Answer13・約束
ちえりが心臓の病気で入退院を繰り返すようになってから一年ちょっとが過ぎ、私とちえりは中学生になって初めての七夕を明日に控えていた。
「それじゃあちえり、今日はもう帰るね」
「うん。ありがとね、お姉ちゃん。気をつけて帰ってね。それと帰る時にちゃんと預けたやつをつけておいてね」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「ありがとう。でも私のお願い事を見ちゃダメだよ?」
「うーん、それは保障できないかなー。飾る時に見えちゃうかもしれないし」
「もうっ! お姉ちゃんの意地悪っ!」
「あはは、ごめんごめん。見ないように頑張るから、じゃあね」
ぷくっと頬を膨らませていたちえりに背を向け、私は病院を後にする。
そして病院からの帰宅途中、私は目的の場所である商店街へと足を伸ばした。
「今年もいっぱい短冊があるなあ」
毎年七夕の時期になると、この商店街の中央広場には大きな笹が飾られる。私は毎年ちえりと一緒にここへ来て短冊をつけるのが恒例行事だった。
しかし今のちえりは病気のせいもあって自由に外を出歩く事ができない。だから私がちえりの分の短冊をつけに来たわけだけど、やっぱり物足りなさは感じる。
「よいしょっと」
私はまず鞄から自分の願い事を書いた短冊を取り出して笹へと括りつける。
そして次にちえりの願い事が書かれている短冊を取り出し、その内容を見ないように注意しながら私が書いた短冊の隣へと括りつけようとしていた。
「きゃっ!」
笹へと手をかけて短冊を括りつけようとした瞬間、商店街の中を強い風が吹き抜けた。私は思わず短冊を持っていた手を顔の前に出してその風を防いでしまう。
「あ、あれ? 短冊が無い!?」
突風が吹き抜けた後、私は手に持っていたはずの短冊が無い事に気付いて狼狽した。
大事な妹の願い事が書かれた短冊、それを失くすわけにはいかない。私の願い事同様、ちえりの願い事も絶対に叶えて欲しいから。
慌てて短冊の行方を探していると、目の前にヒラヒラと短冊が舞い落ちてきた。私は落ちた短冊を急いで拾い上げ、ちえりの書いた短冊かどうかを確認する。
「はあっ……良かった」
拾い上げた短冊には、『お姉ちゃんと一緒にまたバスケットができますように』という願い事と共にちえりの名前が書かれていた。思わずしてちえりの願い事を見てしまった私は、悪い事をしたなと思いつつもその願い事の内容に顔を綻ばせる。
「これでよしっ!」
私はそう言いながらしっかりと自分の短冊の隣にちえりの短冊を括りつける。
括りつけたちえりの短冊の隣りでは、『ちえりと一緒にまたバスケットができますように』と書かれた短冊が他の短冊と共にゆらゆらと風に揺られていた。
「それにしても、姉妹で同じ願い事をするなんてね」
ゆらゆらと揺れる私とちえりの短冊をしばらく見つめた後、この願いが絶対に叶いますようにと強く願いながら自宅へと帰宅した。
× × × ×
七夕から月日が流れた十一月。
今日は地元でも有名な花嵐恋学園の文化祭が執り行われていて、珍しく最近調子が良かったちえりと共に学園へと訪れていた。
「流石に盛況だよね」
「うん、凄い人だかり。ちえり、私とはぐれないようにね」
そう言って私は少し細くなったちえりの手を握る。ちえりが病気になる前までついていた筋肉はすっかり落ちてしまい、私が知っていた頃の健康的な妹の姿は徐々に失われつつあった。
それでもちえりの笑顔はいつも明るく変わらない。それは私にとって救いとも言える。
「お姉ちゃん! まずはケーキを食べに行こうよ!」
握った手をクイッと引き、近くの教室に掲げられたケーキ喫茶へと私を誘うちえり。
「やって来て早々にケーキ?」
「いいじゃない、病院に居るとなかなか食べられないし」
