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久しぶりの更新。見てくれる人がいたらいいなぁ(´・ω・`)
新たに作られた空間を移動し脇道にある絵画に潜り込むと、いわゆる下町といった表現がよく合う場所に出た。平屋の屋根には瓦が敷かれ、木製の電柱が立っている。広い道には路面電車が走っており、一昔前を舞台にしたドラマに出てくる風景がそこにあった。俺はテレビに入り込んだような気分になり呆けていたが、そんなの俺の時間を動かすかのように声が掛かった。
「ここは大体昭和初期、俗にいう世界恐慌があった時代だね。ニューヨークで株価が大暴落した影響で、沢山の人が貧困に喘ぐ様になった。ブラックマンデーって言葉を聞いたことはないかい?あれはその段階を表したもので、サーズデイから始まりフライデー、マンデー、チューズデーと4段階が踏まれてるわけだな。興味あるならそれは帰ってから、自主的に調べるといい。」
「詳しいことはわからないですが、少しだけ理解しましたよ。その影響が日本にも出て、皆の顔が浮かないってわけだ。」
言われるまで気にしなかったのだが、道行く人々の表情は芳しくないのがほとんどである。特に主婦と思われる人達は暗い顔をしており、財布の中身を確認しながら買い物をしている姿も見かけた。
「失業者も出たから収入すら厳しい。『大学は出たけれども』なんて言葉も生まれたよ。地方では食い扶持減らすために間引きや身売りなんかもあったらしい。」
「…………そうなんですか。ここはもういいです、次行きましょう。」
淡々と語る運転手の様子に底冷えする何かを感じてしまい、捲し立てるように催促した。すると周囲がぐにゃりと歪み、元に戻る頃には違う場所にいた。突然の変化に戸惑う俺だが、これまたお約束と言わんばかりに笑う彼に少々苛立ちを覚え、ぶっきらぼうに問いかける。
「移動するのはバス使わないと無理だったんじゃないんですか?」
「空間から空間へ移動するなら必要だが、ここは元から昭和巡りを設定した空間だ。沢山のボタンがあって、押すと光る色が変わるイルミネーション、とでも言えば伝わるかい?」
LEDライトが彩るアート、中々洒落た事をいうものだと関心しつつも、先ほどのことで負けた気になった俺は腹立たしげになるほどとだけ返す。
「で、ここはどんな場所ですか。」
「さっきの時代より3年程経過した頃さ。まあ仮装の年代だからそれ位の時間が流れた設定といった方が正解だがね。五・一五事件は知ってるかね?」
「生憎歴史は覚えが悪かったんでね、総理大臣が暗殺されたってくらいの知識しかありませんよ。」
「別に馬鹿にしてる訳じゃないさ。誰だって歴史なんて勉強し直さないと覚えてる訳はないと思うよ。知識という名の文章を暗記してるだけの現代では尚更ね。」
どこか悲しい顔をした運転手はタバコを深く吸い込み、ゆっくりと吐き出し終わると続きを語る。
「さっきの世界恐慌の煽りを食らって、日本は増々立ちゆかなる。そんな時、満州事変ってものが起きた。これはまあ軍の自作自演によるものではあったが、成果を出した。これにより軍の発言力が上がっていったんだな。」
これまたなんとなくしか理解してなかった俺は、黙って先を促す。
「何時の時代にも政治家の汚職や政力闘争は付き物でね、世間一般にも認識が及んでいた。そこにこの満州事変で軍は成果上げて景気の回復にも貢献したものだから、今の日本が良くないのは状況にあるのは政治家が悪いってムードが一気に広まった。」
「下らないですね。政治家も民衆も軍も。」
「本当に下らないのはここからさ。第一次世界対戦では日本はイギリスと同盟にあったが、そのイギリス側が軍を縮小しようといい始めたんだ。」
ん?流れがよくわからないが、それが日本にどう影響を?といった表情が顔に思いっきり出してしまったようで、ニヤつきながら彼は続ける。
「世界中で軍を縮小すればこんな争いはもう起きないよねという、絵空事を言ったわけだが、勿論それは幼稚というべきか、純粋というべきか、どちらにしろ理想論でしかない。だがそんな妄想に同盟国である日本は付き合えと言われたわけだ。」
