Answer15・それぞれの思い
これまで自分が死んだ事について理解はしていたけど、納得はしていなかった。でも自分の生前を思い出した事により、そのあたりも含めて私は納得をした。
私の中で最大の未練だった妹のちえりが、私の心臓を移植されて元気に生きている。それが分かっただけでもう、私は次のステージへと向かう事はできたと思う。
けれどほんの少しだけ自分の中に残っている未練を、我がままを叶える為にこの世に残った。
「これはどうやるの? お姉ちゃん」
「えっとね、これは――」
花嵐恋学園の屋上でちえりと話をしたあの日から一週間が経ち、九月も中旬を迎えようとしていた今日、私は自宅でちえりの勉強を見てあげていた。
ちえりが花嵐恋学園の入試を受ける時の為に私が作成していた受験対策ノートが役に立ったからか、ちえりは無事に花嵐恋学園へと入学する事はできた。けれど相変らず勉強が苦手なのは変わっていない。
まるで私が生きている時に病院で勉強を教えていた時のように、ちえりは難しい表情を浮かべて問題と向き合っている。
「――ああー、なるほど!」
私の説明を聞いて納得できたのか、ちえりはウンウンと頷きながら問題を解いてノートに解答を書き込んでいく。
「そうそう、やればできるじゃない」
「お姉ちゃんの教え方が上手だからよ」
「ふふっ、ありがとう。でも、褒めたからって私は手を抜かないからね?」
「はあっ……お姉ちゃんは相変らず厳しいなあ」
そんな事を言いながらちえりは溜息を吐くけど、それでもどこか楽しそうに表情を綻ばせている。
あの屋上で話をした日以降。朝はちえりと一緒に花嵐恋学園へと向かい、授業中は一緒に勉強を聞き、お昼休みには屋上でお話をしながら過ごし、放課後には一緒に自宅へと戻ってから私が領域へと戻るまで談笑したり勉強を見てあげたりしながら過ごしていた。
ちえりの生活の事や友人関係の事を考えれば、私のしている事は良くない事だと思う。だから私も、極力お友達とのコミュニケーションの邪魔だけはしないようにと注意している。
そしてこんな緩やかで穏やかな日々が三週間くらい続いた――。
「ちえり、大丈夫? 無理しちゃ駄目だからね?」
「もう、お姉ちゃんは心配性だなあ。無理なんてしてないから、しっかりとフォームを見ててよ」
ちえりは苦笑いを浮かべながらそう言うと、額に浮かんだ汗を腕につけたサポーターで拭ってからバスケットボールを構え、十分に膝のバネを利用してからボールを投げ放つ。すると放たれたボールは綺麗な弧を描きながらバスケットゴールのネットに吸い込まれるように入った。
十月に入ってからしばらくした頃の日曜日。
今日は学園も休みという事で、私とちえりは自宅の最寄り駅から一駅離れたところにある市民体育館へと朝から来ていた。
「だいぶいい感じになってきたね」
「本当?」
「うん。膝の使い方も良くなってきてるし、あとはディフェンスを前にした時に身体の軸がぶれないようにすればいいかな」
「なるほど。それじゃあお姉ちゃん、ディフェンスに立ってくれないかな?」
「いいわよ」
私はその要望に応え、ミドルレンジシュートのディフェンス役として両手を上げて立ちはだかった。ボールを持ったちえりがドリブルする度に、体育館にはその音が木霊のように鳴り響く。
ちえりが今練習しているのはワンハンドショットと言って、巷では男子打ちとも言うシュートだ。本来女子は両手打ちが主流なんだけど、男子のワンハンドショットに憧れて練習をする女子も珍しくはない。
普段はちえりも両手打ちなのだけど、数日前の夜、なぜか急に思い立ったかのようにワンハンドショットの練習をしたいと言い出した。
何で急にワンハンドショットの練習をしたいと言い出したのか、それは今でも分からない。
「さあ、おいでちえり!」
「行くよお姉ちゃん!」
軽快にボールをドリブルしながら、ちえりが私の方へと向かって来る。
私が生きていた頃、ちえりが病気で入退院を繰り返すようになるまでは日常的にこんな事をしていたけど、それはもう遠い昔の出来事。
「ディフェンスを意識し過ぎてフォームが雑になってるよっ!」
「ごめんお姉ちゃん! もう一回お願い!」
ちえりはそう言ってから再びボールを持って距離をとった。
本当はもう少し色々と練習の幅を増やしてあげたいところだけど、実体の無い私にできる事はそう多くない。でもできる範囲の事でちえりの練習に付き合ってあげたいとは思っている。
「シュート体勢に入ってからボールを放つまでのタイミングが早いわよ。ジャンプの最高点に達した時にボールを放つ感覚を忘れたら駄目!」
「うん!」
この日、私とちえりは久々に姉妹でバスケットの練習に打ち込んだ。ちえりの身体が平気か何度も心配にはなったけど、久々にやる姉妹でのこうした時間は嬉しくて楽しかった。
こうしてこの日から球技大会が行われる二週間後まで、私はちえりの特訓にみっちりとつき合い、ちえりは見事にワンハンドショットを自分のものにした。
そして迎えた球技大会当日。私はちえりが一生懸命にワンハンドショットの練習に打ち込んでいた理由を知る事になる。




