さっき海美ちゃんのお母さんに会って来たの。会ったと言っても、お母さんに私の姿は見えてないけど」
「お母さんに!? お姉ちゃん、お母さんの所に連れて行って!」
「……分かった。一緒に行こう」
陽が沈み始めた夕刻。私は海美ちゃんの手を握って現世へと向かった。
「――ここが海美ちゃんのお家よね?」
「あっ、本当だ。私のお家…………」
自宅を前にした海美ちゃんは、嬉しそうにしながら玄関の扉を通り抜けて家の中へと入って行く。私はそれに続いて家の中へと入り、海美ちゃんの後を追った。
「お母さん! お母さん! ただいまっ! 私帰って来たよっ!」
海美ちゃんのお母さんは私が訪ねた時のまま仏壇の前で正座し、まるで抜け殻の様に虚ろな目をしていた。
そんなお母さんに海美ちゃんは必死に声をかけるけど、もちろんお母さんに海美ちゃんの声は届いていない。それでも海美ちゃんは必死にお母さんを呼び続ける。
「お母さん……」
何度も何度も海美ちゃんはお母さんと呼び続けたけど、その声が聞こえていない事にショックを受けたのか、やがてその場に座り込んで泣き始めてしまった。
「海美ちゃん……私がもっと早くに迎えに来ていれば……あなたは車に轢かれなかったのかもしれないのに……」
「あっ――思い出した。思い出したよ……」
お母さんがポツリと漏らしたその言葉を聞いた後、海美ちゃんは囁くようにそう言った。
「私はお母さんとの待ち合わせ場所に向かう途中で車に轢かれて……やっぱり死んでたんだね……私……」
「…………」
そう言う海美ちゃんに対し、私は何も言えなかった。
私は自分が死んだ事について納得していないのに、海美ちゃんに『死んでるんだよ』とは言えなかったから。
でも海美ちゃんは、自分の死を受け入れて納得しようとし始めている。だから私は、最後の一押しをする事にした。
「……海美ちゃん。海美ちゃんはどうしたい?」
「お話がしたい……お母さんと」
「分かった。それじゃあ、私の側に来て」
それを聞いた海美ちゃんはゆっくりと立ち上がり、私のもとへとやって来た。
私は海美ちゃんを優しく抱き包み、彼女と同化する。
『さあ、これなら少しの間だけお母さんと話せるから』
私は同化した海美ちゃんにそう語りかけた。後はなるようになるだけ。
「お母さん」
「えっ……?」
お母さんは海美ちゃんと同化した私の方へと振り向いた。今の彼女には、私の姿が海美ちゃんに見えているはず。
「海美ちゃん!? 海美ちゃんなのねっ!」
そう言ってお母さんはこちらに手を伸ばすが、その手はこちらに触れる事なく虚しく空を切る。
「お母さん、ごめんね。ちゃんと約束の場所に行けなくて」
「ううん、謝るのはお母さんの方よ……私がもっと早く迎えに行っていれば……」
そう言って再び泣き崩れるお母さん。やはり自分を責める気持ちが大きいようだ。
「お母さん。私ね、幸せだった。お母さんとお父さんの子供で良かった。だからね、もう泣かないで元気を出して。お母さんは私と同じで泣き虫だから、それが心配だよ……」
「お母さん、生きてていいの?」
「当たり前だよ。だって私の大好きなお母さんだもん!」
「海美ちゃん……」
「あっ、そろそろ時間みたい。お母さん、お父さんと仲良く生きてね」
「海美ちゃん、逝かないで!」
「ごめんね、お母さん。私はもう、逝かなきゃいけない。でも泣かないで……じゃあね、お母さん。大好きだよ」
そう言い終わると、私との同化が解けた海美ちゃんはこの場から消えた。
彼女の中の未練や執着が消え、答えを見つけて納得した事により、領域のある場所へと戻ったのだ。
「海美ちゃん……」
お母さんは泣きながら海美ちゃんが居た場所を見つめていた。
しかし、その瞳は先程まで見せていた生気の無いものとは違い、しっかりとした生きる意思のようなものが見える。
「海美ちゃんの為にも、どうかお元気で……」
聞こえるわけでもないのにそう言った私は、踵を返して領域へと戻った。
「――あっ、お姉ちゃん」
領域へと戻った私は、例の長い吊り橋がある所へと来た。
その吊り橋の手前には海美ちゃんが立っていて、私が来るのを見てから笑顔を向けてくれた。
「行くんだね。この先に」
「うん……」
「元気でね――って言うのは変かもしれないけど、元気でね、海美ちゃん」
「うん……ねえ、お姉ちゃんも一緒に行かない?」
「……ごめんね。私はまだその先には行けないの」
「やっぱりそっか……」
私は海美ちゃんの言葉を聞いて首を左右に振った。
すると海美ちゃんは、納得したような笑顔を見せた。まるで私がそう答える事が分かっていたかのように。
「じゃあね、お姉ちゃん。いっぱいいっぱいありがとう」
「うん。バイバイ、海美ちゃん」
「バイバイ、お姉ちゃん」
そう言って長い吊り橋を扉の方へ向けて渡って行く海美ちゃん。
やがてその姿が小さくなり大きな扉の前に辿り着くと、その扉が大きく開いて中から眩しい光が放たれ、海美ちゃんはその中へと消えて行った。
小さな海美ちゃんが光の中へと消える時、私には海美ちゃんが手を振る姿が見えた気がした。
× × × ×
早いもので季節も移り変わり、暦も二月へと移り変わっていた。
前に領域で知り合った朝陽海美ちゃんが、領域にある扉の奥へと消えてから約半年ちょっと。あれから時々だけど、私は海美ちゃんのお母さんの様子を見に訪れていた。別に大した理由があったわけじゃない。
何となく気になって様子を見に行っていただけなんだけど、今日は嬉しく思う事があった。それは海美ちゃんのお母さんが、新しい命をその身に宿していたという事だ。
苦しい事もあるだろうし、海美ちゃんを失った悲しみはきっと一生消える事は無いと思う。でも彼女は、海美ちゃんの言葉を聞いて力強く生きて行く事を決めたのだと思う。
今日見た彼女の笑顔を見れば、きっと新しく生まれる命も大切に育んでくれると思える。
私は暖かい陽射しが降り注ぐ縁側に座る海美ちゃんのお母さんに近付き、そのお腹にそっと手を近付ける。いわゆる幽霊という存在であるところの私には、生きている人間に触れる事はできないけど、そのお腹に宿る新しい命に、私は扉の奥へと見送った海美ちゃんを感じた気がした。