「そんな無茶な!あの時代に軍を縮小なんて、各国に攻め込んでくださいって言ってるようなものじゃないですか!」
「まあそれもあるな。だがそれ以上に問題だったのは国内さ。その頃の軍は志願兵で、実家に仕送りするためになった者も多い。それが打ち切られるとなると困る人達がいる。」
「そんな事があったんですね。細かいところを聞いてみると中々面白いです。」
中学で習うには難しすぎる内容だと、今になって感じた。触りしか学ばないようでは、どんな授業も無駄になっていると思う。
「それでも縮小の方向で政府は進み、まずは海軍からって事で奴さんと話し合いが纏まった。しかし交渉した政府の者と海軍とで意思の疎通が上手く取れていなかったんだ。それに憤りを感じた海軍は・・・というよりも一部の将校か。彼等は今の政府を潰すと息巻いたのさ。」
「・・・それ、単なる逆恨みじゃ?」
「はっはっは、行動力溢れるアホだと私は解釈しているよ。だがそのアホさはまだ続くよ。」
「続くんですか・・・」
偉大であるはずの先人達が残念な人達だと知ったのに、更に先があるという。なんとも言えない気持ちになりつつも、続きが気になってしまうのは人間の性だろうか。
「当時の総理大臣の発言力は非常に大きかったんだが、縮小を推進していた刻の総理は若槻禮次郎という男だ。」
「あれ、そんな名前でしたっけ?俺聞いたことないぞ。」
「そうだろうね。若槻は縮小の条約を締結したが、間もなく行われた後の選挙で負け、そのまま退陣している。その後、総理に就任したのが犬養毅と言うわけだ。こっちは聞いたことあるだろう?」
「そうそれだ!ん?でも条約は犬養関わる前に決定されてるんですよね?」
アホさが続くって、まさか・・・
「そう、彼等は特に何もしていなかった犬養を暗殺したと言うから訳がわからない。今の若者なら"何故殺したし"とか言うのかね。」
くっくと笑う運転手とは裏腹に、呆れて言葉にならない俺は立ち尽くす。
「普通なら彼らにとっての仇である若槻が退陣した時点でうやむやになって霧散するか、やったことの責任は取って貰うと言うことで、若槻自身を狙うのが筋ってもんだろう。だが何故か彼等は犬養を狙ったんだな。理解に苦しむよ。」
俺だって苦しむよ。
「海軍全体でもなく、極一部の少数名による反抗と言うことで、これはクーデターですらなく単なるテロ行為と呼んでも差し支えが無い。しかし彼等は逮捕された後、数日で釈放となった。」
「は?人ひとり殺しといて、それも総理大臣って大物ですよ!なんでまた。」
「ここで前置きで話しておいたことが一本に繋がるんだが、民衆も不況から政府が悪いって思い込んでいて、軍の発言力も上がっていた。そうなるとアホみたいな行為であっても、彼らからすれば腐った政府にメスなり制裁を加えたって認識されたようだ・・・」
「どいつもこいつも馬鹿ばっかですね・・・」
周囲に振り回されてばかりで、自分から考えようとしない。付和雷同な日本人はその頃から変わっていないらしい。第二次世界対戦で負けたのも納得と言うものだ。
「あまりにも民衆からのバックアップと言うべきか、政府に対するバッシングというべきか。それらに政府は怯んでしまったんだな。」
「政府も政府ですね。流され過ぎでしょうに。」
「被害者である犬養は襲撃された際、『話せばわかる』と言ったとされている。歴史には脚色が付き物だから本当に言ったかは不明だが、事実ならそれはもう色んな感情が込められた『話せばわかる』だったろう。」
「そりゃあそうでしょう。もし俺だったら、俺関係ないじゃんとか、相手間違えてないかとか言いたいことは山程ありますよ。」
少々キツい口調で吐き出した俺は他人の、それも遥か昔に済んでいる事なのに、何となくムカついてた。
「それじゃあ次は、これと関連性があると勘違いされがちなニ・ニ六事件を見るとしよう。」
「関連性無いんですか?まあよく分かってないからあるか無いかすらも分かりませんけど。」
「少々の共通点はあるものの、基本的には関係ないね。あえて関連性を求めるなら、またアホってことだよ。」
「またかよ・・・」
そう聞いただけで気が滅入ってしまった俺を置いてきぼりに、景色はまた歪むのだった。