ちえりにこう言われると弱い。確かに病院では色々と制限を受ける事も多いだろうし、今日くらいは多少の我がままは聞いてあげたいと思う。
「分かった。でも食べ過ぎちゃ駄目よ?」
「うん!」
元気良く嬉しそうに返事をするちえりと一緒に喫茶店を模した教室へと入り、久しぶりにちえりと二人のケーキタイムを過ごす。
そしてケーキを食べ終わった後、私達は様々な催し物をゆっくりと見て回った。
ガヤガヤと騒がしい程に沢山のお客さんで賑わう学園内。そんな中を楽しみながら過ごして迎えたお昼頃、私達はその人混みから逃れるようにして開放されていた屋上へとやって来た。
「わあー、いい眺め……」
屋上には大きなフェンスが張られているけど、その隙間から覗く景色はとても雄大に見えた。
「いいところだよね、お姉ちゃん」
「うん。活気もあるし雰囲気も明るいし、噂どおりいい学園だよね」
「私、高校に行く時はここに来たいなあ」
「そうだね、私もこの学園に来たい」
「ねえ、お姉ちゃん! 二人でこの学園に来ようよ! 高校に入る頃にはきっと、私もまたバスケットができるようになってるだろうし」
「それはかまわないけど……だったらちえり、もっと勉強を頑張らないとね」
「うっ……そうだった。勉強かあ~、ちょっと自信なくなってきたかも」
急に現実に戻されたちえりは苦々しい表情を浮かべる。ちえりはスポーツは得意だけど、勉強の方はいまいちだからその気持ちは分からないでもない。
でもちえりはやればしっかりとできる子だから、勉強だってちゃんとやれば大丈夫だと思う。
「大丈夫よ、私も協力するから」
「本当?」
「もちろんよ。だから一緒に頑張ってこの学園に入学して、またここからこの風景を一緒に見よう」
「うん! 私頑張るね!」
こうして私とちえりは共に花嵐恋学園へと入学する目標を立てた。目標があれば、希望があれば人は頑張れもする。今の私やちえりにはとても必要な事。
それから私はその目標を達成する為に毎日勉強に励んだ。勉強が遅れているちえりの為にも誰よりも勉強し、高校レベルの勉強ができるまでに頑張った。
そして勉強で得た知識を元にちえり用の勉強ノートを作成し、受験にも備えた。こうして中学二年生への進級を間近に控えていた休日のお昼頃、私はちえりの入院している病院からの電話を受け、慌てて自宅を飛び出した。
ちえりが入院している病院へは、徒歩で片道30分程。だからよほど時間に余裕がある時以外はタクシーか公共交通機関を使っている。
だけどこの時の私は、そんな事を冷静に考えられるような余裕がまったくなかった。なぜなら病院からの電話は、ちえりの容態が急変したとの内容だったから。
今になって考えると、この時に冷静さを失っていた事が私の人生の分岐点だったのかもしれない。
なぜならこの日、私は信号無視の車に横断歩道ではねられて命を落としてしまったのだから。
私がちえりに憑依していた時に見た夢の中の青い光と眩しい光は、横断歩道の青信号の光と、はねられた後に見た太陽の光。そしてこの時の事故で頭を強く打っていた私は、朦朧とする意識の中で自分はこのまま死んでしまうのだろうと予感していた。
もちろん死ぬのは怖くて仕方なかったけど、それ以上に心配な事があった。それはもちろん、妹のちえりの事。私がこうして倒れている間も、ちえりは生死の境を彷徨っている。
だから私は朦朧とする意識の中で誰かに伝えたくてずっとこう言っていた。『私の心臓を妹に移植して』――と。そしてそれだけを言い続けた私はそのまま人生を終え、あの領域へと迷い込む事になった。
記憶を取り戻し一つ一つのピースを組み合わせた私は、これまでの全ての出来事を整理して理解した。それは同時に、自分の中にあった未練も思い出したという事になる。
つまり私は、答えを見つけて納得する為の道を見つけたのだ。




